#268~力の凱旋~
遅くなりました……熱いですね……
……サァァァ……
清虹市では雨が尚も降り続いている。
そろそろ梅雨が終わる頃だが、今の清虹市の天気としては断続的な雨は時折弱まる場所もあり、所によっては一時的に雨がやむが依然として分厚い雲で覆われている。”雨・時々曇り”として、お日様が空に輝く事がない。
「……はぁ」
勝也は傘を手に持って掲げ、歩道を北に向けて歩いていた。
先に出かけていた厘とは時間にして2分も差は無いハズだが結局の所、ついぞ厘の後ろ姿を見る事は叶わなかった。
『ジャリ』っと歩道から足を下ろし、車道を横断しようとしている勝也である。
目的地の金山邸はもう目の前で、金山邸のある区画は他の家のある場所と違い、歩道が設置されていない。
大きな門と金山邸をぐるりと囲う塀が金山家敷地を囲っているのだ。
「……」
勝也は金山邸の、比較的に少しだけ高い位置にあるインターホンに視線を向ける。
”少しだけ高い位置”と言っても、小学三年生男子である勝也が背伸びをギリギリでせずともボタンを押せる位置だ。
恐らくは金山邸が大きいために、いや、”大きく見せる”為にインターホンを若干高い位置に取付ているのだろう。
『ピーンポーン……』
勝也はカメラ付きインターホンのボタンを押す。
「あぁ、はいはい。……って、雨田君!今出るからちょっとまってて……」「あっ、はい……」
インターホンは女性の声を鳴り響かせる。家の中に居る者がわざわざ雨の降る外まで出てきてくれるらしい。
勝手を知っている勝也としては、門を開けてくれれば家の中にまでは入れずとも、玄関まで行くつもりだったのだが、そんな言葉を出す前にインターホンの通話を切られてしまった。
「……ん?今の声って……」
勝也はそこで、今インターホンに出てくれた声がここで”よく聞く声”ではない事に気付く。
面倒くさがりな春香なら門を開けて”玄関扉まで来て”と言うだろうし、秋穂お姉さんならもう少し自分に慣れた声音で対応してくれるはず、
勝也が訪れた時に、他のインターホンに出てくれた者としては、春香の母親の四期奥様か、凪乃おねえさん、ぐらいだ。
だが、四期奥様ならもう少し肩肘張った声音だろうし、凪乃おねえさんなら少し慣れた声音で、さらに自分であろうとも敬語口調なハズだ。
『ガチャン……』
扉が開錠されるのに1分もかかっていないが、数秒だが少し時間を空けて金山邸の玄関扉の鍵が開いた事を知らせる音が聞こえる。
『ガァァ』
「あっ、どうも……」『バサッ、』『タッタッ、』
玄関扉から外に出て来た女性は、傘をさして軽い足取りで門の手前まで移動してくる。
「っ?」
いつもなら家の中で操作をして、ひとまずは門を開けておいてくれる段取りなのだが、一向に門を開けてくれる様子がみられない。
「勝也君……」[「はい、すみません、忙しいとは思ったんですけど……」
門の向こう側にはエプロンドレスを身に纏い、白い傘を片手に少し悪い笑みを浮かべた壮年期ごろの女性がいた。
いや、本当の所は”初老”ぐらいの年齢の女性だ。年齢よりもずっと若い、いや、幼い見た目の者だった。
「あーいやいや、良いんよ別にそんな……”大事な、大事な”お客様だからね。来なかったら今夜にでもこっちから迎えに行ってたよ。えーとボタンボタン……」
門の向こう側にはこの金山邸の使用人、風間千恵がいた。
門の内側に設置された開閉ボタンを探している。
「えっと……、多分”コッチ”だと思います。」「あーごめんごめん、私が居ない内に取り付けられた”モン”だからさ……」
勝也は助け舟として門の外から門の内側にある開閉ボタンの位置を誘導する。
千恵が言う”モン”とは”ボタン”の事だ。金山邸は建てられた当初から”門”を開閉する施設のハズだ。決して”門”が後から付けられた訳ではない。
「……ポチっとな」『ポチッ』『ガガッ……』
千恵はどこぞの自爆スイッチを押すか如くにボタンを押し、門を開錠させる。
『ガーーーーッ』
門は滑らかに動き、来る者を迎え入れようとしていた。
『ガサッ』「……」「……ぇ?」
勝也は目の前の光景に一瞬だけ狼狽える。
「……」
千恵は雨の中でも傘を閉じ、雨に濡れながらも見事な角度で頭を垂れて勝也を迎え入れていた。
「……”主”に変わりまして僭越ながら、この風間千恵がお礼を申し上げます。この度は”勝也様のご助言で功を奏し”、春香お嬢様を救出する事が出来ました。ありがとうございます。つきましては」「あっ、、あの……」
千恵は一転して言葉遣いを正し、肩肘ばったお礼を口にする。
そこで勝也は自身の持っている傘を広げて言葉を刷り込ませた。
「……俺は”春香を助けた”とは思っていません。それに凪乃おねえさんにも言った事なんですけど、”勝也様”は止めてください。春香のお母さんが春香のお母さんだったから”こう”なったと思ってます。」
「ふぅん、聞いてた通りか……じゃあ、”勝也君”って事で宜しくね、……じゃあひとまずは中に入って。」
「あ、はい……」
千恵は勝也の行動に気を悪くした様子も見せずに勝也の傘を取り上げて金山邸の中に勝也を誘った。




