#285~力は見つける~
「あぁ?、あー……いえ……ぅ?……でも……」
山岡は秋穂の申し出をどうするか迷う素振りを見せている。
「それで、強盗犯は今ドコに?……」
そんな山岡の迷う声を聞いた秋穂は、山岡にひとまずと言った体で”何故か”強盗犯の居場所を聞いた。
「……えっ?」
思いもよらなかった事を聞かれたらしく、山岡は疑問の声を漏らすだけだ。
「……その前にアンタ……一旦中に入ろう。見てるこっちが風邪を引ぃちゃいそうだよ。」「あ、はぁ……」
千恵は濡れネズミになり始めている山岡へ、屋根のある研究所内に戻る様に提案する。彼も内心は雨に濡れるのを我慢していたらしく、秋穂の疑問に答える前に歩き出した。
「……っ……」
秋穂は辺りに目を光らせてから千恵の後に続く。
「まぁ、ひとまずは私たちも入らせてもらうよ。」「……っ?え、えぇ……どうも。」
千恵は山岡の背中を押し、自身の傘に彼を入れながら彼が出て来たばかりのその建物にエスコートする。
『ガァア……』『ガサッ』『サッ』ーーーーーサァーーーッ……』
その建物・土旗研究所の出入り口であるガラス扉を開けて三人は建物の中に入っていく。
「……っ」『……タタッ……』『ガタガタ』『ガッガッ、』
土系法力研究所は正面出入り口から入ると建物の奥に続く廊下があり、今研究所に足を踏み入れた千恵達の右側に窓一枚の簡単な造りの窓口が置かれている。
今その窓口に人はいないが、奥の方から人が動き回っている物音が聞こえてきていた。その窓口はすぐ横の研究室と繋がっているらしく、その研究室の準備室に窓口の中のスペースがある様だ。
秋穂達の左側・その窓口の反対側には土器やら鉱石がガラス張りの棚に置かれて展示されている。
だが、それらにはネームプレート等がなく、何がどんな物なのかは一切分からなかった。また、そのガラス張りの棚の前には恐らくは今だけ出されている物として、空の傘立てが置かれている。
「傘はココで良いね?」「はぁ」「……」『ゴト』『カッ』
山岡に一応は確認した千恵と秋穂はソコに傘を置いた。
「それで、話の続きだけど……”犯人は現場に戻ってくる”ってよく言うじゃない?”私達が”色々と手伝ってる間に強盗が戻って来るかもしれないからね。……アンタは”さっき”と言ってたけど、具体的にはいつごろ犯人が”ココから逃げたのか”と、”どっちの方向に逃げたのか”、”今アンタらがしている事”をもう少し教えて貰える?」
千恵は山岡が何かを言う前に二人の会話を再開させるが、彼女は早々に言葉を切り出して懸念事項を”二人に”良く言って聞かせている。
・本当の所で言えば千恵はこんな所に寄らないでスグに帰りたかったのだが、秋穂が”手伝う”様な事を言ってしまい、帰るに帰れなくなってしまっているのだ。
そんな事が分かる様な言葉と態度を千恵は山岡に見せて言い聞かせてもいる。
「……あぁ、そういう事ですか……勘違いしてました。はぁぁ、う゛ん゛……えーと……今の二時間ぐらい前に警察へ通報したんで……まぁ、三時間ぐらい前にこの正面出入り口から……多分……”あっち”の方へ逃げて行きましたよ。パトカーで来た警官は今、現場で実況見分?とかをまだしてて……研究所としては”何かを取られたけど、取られた物がいくつあるのかも分からない”って事で……ココに顔を出している人総出で片付けと、無くなった物の確認作業をしてるんです。」
山岡は千恵の説明で疑問が解消されたらしい。彼は欠伸をした後に咳払いをして眠気を飛ばし、聞かれた事を”今度は”丁寧に説明する。
彼の言う”あっち”とは研究室の壁を指していて、どうやら”南の方向”へ逃げて行ったという事だ。具体的には研究所を出て左に曲がって行った方で、清敬高校のある方角でもある。
「でも「ふぅん?清虹の方……なんで”一時間も経ってから”通報したの?」……」
秋穂がそこですかさず言葉を入れようとするが、千恵が秋穂の声に自身の声を被せて会話の主導権を離そうとしない。だが、千恵の言葉は秋穂の聞きたい事でもあったらしく、秋穂も頷いている。千恵が声を被せてきた事に秋穂は気分を害している様にも見えなかった。
「実は……俺らはソコの研究室に閉じ込められてて『……』その閉じ込められた方法が”土系法力”でドアの外に壁を作られてたんですよ。『……?』それを解除するのにココの先輩方が熱くなって『……』」
山岡はある程度覚醒してきている様子だ。
だが、彼の言葉は別の理由で途切れ途切れの物になっている。
彼の声を聞く秋穂と千恵はそんな彼に無言の視線を時折向けているが、特に秋穂は山岡の言葉に納得していない様子だ。
「……いや、でもすんません……やっぱり二人はココの部外者なんで……多分……」『ガァ……』
そんな二人の態度を見る山岡は考え直し、”……関係者以外は立ち入り禁止だから……”と言いたげにするが、その言葉は最後まで言えなかった。
「……ん?”山”か?お前……あぁ、金山家か?…………まぁ、それよりも……もうコッチの方は”片付け”を始めて良いらしいぞ。」
そこで近くの扉が開き、中から今日は初めて見る顔の白衣の男性・土系法力研究所の研究員が現れる。
彼は山岡を”山”と呼び、何かを言いかけるが、秋穂を見つけて納得したらしい。山岡に何かの”片付けを始めてよい”と言っている。
「あらあら……」「っ……」
「あ……”高”さん……」
山岡に”高さん”と呼ばれた男性は段ボール箱を抱えていて、彼の開けた扉は閉まる事がなく扉の向こう側・研究室内が見える状態になっていた。
その向こう側は一言で言うと、”カオス”と言える。
”高さん”が今出てきた部屋には、大きな板・棚・台・椅子等が軒並み倒されていて、その下にはペンやノート等が散らかり、挙句にはガラスや石・土等が床一面にぶちまけられていた。
どんな強盗犯がどれだけの数で襲ってきたのかは分からないが、一人や二人が短時間で作れそうな惨状ではない。
建物はどこも傷付けられた様には見えなかったが、どうやら”誰か”が、
いや若しくは”何か”が暴れたか、平和な状況ではない事は言うまでもない。
「……これは一筋縄じゃいかないね……」
また、その研究室には部屋の大きさの割に中で作業している者が少なく、それぞれが机の周りで何かを拾い集める様にしてしゃがみこんでいる。
皆一様に白衣姿な所を見るに、皆ここの研究員なのだろう。
今開け放たれている扉の周りにも大きめの石がそこらにいくつか落ちていて、部屋から人が出るのも入るのも何かと不便な状態だった。
「……いや、鑑識?って言うのかい?そういう人たちが調べる前に片づけて良いモンなの?」
千恵は疑問に思った事を即座に口にする。
千恵は相手が誰であろうとも尻込みしない女性らしい。
「”山”……お前の担当だ。」
”高さん”は千恵の言葉に答えず、山岡に対応を任せる様だ。
「いや、あの……ここは元々”こんな感じ”でして……強盗犯も触ってない所で……”現場で”無くなった物は、”取られた物なのか、どこかに行った物なのか?”……を今調べてるんですよ……」
山は……いや、山岡は千恵に説明をする。”ここは元々こんな感じなんですよ”と言う事らしい。
「なるほどね……だからアンタとしては”猫の手”も借りたい訳だ……かと言って私達に手伝いを頼める身分でも、それを許せる身分でもないと……他の部屋は?「ここ以外では同じ様な部屋があと四つあります……」はぁ……そうかい……」
千恵は山岡の態度を遅れて納得する。
土系法力研究所はそれほど熱心に外へ向けて情報や研究を発信しない所だ。世間にあまり露出しない一面があり、それと混在する様にして職人気質な者・つまりは”変人”が多い研究所としても悪名高い。
法力に影響されやすい土を販売していたり、特殊な鉱石を解析したりと、それなりに外部・民間企業や世間との接触はあるが、それらは結局の所、清敬学校・大学を通している。
どうやら研究現場は世間離れしている様だった。
「……はぁ……」
千恵はため息を一つ吐くと歩き出す。
「ぁ……」「まて……」
山岡と”高さん”はそんな千恵の歩みを止められない。
『……ッ、、ッ、ザッ、ザッ、ザッ』「アンタら!一旦手を止めな。」『『『『『『『『ーッ』』』』』』』』
千恵は研究室に足を踏み入れ、土の上を歩いて部屋の中心まで来ると、おもむろに良く通る声を張り上げた。
何かを拾い集めていた白衣の男達は手を止めて一斉に知恵を凝視する。
「待て、ソコに立つな。アンタには分からないだろうが……ここにある土には意味がある。それを勝手に動かされると……何らかの支障が出るかもしれない。」
そこで手を止めた、とある白衣の男が千恵に声を飛ばした。些か言う事が断定的ではないが、部外者である千恵を排除しようと言葉を並べている。
「そうかい……『ザッ、ザッ、ザッ、ザァァァ』ならコレでもう支障は出たね。……もう一度頑張って同じ状態を後で作りだしな。……アンタらが今するベキ事は、ここらの石を退かして、横になっている大きな物を廊下に一旦出して整理整頓する事だよ!」
千恵は声を掛けて来た男性研究員を煽る様にして渾身の力で辺りを踏み荒らし、辺りにぶちまけられている土が舞う様にして足を蹴り上げる。
山岡は『あぁぁ……』っと千恵の蛮行に引いているが、秋穂は『うん』と腕を組んで千恵の食って掛かる様を見つめているだけだ。
『誰だよ……』「っ!」
固まっている白衣の男達の中で誰かがそうぼやくと千恵はその声に応える。
「”金山邸の千恵さん”だ!……”金山家の意向でココに来たんだ”。文句があるなら会社に言いな!」「っっ……」「……あれが?」「ちっ……」
千恵は臆面もなく、そんな大ぼらを吹いたのだが、秋穂はそれが本心である事を見抜く。
「”……流石は千恵さんです……”」
秋穂はさらにもう一度同じ言葉を繰り返していた。
”金山家の意向”とは勿論ブラフだが、それは”秋穂の意向”でもあるのだ。
『大体ね、アンタ等”おまわり”が来てんだからそんな事してないで……』「「「「「「「……」」」」」」」」
千恵は白衣の男達を顎で使って機能的に動かし始める。
”見た目”は”ティーン”に迫る程若い、いや幼い千恵だが、その様は年齢以上に堂々としていて、千恵に指示を出されると男達は無視が出来ない様子だ。
”金山邸の千恵さん”は家事・手伝いは勿論プロ級だが、こと”統率力”については右に出る者がそういない。千恵が指揮する”兵隊”がもしいれば、金山家の者でも相手にしたくない御仁だった。
「……うん、もう大丈夫だろうね。他にやる事はあるかい?」
秋穂は隣で言葉を失っている山岡にそう言葉をかける。
「……ぁ、ああ……えーと……じゃあ……この廊下の突き当りに本棚があるから……ソコにある本を段ボール箱に詰めて、……本棚の前に置いてといて貰える?畳まれた段ボールが本棚の前にあるからさ……」
どうやら山岡としては、自分の裁量で研究室に部外者を入れるのを拒んだらしく、それを避けて研究室の外で作業をしてもらう様だ。
「……俺は他の部屋で作業してるから……それが終わったら”あの人”の作業に合流してくれ……」
「うん、任されよう。」
秋穂は二つ返事で山岡の指示を聞きいれた。
山岡の言う”あの人”とは勿論、手前の研究室で言葉を飛ばしている千恵だ。




