#254~力の今後~
『サァーーーー『……ダッ、ダッ、ダッ『ガチッ、ガチャン、ガーーーッッ』「っ……」ダッン、ダッ……
雨が降る金山邸の門を力づくで開けた秋穂は門に振り回されつつも危なげなく門を制動させて走りだす。
金山邸の門は重く、基本的には建物の中に居る者の操作によりモーターで開け閉めするが、力自慢・面倒くさがり・急いでいる時であれば手動で開け閉め出来ない事はない。
秋穂はこの場合で言うと一分一秒でも惜しくて急いでいた。今は雨がシトシトと降っているが、濡れるのも厭わない様子だ。
尚、右手に傘・腕に鞄の持ち手を置いていて、全ての動作を開いた左手一本ですませている。
……ダッ、ッ……』
門をそのままに、石の足場を素早い大股の三歩で通過する。
『ガチャン……』『グワァ!』「春香っ!……」『カサッ……』『ギュ、ギュ……』ーーーーァッ……』
大股の道すがらにスーツのポケットから鍵を取り出し、それを鍵穴に差し込んで回すと空気が巻き上げる勢いで扉を開けた。
妹の名前を叫びながら、傘の持ち手を胴体に当てて”下ろくろ”を引っ張って傘を仕舞いつつ、靴を脱ぎながらで足を進めていた。
”下ろくろ”とは傘を仕舞う際に引っ張る部分だ。
金山邸は防音処理もパッチリな造りで玄関に足を踏み入れた途端に雨音が遠ざかっていく。
「……ただいま帰りましたっ!春香っ!……」
「お帰りなさいませ、秋穂お嬢様、春香お嬢様はリビングに。お荷物と上着を預からせて頂きます。」「……っ、ありがとう風間さん。」
見ると玄関では凪乃が右の廊下から丁度来た所で、秋穂の傘と鞄・スーツのジャケットを預かろうとしている。
『バサッ』「いえ、お預かり致します。」『ガサッ……』
秋穂は早業でスーツのジャケットを脱ぎ、それで荷物を包むと凪乃にひと塊として渡す。
続けて靴を玄関に置いて足を前へ伸ばした。
応接間を通り、リビングに向かう様子だ。
『ガチャン!』「春香っ!」
応接間の扉を開けてリビングに駆け込んだ秋穂は
秋穂の母である四期奥様とその夫で父の賢人市長、使用人である風間景・その妻で同じ使用人の風間千恵
そして、テーブルには秋穂が再三に渡って名前を呼ぶ妹の金山春香
を視界に収めている。
「秋穂お姉さま、ご心配をおかけしました。ですが、そんなに名前を呼ばれるのであればは……っ……」
春香がテーブルの椅子から立ち上がり、何か言おうとしていた矢先に秋穂は春香へ近寄って抱き上げる。
「……もうっ……」
恐らく春香は”春香ではなく、それを意中の殿方にでも向けて下さい”等と言おうとしていたのだが、もしそれを今秋穂に言えば姉妹喧嘩が勃発していたに違いない。
春香は久しぶりに集まった面子を前に、そんな愚行は控える事にした様子だった。
春香の座っていたテーブル向かいには見覚えのない手帳と鞄が置かれている。だが、そんな事は無視して秋穂は妹を抱きしめていた。
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「え、ええ、パソコンは古い型の物だった様で……」「んん……」
場所は清虹市の中心・清虹地域で一、二を争う高さの建物である清虹署、そこの応接室だ。
その応接室には窓が一面に広がり、清虹署の東側が一望できる造りになっている。
応接室にはソファとテーブルが置かれ、テーブルの上にはお茶と簡単なお茶菓子が置かれていた。
その応接室にはある程度歳の男性刑事と、持て成されている平岩、そして飯吹の三人だけがいる。
男性刑事は平岩とは初対面の者だが、特に紹介等はされておらず、互いに名乗ってすらいない。
いや、平岩は清虹市では周知の存在なので、ただ男性刑事が名乗っていないだけだ。
男性刑事は平岩の言葉を聞いてうなり声をあげている。
「……な、何かありましたか?」
「……いえ、実は……土旗商店街近くの地下インフラ通路?……ですが……そこに署の若いモンを向かわせたんですけど、その扉?が……お話の所に無いんですよ。」「なっ!……」
平岩は刑事の言葉を聞いて絶句している。
「あっ、いえいえ、疑ってる訳じゃないんです……雷銅巡査部長からも聞いていますし、そこから”物”も上がってきてるのでね。……それに、まさか平岩さんが嘘をついているなんて思いませんよ。」
男性刑事は平岩の言葉を先回りして”疑っている訳ではない”と言う趣旨の説明をしている。
「……あっ、いえ失礼しました。ありがとうございます。」
平岩は大げさに反応してしまった態度を詫びて信頼してくれている事について礼を述べた。
「んん……飯吹さん、”コンクリート”って法力で作れるモノなんですか?”その”お話の所はコンクリ一面で……もし”そう言う事”なら壁を壊してでも調査してみようかと思いますが……場所が場所なだけにね……」
刑事はもう一人の人物、飯吹に話しを振る。
「え?あぁうん……コンクリートは確か……うーん……」
平岩・飯吹・男性刑事は皆背広姿だが、飯吹は刑事とは違う方・平岩の隣に座っていて、お茶に手を伸ばしながら”うんうん”唸っていた。
「……いや、ごめんなさいだけど、”そっち系”に詳しいライちゃんに聞いてもらえると確実だから……」
だが、飯吹は土系統法力を扱えない。話しにでた”ライちゃん”改め、雷銅巡査部長は土系統法力も扱えるエキスパートだ。”土系法力”については彼女に聞いて欲しいらしい。
「……あっ、すみません、土系法力なら”コンクリート”も扱えます。スグに固形化して数分で壁を作る事も出来るハズです。……ただ、結構難しい”種類”だったハズです……」
そこへ、平岩の言葉が割り込み、”法力”で隠ぺいされたのではないかと主張した。
彼は残念ながら法力では”落ちこぼれ”の評価を受けている。
清敬高校で”法育”の授業を受けるも、ついには法力を発現出来ず、法力免許を取得しないままにこの歳まで至っている。
だが、座学では精力的に勉強に取り組んでいて、”法力”については”落ちこぼれ”の割には人一倍の知識があった。
もし彼が法力を扱う事が出来る様になり、実技試験をクリアーすれば、法力免許をすぐに取得できる状態であろう。
尚、この男性刑事はここ清虹市出身の者ではないらしく、”法育”の授業も受けた事がない様子である。
「そうですか……あ、ともかくはありがとうございました。ではこれで調書の作成も出来るハズですし、この件に関してもう御足労していただく事もありません。平岩さん、捜査のご協力、ありがとうございました。お帰りはどうされますか?……平岩さんですし……良ければ普通車で指定の場所までお送りしますよ。」
刑事は平岩にお礼を述べる。
春香の誘拐事件から土旗・または火狩地域の地下インフラにおける公共施設の破壊および違法な施設の建造がされていた件について、平岩に善意の証言をして貰っていたのだ。
本来は雷銅巡査部長にも出席してもらうハズだったが、彼女は誘拐されていた女子児童の護衛業務が課せられている。
法力警察の代表……とはもう言えないが、その方面の者として飯吹が呼び出されている次第だ。
また、平岩は清虹市市長秘書としてメディアにも顔を出している有名人でもある。
そんな人をパトカーに乗せる事は躊躇われる。そんな配慮をこの刑事はしていた。
「ありがとうございます。……あっ、、では……そろそろお昼なので……車は必要ありません。近くでお昼ご飯を取る事にします。」
平岩はそんな刑事の好意にお礼を述べるが、時間が時間な事もあって車で送ってもらう事を丁重に断っている。
『あーお時間を取らせてしまってすみません。では出前でも取りますか?……』『いえいえ。お気遣いどうも……』と言うやり取りをしてから、平岩は特別に清虹署の裏口から表に出る。
『ガチャン』『サァーーーー……
別にやましい事はしていないのだが、世間はそう思ってくれるかどうかは分からない。
平岩は何気なく腕時計に視線をやってから、これからの予定を頭の中から引っ張り出す。
今日は一日空けて貰っている。
ここ最近は休みなく市長秘書の仕事で働いていたのだが、今日これからの半日と言う時間では仕事をするにも何をするにも中途半端だった。
『”事務所”にでも顔を出すか?……』と予定が無いなりに仕事方面の予定を仮組していた所で平岩は前を向く。
彼の腕時計とは反対の手には傘があり、それは金山邸から借りている物だ。
『ガッ!』「なっ!……」
だが、平岩の仮組していた予定は戦艦大和にぶつかって壊されるか如くに霧散する。
「お昼ご飯に良い場所があるんですっ!ただ現金払い限定の店なんですけど、あのっ、お金を貸してくれませんか?後でその分を奢るので!」「……はっ、はぁ……」
平岩に手を向けているのは彼と同じく、清虹署の裏口から出てきていた人物・飯吹金子だった。
手には雷銅が金山邸から借りてきていた傘をちゃっかり預かって来ている。
彼女はこうして今日、無職となった。
清虹市は依然として雨が降る梅雨の時期である。




