#333~力の船に乗る!準備編~
『……アッ、アァアァアッー……』『ザバァン!』『ググゥゥゥ……』
まだ日が昇らない未明頃、太平洋の南から大きな船が訪れていた。
『ブゥゥゥォォ……』
その船の規模はクルーズ船の小型船だ。小型とは言っても乗客可能人数は500人ほどで総重量は30,000トンほどの船である。
『ブォォォォ、ブオォ、ブオォ……』
船の外観の至る所には金で装飾されている。
船の船首側面には四角を重ね合わせた紋章が光っていた。
そんな海と船がよく見える場所だが、東と南北が海に囲まれている清虹市でも海が一番近くに感じられる東端、水藻港の乗船者用駐車スペースである。
「「「……」」」
駐車場の端には同じメーカーの車が数台停められている。
その車の前で大人の男女数人が水藻港に入港する船へ視線を向けていた。
「皆さま、おはようございます。ご覧の様に船が到着いたしました。手続きが終わり次第、早急に乗船して頂きます。……」
車の前に出てきて集まっている者達は、そんな言葉を掛けてくるおでこと眼鏡を光らせる女性・水上藍を視界に収めると、顔を一斉に後方へ向ける。
「王子!幸次!総司!皆降りてきなさい!」
「瑠奈ちゃん!守手くん!……」
「大地!社!来なさい!」
「っ……、、秋穂……、はっ、春香……」
金山家の血筋である面々、限無会長の息子娘たちは、自身の後ろにある車へ向けて、それぞれの子供達の名前を呼ぶ。
『ガチャ……』「はぁ……」『ガァ……』「ちっ……」「ちょっ、兄さん……」
『ガッ!』「……」『ガッ!!』「……ぁーい!」
『ガッ……』「ふぁ……」『バッ!』『ガッ……』「……」
『ガッ』『ふふん!』『ガァ』「っ……」
そこに停車している車はそれぞれ左右後方のドアを開けて、計った様なタイミングで中から人が顔を出す。
・長男である金山一樹旦那様には三人の子供がいる。車の右ドアからはスーツ姿の男性・金山王子が1人現れる。左のドアからはカジュアルな私服姿の金山幸次とどこかの高校の制服らしいブレザー姿な金山総司が顔を出していた。大学生として私服姿の幸次は”普段寝ている時間なのに”と言う様な思惑がその表情から透けて見えている。最後に顔を出したブレザーの制服を着ている総司は一緒に出てきた次男の兄:幸次のそんな態度を咎める様にして、それを改めさせようとしている。
・長女である金山二月奥様には小学生の娘と息子が一人ずついて、上の娘である金山瑠奈は勢いよくドアを開けるも物怖じしない様にして静かに姿を現す。但し服装は派手なフリフリが付いている子供用ドレスだ。その反対のドアを開ける息子も同じようにドアを勢いよく開けるが、こちらはそのままの勢いで両手を上に上げたまま車から飛び出していた。衣装は子供用タキシードで髪はオールパックである、嫌味な程に周りの視線を集めようと意識をしている格好だ。
・次女である金山三城奥様には高校生の息子と中学生の娘が一人ずつ、上の息子である金山大地はドアを静かに開けてから欠伸を噛み殺しつつ、地に足つけるとブレザーの制服をはためかせる様にして現れる。その反対にあるドアも静かに開けられて、どこかの中学校の制服を見せつけるか如くに胸を張りながら現れた。
・三女である金山四期奥様の娘達、大学生な姉の秋穂はドアを普通に開けると、いつもと変わらないパンツルックな私服姿で現れる。……ただし、ドコか誇らしげな表情だ。
そして……今回の主役で小学生な妹である金山春香はフリフリドレスに身を包んで現れた。ドアは姉の秋穂と同じ様にして特にインパクトがある程勢いよくでもなく普通に開けている。ちなみに誇らしげな表情はしていない。
「……金山家の皆さまが一堂に会するのは2年ぶりですね。お久しぶりです……」
水上は金山家の子供達、限無会長の孫達を見て、全員が揃っている事を確認すると言葉を続けていた。
「……では、私の方からお先に失礼致します。……春香お嬢様、遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。また、ご無事な様でなによりです。体調の方は問題ありませんか?」
水上は機先を制する様にして、春香へ言葉を向ける。
「「「「「「……」」」」」」
その間、他の者達は口を閉じて、ただ今回の主役へ視線を送るだけだ。
「お祝いの言葉、ありがとうございます。……ご心配をおかけしましたが、水上さん達のおかげで助かりました。お気遣い、ありがとうございます。」
春香は普段とは違った言葉遣いと、年齢に似合わない立ち振る舞いの言動をしている。
お礼の言葉はスカートの裾を持ち上げ、片足を下げてもう片方の足を軽く曲げて頭を下げていた。
この、お礼を返す際や挨拶をする際に、地面に付かないようにスカートの裾を持ち上げてお辞儀するのは”カーテシー”と呼び、跪こうとしているのを表現する動作だ。
女性のみが行う動作で自分を下にして相手を上げる意味がある。
本来は主従の主側である春香がするのは適さないのだが、それをするほど春香は水上達に感謝をささげているのを表現していた。
「いえ、滅相もございません。ご無事な様でなによりです。『ブゥゥン、ブゥゥン、……』……では、船の準備が整いましたので皆さまお車にお戻りください。」
春香と水上が定型的なやり取りをしていると、入港した船の搬入ハッチが開きだす。
「ふん……行くぞ、お前ら。」「……」「あぁ……」「ぁ、っ……」
一樹旦那様は春香を鼻で笑うと、息子達に言葉を掛けてから車に乗り込む。
それに続く王子は特に反応を示さず続き、幸次は秋穂に目を向けながらも兄に続いた。総司だけは何か言いたそうにするも、そのまま兄達に置いて行かれまいと車に乗り込んでいく。
「ほら、貴方達も春香ちゃんに何か言っておきなさい?」
「ふん、誘拐なんて……良かったじゃん……無事に戻ってこれて……じゃ後でね、「春ちゃん、春ちゃん、誘拐されてたって言うけど」イイから行くよ、まもる!」
二月奥様は子供達に春香へ何か言わせようとするのだが、その娘の瑠奈は母親の言葉とは裏腹に……いや、言われた通りになのか、憎まれ口の様な、けれどもやっぱり・ちょっぴり何事もなく安心している様な言葉を春香に贈る。
弟の守手は無神経になのかどうかは分からないが、幼い者の専売特許の様にして『誘拐されていた時の状況を聞こう』とするが、姉の瑠奈にソレを中断されてしまい、呼称の様にして”まもる”と呼ばれて、車へ問答無用に連れて行かれてしまう。
「良かったわね、無事に今日を迎えられて……一応言っておくけど、会長を怒らせるような事だけはしないでよ?!……でもまぁ、流石に会長でも”海の上なら”そうそう問題は起こさせないだろうけど……」
「……「……行くよ、兄様?」あぁ……」
三城奥様は子供達に何か言わせる事も言う事もなく、父親であり祖父である”金山限無の機嫌を損ねる様な事はするな”と釘を刺してから車に乗り込んでいってしまった。
三城奥様の息子・大地は何かを言いたそうにするも、ついには口を開けず、妹の社に声を掛けられて車に戻ってしまう。
「……はぁ……じゃあ、行こうか?……今日は二人の”お父様”も来てるし……ねっ?」「ぅ?……うん」「……」
そして、四期奥様は自身の兄と姉の態度にため息を吐くと、娘達に声を掛けてから車へ乗り込んでいく。
今回は珍しい事に……いや、初の出来事として、秋穂と春香の父・金山賢人もこの場に招待されているのだ。
二年前まで金山家の孫達……秋穂や春香の世代の誕生日会はもっぱら金山家と上流階級の行事として、金山賢人は呼ばれておらず、清虹市にいる金山家の参加者は四期奥様と秋穂・春香の三名だけだったのだ、
だが、今回は賢人も招待をされて参加を認められている。
とは言っても、なにも賢人だけでなく、一樹旦那様の妻や、二月奥様の旦那、三城奥様の旦那もこれまで呼ばれていない、つまりは金山家の当主・限無会長の血筋だけ金山家からは呼ばれていたのだが……
『ガチャ『ガチャ……バタン』バタン』
『ブォォー………………』
どうやら今回は特別らしい。
海外で所有している”セブンスハッピーとレジャーシップ”を日本に呼び、人を集めて船上パーティーを開くのには途轍もない金をかけているが、それぐらいでは金山限無としては造作もない事だろう。
金山限無と言う人間は無駄な事をせず、全てを意味のある計算づくで行う人物だ。
はたして今回の目論見はどういった物なのだろうか?四期奥様は何も聞かされていない……




