#335~力の船に乗る!おのおののカク語編~
『ブウゥゥゥゥ……』『ガツン……』『……カチャン!』「「「「「おぉぉぉ!……」」」」」
水藻港に入港している『セブンスハッピーとレジャーシップ』は汽笛をあげる。
船に乗る為の高架橋が駐車場スペースの端に付けられて、その上に置かれている格子状扉の施錠が解除されると、乗船者用駐車スペースで船を待っていた者達が歓声をあげた。
『セブンスハッピーとレジャーシップは準備を終え、水藻港から皆さまが乗船する許可を頂きました。手続きをされた方から我々スタッフ案内のもと、順番に前へお進みください。』
白のパン……いや、白のストッキングの上にエプロンドレスを身に着ける女性はマイクに船の状況を伝え、乗船者用駐車場で列を作っている者達へ行動を促す。
「ようこそおいでくださいました。」
「……」
「ではこちらにお名前と、私共へお預けになる物、船に持ち込まれる物を簡単にでも良いので全てお書きください。」
「……あぁ……はいはいっと……「ご記入ありがとうございます。船内では携帯電話での写真・動画撮影を全て禁止としています。」あっそうなの?「はい、ですがご安心ください。船内では私共スタッフ全員がカメラを所持していて、皆さまからお声をかけて頂ければそのカメラで何度でも皆さまを撮影致します。下船時に写真をデータとしてお渡しする予定です。」ぁ……降りた後にその分のお金を払うって感じっすか?「いえ、下船後であっても私共から料金を請求する事はございません。また、常識的範囲内の使用であればその写真はどのように使って頂いても構いません。ですが、この点で留意してほしい事がございます。」はい?……「マスメディアの方や、ゴルドラグループ企業の者が資料と広報目的の為に船内をカメラで撮影しております。ですから他の方が撮影しております事はご了承ください。この者達には皆さまを出来るだけ写さない様に配慮して頂いています。」……そっすか、まぁ、わかりました「はい。お願い致します。では三日間の航海と船内で行われるパーティーをお楽しみください。」
簡単なテーブルで作られた受付では、エプロンドレスを着ている女性が椅子に座り、船に乗り込む者をさばいている。
「ようこそおいでくださいました。」
「っ……」
「ではこちらにお名前と、私共へお預けになる物、船に持ち込まれる物を簡単にでも良いので全てお書きください。」
そして、受付には次の女性が訪れる。
彼女にはこれから”乗船手続き”が行われようとしていた。
「……」
テーブルの上には一枚の用紙とペンが置かれている。
その用紙には氏名記入欄、『持ち込み……医薬品・着替え衣類・携帯電話・etc.【______】』欄、『お預け……財布【外様______】・貴重品【________】・その他【________】』欄があり、何も該当する物がなければ、ただ単に書かれている文字に〇を書けば良い書式だ。
「……あ、あのぅ……カメラは……」
女性は少し大きめな肩掛けバッグを抱く様にして受付の女性に言葉を向ける。
「はい。”カメラ”は『お預け』の、『その他』欄に”カメラ”とお書きください。」
受付の女性は迷うことなく”持ち込めません。”・”お預かりになりますけど、よろしいですか?”なんて事を言わずに”預かる”事を前提で言葉を返している。
「……それって……今預けなきゃ駄目な感じですか?……」「はい。お預かりする前に、ココでお預かり品の状態を私と一緒に確認して頂いております。」
どうやらこの女性はカメラを持ち込みたいらしい。
だが、取りつく島もない対応をされている。
「……」
「……ですがその前に、”券”を拝見させて頂いてもよろしいですか?」
また、受付にいる女性はその訪れた女性の態度を不審に思い、前提として、船に乗れる事から確認を始めていた。
今現在受付に来ている女性が金山家の券を提示していない事を見て、その女性の真意と状況を予想したらしい。
彼女の前に受付をすませた男性はまず始めに銅券を身体の前に掲げていた。だが、今手続きをしている女性は何も券を提示していない。
ここで券を確認するのは再三に渡って周知してきた事である。
「あの……」
これから船に乗り込もうとしている女性は、その全てがよろしく思われない言動をしている。
このエプロンドレスに身を包む彼女達は、その多くの者が”形だけでも”金山家に忠誠を誓う者達だ。
……例えば、金山家の子供にプレゼントと称して爆発物を送りつけられかねない事を理解しているし、”金があるんだから良いじゃん!”と、券などを持っていないのに、ちゃっかり紛れ込む輩の存在を何度か見ているので、その生態をある程度は理解している。
受付の女性はそんな風に金山家を陥れようとする可能性のある者を、船に乗る前の段階で多少手荒な手段を使ってでも排除する役割を担っている。他には見たままで乗船する者の持ち物チャックと、券をチェックする業務等を行っていた。
「……えーと……」
この”形だけでも”と言うのも、彼女達は『金山家に仕える』……と言うよりは、ゴルドラファミリー社長の水上に『雇われている者達』の意味合いが強いからだ。
エプロンドレスに身を包む多くの彼女達からしてみれば、金山家は雲の上の存在なのである。
「……券はどうされましたか?」
受付の女性は先程、別のエプロンドレス女性がタキシード男性に向けていたモノと同質な色の目を受付に訪れている女性に向け始めていた。
見る者が見れば解る程に、一触即発の状態である。
「あっ、すみません……こっちの券で乗れるって聞いたんですけど……」
受付の女性が剣呑な空気を醸し始めた頃、後ろにいた少年が慌てて二人の間に入る。
少年は受付に割り込み、台に置かれている用紙に名前を書き込もうとし始めていた。
「あっ、銀券でしたら券をお持ちの方がご記入をお願いします。ですが……それでしたら、1枚につき、お子さんであっても合わせて二人まででして……んっ?!」
少年が名前を書く様を見て、受付の女性は”恐らくは……後ろの女性が銀券を持っているのでしょうから、その人が名前を書いてくださいよ”と、”1,2,3……あ、4?、って……子供だとしても、大人二人に子供が二人って多すぎない?”と内心思うのだが……当の名前を書き始めている少年がポケットから”金券”を取り出した所で言葉につまってしまう。
「あっ、あの……やっぱり……家族って核家族だけだったりしますか……」「”かく”ってアンタ……」
少年は受付の女性が戸惑った様子を見て、核家族(:親子か夫婦まで)だけかと受付の女性に確認する。……女性は少年の言葉で地味にショックを受けている様だ。
「申し訳ありません……」「「……あぁ……」」
そうしていると、受付の女性は頭を下げる。少年・勝也と女性・夕は『……この三日間はお分かれしなければならないね……!?』とそれぞれ温度が違う感想を抱いているが……
「……1点だけ確認したいのですが、そちらの”券”は誰が渡した物でしょうか?「会長さんだっけ?確か……」あっ、限無会長がお渡しした物ですか?……」
だが受付の女性は、”券”の出所だけでも聞きたいらしい。夕はよく分からないなりに適当な事を言うと、今度こそ受付の女性は目の色を変え始める。
「……あっ!もしかして……”会長さん”からの招待なら、私も良かったり……?」
そして、そんな受付にいるエプロンドレス女性の姿を見て、夕も目の色を変える。……”会長様パワー”が働くのかもしれない。
「あっ……いえっ……えっと……風間凪乃おねぇさんから”限無会長から”って言われて貰いました。」
そこで勝也は訂正を入れる。
夕お姉さんは少し暴走気味だ……顔には出していないが案外”やけっぱち”状態なのかもしれない。
「……風間、、凪乃、、、さん?……」
受付の女性は勝也の言葉を聞いて、凪乃の名前を繰り返す。
もしや……凪乃はこの金券を渡した時、渡しておきながら、”来なくても良い”みたいな事を言っていた。
勝也もその時・元々は行く気がなかったので別に気にしてなかったのだが……
ここの受付には”勝也は来ない”事になっているのかもしれない……
「……ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。今は金山家の”お手伝い”をしております土間と申します。”新しく金券が渡された”報告は聞いていなかったモノでして「ぁ……やっぱりそう……ですか」ご無礼をお許しください。ではどうぞお進みください。」
受付に詰めている二十代頃の女性・土間は苦笑いをしながら言い訳をするも、それまで向けていた目を謝り、手を横に流す動作をして勝也達に進む様に促す。
「「えっ?」いやカメラは……」
だが、そこで驚いたのは勝也と夕の方も同様だ。荷物の検査や、招待された勝也の伯母・雨田夕が乗船していいのかも、まだハッキリと許可を貰っていない……
「ぁ、そうでしたね、申し訳ありません。……船で写真撮影をする場合は……”こちら”の腕章をお付けください。券の確認が必要なくなりますので私たちとしても”この腕章”を付けて貰えると助かります。邪魔でなければ良いのですが……」
受付の土間は夕に1つの腕章をドコからか取り出してきて、呆けた顔の夕に差し出した。
「……ぁ、はぁ……」
夕が受け取って広げる腕章には『金山家選任記録係』と記されている。
「……ぇ?選任?」「はい。”選任”とは言いましても、これは方便ですのでご安心ください。……船内では自由に撮影をしてもらって構いません。また、撮った写真の確認や提出もして頂かなくて結構です。――ただ一点だけ申し上げておきますと……”会長様は写真を撮られるのはお嫌いで、カメラを向けられると機嫌が悪くなる”と聞いています。”限無会長様以外なら”とだけ、付け足ささせてくださいませ。」
どうやら受付の女性は夕お姉さんの立ち位置を今度は正しく把握したらしい。金山家に近しい者ぐらいしか知らない情報を善意で教えてくれている。
「ぁ……じゃあ……ありがとうございます。」
「はい、では……」
土間は勝也と夕に視線を向けて送り出そうとしながら誘導とは逆の左手を左耳に伸ばす……
彼女の左耳には見ても分からないが、インカムを忍ばせているのだ。
「春香ちゃんが無事で……本当に良かったです……おめでとうございます。「……っ!」」
ここで忘れてはならないが、勝也達は何も二人だけではない。
彼等の後ろには勝也に同行する者達がいる。
母親の澄玲は春香の無事だった事に祝いの言葉を向け、
「春香お姉さまっ!ハッピィーバースデェェ!ハッピィーバックホォームゥ!!」
妹の厘は嬉しさを表現する様に親指を立てて、何故か英単語で誕生日と生還を祝う。ちなみに誕生日と帰宅、それぞれの単語の所で右手と左手の親指を一本ずつ立てていた。
「っ……サンクス、ハッピィバァスディ……あっ、ハッピィ、バックホォム……」
ソコで受付業務を行っている土間は二人の言葉に返答しようとするが……厘に釣られて英語で返してしまう……
左耳を触ろうとしていた左手で親指を立てて、道を示していた右手も戻す際に拳を握って親指を立てている。
「うん!」「……っ……ど、どうぞ……」
厘と土間は二人とも両手で親指を立てて一瞬だけ見合ってしまっていた。




