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力の使い方  作者: やす
三年の夏
261/474

#260~力の線引き~

「飯吹先輩……どうしたんですか?……顔も赤いですし「えぇ?……あ、あぁうん……」……」

飯吹と雷銅は飯吹の部屋のリビングに移動して声を潜めて話し込んでいる。家の主である彼女は顔を赤らめていて、毎日顔を合わせている雷銅としてはそんな様子に不審を抱いていた。

「……具合が悪いわけではなさそうですが……まぁ、わかりました。”ソレ”を貸して下さい。」「……うん……」

雷銅は飯吹の持っているスラックスズボン(お尻ぱっくり割れの周りで糸這いver.)を受け取ろうと手を伸ばす。

「………っ………私が飯吹き先輩の”手助け”をします。……この糸を取ってしまってもいいですか?「……うん……」んー……」

雷銅は飯吹からズボンを受け取ると、今度はちゃんと目を凝らしてズボンの状態を見て、”これでは駄目だ”とも言わずに、自分がズボン補修の手助けをしても良いかと聞いていた。

手助けと言うか、”修繕を任せられた”雷銅だが、どうも飯吹の様子がおかしい事に疑問を抱いた様だ。

「……まぁ、これは私にも原因の一端がありますしね……」

雷銅は兎にも角にもと、ズボンの修繕を始める。


「……さっきベルトを取った時にそうではないかと思ってはいましたが……これは本来、かなり大きいサイズのズボンです。それを腰の部分で折り畳んで詰めて、ベルトで抑えて履いていたのでしょう。……穴の端と端を揃えて、そこを内側に折り返して縫い留めます。まぁ、多少は窮屈な物になってしまいますが、どうせもう一日も履かないでしょうから着心地よりも穴をふさぐ事を優先します。「…うん……」……」

雷銅は”手助け”と言うよりも、主体になって修繕案を言った。

解っている事だが、このズボンは飯吹の物ではなく、玄関に残してきた平岩の物なのだが……雷銅は飯吹のズボンの様に言っていた。

彼女なりの線引きなのだろう。


このサイズが大きいズボンを詰めて履いていた為に、ズボンを脱がした際に平岩の”最終防衛ライン”が破綻して彼の”珍”光景が”珍”お披露目していたのだが、雷銅はソコまで思い至っていない。


「……では……」『ガシゃガシャ……』『……プチ、プチプチン』『スッ、スッ、』

雷銅はソーイングボックスから糸切狭を拝借して穴の周りで這っている糸とズボンの胴回りを小さくしている糸を切断していく。

また、お尻に開いた穴を閉じる様にして合わせ、それを仮留めするためにソーイングボックスから丸いピンの付いたピン針を二本抜き取り、ズボンに仮留めとして刺している。

『ググゥ、バサバサ……』「やはり、かなり大きいですね。それでも穴を詰めるとお腹周りがキツくなりますが…………まぁ、ベルトがあるなら元のサイズに戻しても問題はないでしょう。」「……」

雷銅はズボンを裏返してズボンの大きさを再確認する。

雷銅の手さばきと順序だてて作業していく様はなかなか堂に入っていた。


「……ライちゃんって裁縫上手かったんだね……手慣れてる……」

飯吹も雷銅の裁縫スキルに驚きを隠せない。

言ってしまうと”雷銅には似つかわしくない。”と言外に言っているのだが、本心から言っているのか飯吹の言葉は嫌味に聞こえなかった。

「……あぁ、いえ、実は実家で……父の弟子たちの稽古着が破れたらすぐに私がそれを塞いでましたから……こういう破れた服を直すのだけは何度もやっています。……まぁでも、穴をふさぐ以外は全くと言っていいほど出来ませんが……」

「……ふぅん……イカヅチ流か……」

雷銅は手慣れている理由を言った。

しかし、あまり思い出したくない事柄なのか端々で言葉に詰まっている。

飯吹は気を回したのかは分からないが言葉を続けなかった。


飯吹はこれでも意外と気を回せる女だ。彼女が高校生時代、『烈風の”気”女』と呼ばれていたのもこれがゆえんだ。


『……』『スッ、スッ、』『チクチク……』

雷銅の手元では穴の空いたお尻部分を再度を合わせ、現状の裏返したズボンの内側・表部分から仮留めのピン針を抜き、ズボンの表側から・裏返したズボンの裏側から、ピン針を抜き刺しして仮留めを更新する。

穴の端と端を合わせた部分は外側に重ねられていて、そこに糸を通した針を通していく。

ズボンの穴を合わせた部分端の少し内側で奥から針を手前に通し、出て来た針を合わせた所のもっと端部分に手前から奥に通す、この時奥から通してきた部分を超える様にしてより中心寄りに奥から手前に通していた。

これを繰り返す縫い方を”返し縫い”と言い、裏側では糸が直線に通っている様に見られる縫い方だ。

それを十数回繰り返して穴を縫い留めていく。


「……、一旦穴は塞ぎました。「……おぉ!」ですが念のためにこれを折り返して穴の端部分をもう一度縫い留めます……」

そんな裁縫を眺めるだけの飯吹はこんな初歩的な部分でも雷銅の手際の良さを見て声を上げる。

だが雷銅の言う所によると、これだけでは心元無い強度になってしまうらしい。

『チクチク、チクチク、チクチク……』

続いて雷銅は返し縫いの最後から糸をそのままに、”返し縫い”の方向とは逆方向に、布を合わせた部分を巻き込む様にして針をぐるぐると螺旋を描く様に縫っていく。

穴の端と端の布を合わせた部分を表から裏、表から裏、と回す様にして針を通している。

今度は返し縫い部分よりもっと端で針を通している。それを十数回繰り返した。

この一見して、布の合わせた端を起点に糸をぐるぐると這わせる縫い方を”かがり縫い”と言う。

今回の様に布が合わさった部分の補修や、布の端がほつれるのを防ぐ縫い方だ。

この”返し縫い”と”かがり縫い”は細かく違う様々な方法があって、そのそれぞれに名前が付けられる様な、言わば裁縫の基本だ。基本だからこそ、上手く縫えば早々にほつれる事はない縫い方と言える。

雷銅の手際と精度を見るに、”まずまずな”技量と言えるだろう。


「……完成です。あんまり小さい部分を”二重で縫う”のは布の寿命が縮むんですが……まぁ、どうせこのズボンはスグに捨てるんでしょうから、構いませんね。」

「えぇ?捨てるの?」「え?……あ、はぁ……まぁ、捨てるのは”そちら”で正座している、こちらに耳をそば立てている者ですが……」「……」

雷銅はことごとく平岩を悪し様に言った。もはやそれは”敵意”を向けている。と、言っても間違いではないだろう。

「……あっ、じゃあ直したズボンを届けに行こう。」「……はい」

雷銅が手掛けたズボンはお尻周りが少しだけ”モコっと”した物になっているが、”お尻部分で変に折り目が付いている”様に見えなくもない出来栄えだ。

コレを履いて街に繰り出しても、そうそう耳目を集めはしないズボンだろう。


「平岩さーん!新しいズボンよー」「え?新しい?ですか?」

飯吹は”金子”ならぬ、”(牛乳から分離したクリームを練った食品)子”の様な調子で、ズボンを持たずに玄関へ向かう。


「……え?新しい?ですか?」

平岩は玄関マットの上で星座しつつ、顔だけを向けて雷銅と”同じ様な突っ込み”をしていた。

「じゃーん、ライちゃんが直してくれました。はいどうぞ!」「……っ……飯吹先輩、どうせなら”貴女がした事”にすればいいのに、……私は”手助け”しかしていません。」

飯吹は正直に雷銅が”ズボンの穴を塞いだ”と宣言する。

雷銅としては飯吹のした事にしたかった様子だが、今更取り消しは出来ないだろう。

平岩は飯吹の言葉に反応する。


「ら、雷銅さんが……大丈夫なんですか?」

平岩がそんな事を言ってしまうのも無理はない。なぜなら雷銅は顔を合わせてから終始平岩に敵意を向けているのだから。


「よーし!じゃあ、さっそく”コレ”を着て行って”平岩さん”にお金を返しましょう!」

「……お金ですか?」

「あ……そういえば……そんな話しでしたね……」

飯吹は雷銅が持って来てくれた”セブンリバー銀行のキャッシュカード”を掲げている。

当初の目的・話しがすごい脱線しているが、本来は”どーん”代金の500円を”返す・返せない”の話しだったのだ。

平岩はもはやどうでもよくなってしまっている。


「あぁ、お昼は”どーん”に行ったんですか……今日私は行きませんでしたから……、あそこの”テンチョー”はどうもニガテで……」

雷銅は飯吹の”お金を返しましょう”発言からすべてを理解する。

多分だが、これまで飯吹の現金事情を解決していたのは彼等、”法力警察”の同僚達が飯吹に現金を提供していたのだろう。

いくら地方通貨が当たり前な清虹市でも現金が必要な場面はしばしばあるハズだ。


「……ならば、私がお金を返しておきましょう。500円で良いですか?」

雷銅は平岩にお金を渡し、返済先を自身に変えようとしている。財布を取り出して飯吹と平岩のどちらにも声を向けていた。


「いやいや、お金の貸し借りで行ったり来たりするのは良くないよ!せっかくライちゃんが銀行のカードを持って来てくれたんだし。今日は平岩さん、最後まで”付き合って”くれるらしいからね!……じゃあ、駅の近くに銀行の支店があるので今すぐにでも行きましょう。」「はい「……」」

お金の事には少しうるさい”金子ちゃん”である。お金のやり取りではドコからどこまでが良いかの線引きが独特だった。


「……あの、ズボンを……」

……ちなみに、平岩は未だにまだズボンを返して貰っていない。

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