#234~やつはからむの力~
#232~力のやつは~
#233~力はからむ~
のBパート的なお話です。
時間的には同じ頃ですが、後半は#233~力はからむ~のすぐ後になります。
「あむ、あむ、むぐむぐ……、はむ、はむはむ、むぐむぐ……」
男性は皿にあった中華まんの最後の一つを口の中へ入れる。
その最後の一つが男性の口へ消えるのを見届けた春香は口を開く。
「……ねぇ、貴方って何者なの?思い出した?」
「……ん?」
春香は今一度、男性に何者かを聞いた。先ほど知識達が来る前にした質問を繰り返している。
「……」
知識は特に春香を止める様な事はせず、やり取りを見ているだけだ。
ちなみにブロンド髪の女性は筋トレを始めた頃に何処かへと消えてしまい、今この空間でその姿を見る事はない。
男性は仮面ジャージ姿の知識とブロンド髪女性を見るや否や、誰なのか確認する前にすぐさま殴ろうとしていた。
もしかしたら、何かを思い出せば知識と対峙してくれて、その隙に彼の持つ端末を奪い、ココから逃げ出せるかもしれない。
知識が油断し、筋トレで疲れている今ならば、春香が逃げ出せるスキがあるだろう。
春香はにくしみを隠し、男性を仮面ジャージと仲違いさせようとしている。決して服に付いたシミを隠している訳ではない。
「もしかして俺の事か?”思い出した?”だと?……ん?……そう言われてみれば俺の名前は……」
しかし、男性は椅子に身体を預けて手に付いた中華まんの皮を舐めながら言葉を迷わせる。
その言葉から察するに、仮面ジャージ達が来るまでのやり取りすらも忘れてしまっている様だ。
「……俺は本郷郷史だ。……しかし、何故忘れていたんだ?……それに何かしなければならない事があった様な……」
この空間に唯一ある、春香が用意させた椅子に座る男性・改め本郷は言葉に詰まる様なしぐさをしている。
決して中華まんの皮が喉に詰まっている訳ではない。
「……まてっ、もう少しで思い出せそうだ……」
本郷は春香への言葉を一旦断り、額に指を立てて考える仕草を見せる。
「……そう、しっかり思い出してね。……それよりもねえ?……人が増えたんだから椅子を増やしてよ。言わなくてもそれぐらいは分かるでしょ?」
春香は考え込む本郷を一旦放置し、カーペットに腰を下ろしている知識に向けて声を飛ばす。
春香はにくしみを隠さずに知識に絡んでいるが、もしかしたらお気に入りの椅子を本郷に取られた事もその原因に挙げられるのかもしれない。
「……ふん、もう少し可愛げのある態度をとって欲しいモノだな……自分の立場を分かっているのか甚だ疑問だ。」
知識は春香の態度に言葉だけは反抗しつつ、ジャージのポケットから端末を取り出して操作を始める。
春香は二人への態度を変えている。
本郷にはある程度普通に接し、知識に対しては攻撃的に接していた。
不思議な事に知識はそれらを口では反抗するも、特に問題ない事だと思っているのか春香の態度をそこまで邪険にはしていない。
「ふん!」
春香は本郷の思惑を多少は理解出来ているらしい。
彼は春香に対してそこまで高圧的な態度を取らないが、知識に対しては幾分か命令する様な高圧的な態度を見せている。
そして知識は本郷の前で大きな態度は取らず、ある程度は従順だ。
『ブッ……』「ん?……」
程なくして、またもテーブルが下がり始める。
『……ヒューン、カチッ、ガタン……』「……これは……」
上から降りて来たテーブルには木目調の四角い何かが置かれており、テーブルが倒れる事でその何か、いや椅子はテーブルの前に足を付ける形で置かれた。
『……カチャン』「……椅子?」
倒れたテーブルはまた立ち上がり、『ブッ……』っとテーブルが下がると次の瞬間には、また上からタブレット端末が置かれたテーブルと地面が『……ヒューン、カチッ』と音を立てずに設置される。
「私はコレに座れっていうの?」
知識が用意したのだろう木の椅子が一つ現れた。
春香の用意させた椅子とは違って座り心地は固く、長時間座るとお尻が痛くなりそうなモノだ。
春香はにくしみを持って知識を凝視する。
自身の腕を組むようにして掴んでいるその姿は、確かににくしみを持っていたのかもしれない……
「……そうだ。少し思い出した。……確か、清田が俺を見て”祟りじゃん?”と言って隊員をけしかけて来たんだ……しかしなぜ”祟り”等と……」
本郷はミステリーの答えを知っても訳が分からない様子だ。
「……くっ、何をしようとしていたのか思い出せん……まぁ、大事な事ならばいずれ思い出すだろう……」
本郷は忘れた事を投げ出して椅子から腰を上げる。
「……それよりも今は風呂だ。疲労回復に努める。何処にある?「はい。そこの……」?そこはトイレだろう?まさかそこの水でなどと……」
本郷は思い出すのに一区切りつけるが、疲労回復は思い出した様にしてお風呂を求めた。
知識はすかさず立ち上がり、風呂場を案内し始める。
”湯舟に浸かるお風呂”と”シャワーを浴びる”はどちらも身体を清める行為として一緒くたにされやすいが、お風呂に浸かる方は疲労回復の趣きが強い。
お風呂に浸かると・温熱効果や・水圧効果、・浮力効果と言われる主に三つの効果が作用して、より回復すると言われている。
・温熱効果は暖かいお湯で身体が温まると血管が広がり、血流が多くなるモノだ。
血液はゴミがたまったりして血流が鈍くなると内臓の機能が低下してしまうが、血管の中にあるゴミは血で流す事で解消出来る。
また、自律神経と言う身体を活性化させたり休ませたりする神経がこの効果によって安定するとも言われている。
・水圧効果はお風呂のお湯による水圧で身体全身に圧がかかり、足等に溜まった血液が押し出され、心臓の動きを活発にし、血液をより多く循環させる働きがある。上の温熱効果で広がった血管状態で、特に効果を期待出来るだろう。
また、水圧で横隔膜に圧が掛かると肺の容量が一時的に小さくなる事で、呼吸を浅く多くし、より多くの酸素を取り込めると言える。血管の拡大、血液の流れ、酸素増量でそれぞれの効果をより良くするモノとなっている。
・浮力効果とはお湯に浸かる事で人間の身体は浮く様に出来ている。
体重は約9分の1ほどになるそうだ。体重50kgの人ならば大体で6kgほどになる。身体を支える筋力は緩み、脳も筋肉が緩む事で緊張がやわらぐので、心も安らぐ可能性を見込める。
つまり、お風呂の湯船に浸かるのは体力回復に適しているのだ。
本郷は目覚めて知識達が来た後、すぐに用意されて着た黒いジャージを脱ぎ捨てながら、トイレの奥にある風呂場へと向かっていく。
『ガチャン!』「……デカい湯舟だな!二、三人は入れそうなモノをよくこんな所に用意したものだ!……」「……」
本郷はくしくも春香が思った事をそのまま口に出していた。
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「……誰に貰ったの?」
どうも飯吹は凪乃にシャツの出所を聞き出したいらしく、凪乃の嫌な顔を承知でしつこく聞いている。
「……そ、そこの、女の子に」「えっ?厘ちゃんの!?」「なっ!?ん゛っ゛、どうやらその厘ちゃんの服らしいです……これはまだ一度も袖を通してない新品の様でしたが……」
凪乃は飯吹へ当てつける様にして服の出所を言う。”貴女には着れないでしょうけど!”と言う様な、自虐の様で正確には”貴女の体形的に無理でしょうけど!!”と言う言葉だ。
なぜか咳払いした後で言葉を発している。
「良いなぁ……厘ちゃんの服……あれ?……でも厘ちゃんの服にしては大きい様な……」
「……なっ!」
凪乃は弾かれた様にして飯吹を見つめている。
村の話ではなくて市の話です。このお話は!




