#262~力のゲーム~
「”送金”ですか?……むぅ……確かに飯吹先輩は私とは給与が別体系ですが……それは”給与”の名目がされているハズです。それを本人に確認も取らずに口座の凍結をするのは”横暴”過ぎではありませんか?……裁判所の命令もないのに預金の”差し押さえ”行為か、最悪”詐欺”と受け取れますよ?」
雷銅は静かに言葉を返す。
「……っ、い、いえ、こちらとしても再三連絡をした……いえ、”したと”聞いています。電話が繋がらなかった様でして……”口座の一部機能の凍結”は前任の者が下した判断なんです。……それに”お客様は”連絡が付かない連絡先を口座開設の際に書かれていた様ですし……いえ、勿論我々としても”言質”さえ頂ければ……いや、確認さえ取れればスグに口座を”正常化”致しますので、そのような事実はありません。」
男性銀行員は雷銅の言葉で過剰に反応し、”こちらも悪い”が、”そちらも悪い”と言う様な事を言う。また、口座も”凍結はしていない”と言う事らしい。
「「「……」」」「……ん?」
そこで、”商談室”にいる四名、いや、三名は一斉に残る一人のその”お客様”を見た。
「いやー……長い事家に帰ってなくてね、電話も前の家電だから……」
「「はぁ……」」「……まぁ、と言う事でして……今、”お給料”と仰っていましたが……一応、どういったお金か”お客様の口から”ご説明して頂けますか?」
飯吹を見る平岩と雷銅はため息をつき、男性銀行員は今一度、飯吹に向けて説明を願った。
「……えーと、”法力警察のお給料”ですね。「あっ、飯吹先輩……」あっ、そういえば…………幾らかの金額以上の給料は”別口座から送られる”って言ってたかも……」
飯吹は社外秘な”法力警察の規則”を破り、真実を語った。
法力警察は
・仮面を被る者は例え身内であってもその正体を明かしてはならない
・法力警察内部の規則は社外秘で、破った者は罰金・又は除名処分
と言う規則がある。
ツーストライクだ。
「そういえば、ライちゃん、今日は署のトレーニングルームには行ったんだよね?「……ええ……」今日は皆いた?「……ええ……」」
・構成メンバーを社外の人間に教えたり、その所在を漏らしてはならない。
も法力警察の決まりだ。
つまり、飯吹はスリーストライク、アウトォォ!と言える。
「……まぁ、と言うのは嘘でして、私たちは外国の”とある”護衛会社に勤めていて、そのお給料です。その会社にはちゃんと日本支部があって、”所得税”や厚生年金保険もその都度日本の規定に沿っています。」
ここで雷銅は飯吹のフォローに入り、”チップでアウトではない”と言っていた。
「……なるほど……そういう事ですか……事情は概ねで理解しました。…………まぁ”お客様”からは、”貴方の”説明を受けたとさせて頂きます。」
男性銀行員も訳知り顔で雷銅の言葉を採用し、”セーフ”とした。
法力警察はもともと”防人部隊”であり、”防人部隊”はグローバルに活動していた。その肩書は一応で”護衛会社”であり、雷銅の言った言葉にそこまで大きな嘘はない。
今も海外では”防人部隊”改め、”Law Power Police”と名前を変えてその国々で”法を守りながら”資金集めに勤しんでいる。
飯吹の務めていた・雷銅が今も務めている”法力警察”はこの”護衛会社”の日本支部的な扱いだ。
「飯吹さん、そういう事はあまり言わない方が……」
そんな風に雷銅がフォローをしている裏で平岩が飯吹に”部外秘な事をあまり言わない様にした方が良い”と小さく言葉を掛ける。
防人部隊に目を付けられるのはそれが会社でも基本的には嫌がられる事柄だ。
「いやいや、と言ってももう私は辞めちゃいましたからねー」
「……まぁ、そうなんですけど……あ、さっきフランス語だったのはそれで……ところで飯吹さんは一体いくら貰ってたんですか?銀行が目を付けるとなると、月で”平均年収”ぐらいは貰ってそうですが……」
平岩は飯吹の言い訳にもなっていない言葉で一旦言葉を引っ込めて、どの程度の”送金”だったのか聞く。
”海外からの送金”でも銀行口座が止められると言う事はそうそうないハズだ。大きな額が別名義間で断続的に送られればその限りでは無いのかもしれないが……
恐らくは先ほどATMに表示された言語から、”フランス語”が第一言語の国にある銀行から送られていたのだろう。
「……それが、分かんないですよ……」
「あ、そういえばスマホもパソコンも持って無いんでしたね……法力警察は電子給料明細って聞きますし……」
セブンリバー銀行の通帳はWeb通帳が原則で、パソコンやスマートフォンのアプリでお金のやり取りを見れる状態だ。
法力警察はその匿非性から給与明細等も物として残る紙媒体ではなく、電子メールやデータで発行される。
しかし、飯吹はパソコンも携帯電話も持っていない身の上だ。
そういった者は紙の通帳を受け取れる決まりになっているが、そうなったのも少し前で、家に帰宅していなかった飯吹は自分の口座にいくら残高があるのかすら、よく分からないのであろう。
「あの、彼女に紙の通帳は発行して貰えないんですか?彼女はWeb通帳が確認出来る環境ではない様です。」
平岩は雷銅との会話が終わった男性銀行員に言葉を向ける。
「ええ。……どうやらお話を聞く限りではネット環境が無いお客様の様ですし……周知が遅れていたのもこちらの不手際です。お詫びも兼ねて……と言う訳ではありませんが、こちらの方で過去の取引まで遡って発行いたします。口座の正常化は今から一時間以内のスグにでも出来ますが、清虹カードの付加キャッシュカード機能はシステムの仕様で明日から、となります。定期預金振替や投資はWeb取引でもご利用になれますので……コレを機に電子機器のご利用開始をお勧めいたします。……ではこれで今回の”口座正常化”のお話は以上になります。またご用命があれば、今一度お客様から電話……若しくは直接こちらにお越しください。」
男性銀行員はやや早口になりながらも、話しを収めにかかった。
飯吹と雷銅が”法力警察”関係者と知って尻込みしたのかもしれない。
それほど”法力警察”は悪名高かった。
振り込め詐欺や、キャッシュカードの不正取引詐欺等はその多くは利用者が直接銀行に行ったり、電話を掛ける事である程度は回避できる。
そういった詐欺被害に遭うのを予防するための文言を男性銀行員はお決まりの定型文で言っていた。
こうして飯吹の慢性的な現金不足は解決する……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―
『サァァァァ……』
場所は清虹市内の北に位置する土旗地域で一番か二番目に高い建物である清敬高校だ。
梅雨の時期真っ只中で、時々、又は所々で日が差すも、出かける際は傘を持つのが常備品になっている今日この頃だった。
『ガァァ……』
傘で片手を塞ぎつつも、清敬高校の門を開ける女性が一人いる。
「んっ?」
『ダッダッダッダッ……』
そんな朝一番早くに清敬高校へ訪れた者がする日課へ、足音が訪れた。
「金山せんせー!」
赤い傘を片手に、濡れるのも構わない様子で清敬高校二年女子、剣道部部長兼主将の佐奈田久仁子が走ってきている。
「……っあ、ああ、佐奈田さん、おはよう。早いね。」
門を開けていた秋穂は佐奈田が生徒の中では一番早く登校している事を感じ取り、朝の挨拶をしていた。
「い、いえっ……あっ、金山先生も朝早くからおはようございます!」
佐奈田は秋穂に挨拶をされて、思い出したかのようにして走っていた姿勢から立ち止まり、足をそろえて見事な角度で腰を折って朝の挨拶を行う。
清敬高校の女子用制服は下がスカートなので、パンチラしそうな勢いだが、幸いにもそんなお辞儀を見ている者は秋穂以外にはいないだろう。何といっても朝は朝でも早い時間だ。
「今日は朝練かい?……」
「はい!私が部長なので、朝の準備をしようと思っています!」
秋穂は佐奈田が朝早くに登校している理由を当ててみせ、佐奈田は愚直にも頭を随時下げて、良く通る様な大声で返事をしていた。体育会系のノリだ。
「……あ、あぁ……『ガチャン』怪我をしない様に頑張ってね。」
秋穂は門を開け終えると、佐奈田に親しみを込めて言葉を送っている。
「はい!……ってそうじゃなくて、金山先生、妹さんは大丈夫なんですか?」「あぁうん……」
佐奈田は秋穂の妹の春香が誘拐されていた事を気にかけていて、その心配をしたいのだが、秋穂が特段そんな態度を見せていなかった為に、危うくその事柄をスルーしそうになっていた。
『ガーァァッ、ガンッ』「ふぁあぁぁ……」「……っ!」「ぁ、」
そこへ誰もいないと思っていた清敬高校校の舎正面玄関が荒々しく開け放たれ、出て来た者が大あくびをかましながら現れた。
秋穂はその無駄のない・存在を悟らせない所作から気を飛ばし、佐奈田は驚いて息を吐いている。
「おお、おはよう。金山君に佐奈田君。」
「「清田校長先生……」いたんですか……」
それは白い立派なお髭を少しぼさぼさせている、妖精Gさんこと清田校長先生だった。
些か目に覇気がなく、心なしか目をしょぼしょぼさせている。
「うむ、もう朝か……」
彼は何の気なしに正面玄関から足を踏み出した。”傘もささずに”。
「……あっ、おはようございます。傘を……どうして学校に?」
秋穂は即座に走り出して清田校長に自身がさしている傘を掲げた。疑問に思ったことが口から漏れ出ている。
「うむ……言ってはいなかったが、この地が少しばかり慌ただしい時は宿直をしているのだよ。……まぁ、久しぶりに買ったゲームが面白くて校長室でやってたらつい寝落ちしてな……」「っ……」
どうやら清田校長はここ最近、清虹市の情勢が”慌ただしい”と判断して宿直を買って出ていたらしい。
こことは限らずに学校にはその大きな敷地な為に、深夜に忍び込む者を防いだり、緊急時には避難所として機能するために”宿直”として泊まり込みで人を置く様にしていた時期が昔はあった。
主に教師や守衛・警備員がその任を負っていたが、そこに割くマンパワーや、一人や二人ではたかが知れている為に廃れた風習だ。
それを解消する為、大学生にアルバイトとして代行させていた時期もあったが、その者達が宿直として人を連れ込んだり、暴行・殺人事件が起こった為、今では機械で看視しているだけの学校が多いだろう。
しかし、清敬高校は”主に”清田校長が代わりとして宿直業務を行っているらしい。
確かに彼の法力の腕は確かだし、腐っても医療の知識が彼にはある。
彼一人が籠城すれば並みの人間ではその牙城を崩す事は出来ないだろう。
”TVゲーム等で徹夜をしていなければ”の話しでだが……




