#233~力はからむ~
「……え?オカアサン?……」
飯吹は凪乃の言葉を理解できず、口から言葉を零す。
目の前の後ろで髪をアップにした女性は身体が小さいのだが、エプロンドレスを着ていて下はスカート姿をさらしている。
そのスカートは本来の長さよりも大分短く詰められており、身長の低い彼女でも太ももが見えるほどの攻めたスカートだ。
一見するとミニスカのゴシックロリータ調ドレスに見えなくもないが、装飾はされておらず、動きやすい衣装となっている。
凪乃は自身の母の態度を見咎めると口を開く。
「こちらの雨田澄玲さんは法力医師の方で、私が倒れていた所を助けて頂いた恩人です。それにこの男の子は春香お嬢様の”ご学友”である雨田勝也君で、そちらの雨田厘ちゃんは春香お嬢様が唯一”お姉さま”と呼ぶのを許されている、素晴らしい女の子です。そんな態度を取るのは春香お嬢様が許しません!」
勝也の説明”だけ”はソコソコに、春香を盾にしてそんな態度を取ってはいけない人物達だと説明する。
「……ああ、分かった分かった。そう絡むな。私は顔を知らなかったんだからそう怒んないで。……えーと、御免なさい。……凪乃をココまで送ってくださって、どうもありがとうございます。……もしかして”倒れていた”ってついさっきかい?……遅いからどうしたのかと思っていたら、まさか倒れてたとは……はぁ……いや、本当にありがとうございます。こんな子でも私の娘ですから、後日改めてお礼させて頂きます。……私は四期様に雇われている風間千恵です。凪乃の母をしております。どうも初めまして……」
千恵は凪乃を邪険にしながら状況を理解すると、澄玲にお礼を述べて、自己紹介を一息に済ませた。
恐らくは、風台からココまで時間が掛かると言うのに徒歩でここまで来た凪乃を良く思っていないのかもしれない。
千恵の自己紹介は飯吹にも向けられていて、彼女達はまだ会って間もない事をうかがい知る事ができる。
凪乃の身の上はとうに打ち明けられている雨田母子だが、千恵と会ったのはこれが初めてだった。
勝也と春香が出会う前に風間夫婦は遠くの地で別の仕事をしていると聞いていたが、春香誘拐の報を受けて駆け付けて来たらしい。
千恵は見た目と口調が合っていて、気安く、幼い印象を持つが、憎めない感がある。だが年齢相応に筋を通す分別さを持ち合わせてもいる様子だ。
「……で?勝也君、さっき君が言った”春香の居る場所”ってドコ?」
千恵は勝也に聞き直している。勝也は口を開ける。
「……あの、この前行った所なんですけど『ムニッ』……えっ?」
勝也の口には”ある物”が押し当てられた。勝也は何をされたのか理解出来ずに口を止めてしまう。
「……どうやら冷やかしじゃなければ世迷言でもないみたいだし……それは四期様に直接言って貰います。四期様は今分水嶺の瀬戸際なんだ。悪いけど協力して貰うよ。」
千恵はよく分からない表情のまま、勝也の口を塞いだ”ある物”・自身の指を横に振るう。
千恵は勝也達に背中を見せる様にして反転すると、『ガチャ』っと正面の扉を開けて、中へ入っていく。
「四期さまー、凪乃が帰りましたよー……」
部屋の中へ”凪乃”が帰って来た事を大声で報告していた。
「千恵さん、凪乃さんは……」
扉の向こうには応接間があり、今金山邸にいる勝也達に対応した者以外の人物が一堂に会している様だ。
年齢が低い順で挙げれば
・刑事の雷銅、・市長秘書の平岩、・・・市長の賢人に家主の四期奥様と法力警察の斉木、そして・腕を組んで目を瞑っている景の六人。
それに飯吹と千恵の二人を追加した計八人がこの応接間にいたのだろう。かなり手狭になっていたのが伺える。
「……データは?それをパソコンに差して……っ?雨田さん!?」
四期奥様は千恵の後ろに雨田母子が来ているのを知ると否や言葉を切り、驚く顔を見せる。
「勝也君が何か分かったそうだけど、話しを聞いてみましょう。……」
千恵は提案するように言葉を放つ。
「……勝也君。三者三葉で調べたい所が違って、どこから調べようか迷ってる所なんだよ。」
千恵が言う事を纏めると
・法力警察の斉木達は”ここ土旗地域と清虹市の東・水藻地域に仮面ジャージの関係者と見られる者がいるらしい。土旗と水藻の両方の捜査をしよう”と提案している。
・景のお友達が多数協力してくれたローラー作戦では、”ここ土旗地域と清虹市の西・風台地域でそれらしい集団や、不審な人物を見つける事は出来なかった。”残るは東の水藻と、南の火狩を探すべき。
・金山家が行った独自の捜査によると、”清虹市の南・火狩地域のとあるビル地下駐車場に仮面ジャージ集団が使っていた車が入って行った”探すのは火狩地域から。
つまり、清虹市の南・火狩地域へ捜査の目を向けるか、東・水藻地域を調べるベキか、のどちらかだ。
南の火狩地域を探そうにも、”肝心の場所は凪乃の持っているUSBメモリに細かく記されている”と言う事だそうで、一時の休憩を兼ねた作戦会議中らしい。
また、補足として警察の検問では”清虹半島から車で出て行った不審な者の確認は出来ていない”と言うのも挙げられる。
「火狩か、水藻って……」
勝也はそんな話を聞いて、自分の考えている事柄の自信を無くしてしまう。
「凪乃……遅かったな……」「……っ、すみません……」
勝也に注目が集まる中、応接間の一角では景と凪乃が言葉を交わす。
凪乃に成果を渡し、先にここ金山邸に向かわせたは良いが、徒歩とバイクで移動にかかる時間が違い、休憩してから出発したバイクの景が徒歩の凪乃よりも先についてしまっていた。
風間父娘は互いに見通しの甘さで顔を合わせづらいのかもしれない……
勝也はついに自分の考えを話し出す。
「……火狩でも、水藻でもなくて……”土旗商店街の地下”にいると思うんです。」
『え?』『何を……』「……」
大人達が口々に言う応接間の一角には清虹市の地図が置かれ、所々に×印が書かれていて、その×印が置かれた中には土旗商店街も含まれている。
「……どうしてそう思うの?」
澄玲は勝也に聞く。彼女は勝也が口から出まかせを言うハズはないと分かっているが、いつもの勝也らしくない。
「……ここら辺は”ゴルドラ”が作ったんですよね?この前、土旗商店街から帰ってくる時に商店街の近くで工事してる所があったんですけど、”ゴルドラ”の作った物は”壊そうと思って壊さない限り100年間は壊れない”って聞いたんで……それに道路工事してるのは”珍しい”なって……」
「……”ゴールドラッシュ”以外の業者もインフラ工事をしているから……工事自体はそこまで”珍しい”訳ではないけど……あそこ等辺は確か……」
四期奥様は勝也の言葉にそこまで共感出来ていない。清虹市の道路やその下に張り巡らされている水道管等は様々な業者が手掛けている。
勿論四期奥様の父である限無会長が社長を務めていた時の”ゴールドラッシュ”もその事業を手掛けているのだが……
清虹市はまだ出来てから100年経っていない。確かに”壊そうと思って壊す”事等はないであろう”ゴールドラッシュ”が手掛けた道を工事しているのはおかしい話なのかもしれない。
「……いや、道路とかはその”100年壊れない”は違うと思うけど……やっぱり邪魔しちゃ……」
澄玲は勝也の意見を真に受けず、否定する様に窘めている。
「……いえ?確かに土旗商店街の近くで道路工事しているのは”珍しい”です。私はこれまで一度も見た事がないです。私も”確認はするべき”だと思います。」
勝也の言葉を聞いた凪乃は即座に言葉をすりこませる。
恐らくはこの場で一、二を争う頻度で買い物で出かけている凪乃が勝也の意見に賛同した。
彼女は現状、ここ金山邸の家事全てを請け負っている。
勿論”買い出し”もだ。
金山家の者が買い出しを手伝う事はあるかもしれないが、凪乃は今の土旗地域で一番の情報通だろう。
「今確認しよう。私の名前を出せば工事の確認ぐらいはスグに出来る……」
現清虹市の市長である賢人は携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
恐らくは電話先は市役所で、工事には市の許可が必要な為にそこから話の裏を取るつもりらしい。
「……ねぇ?そのシャツ、ドコで買ったの?」
「……え?も、貰いました……」
「むぅ……」
そんな中、飯吹が凪乃の着ている服の出所を聞こうと絡む。
凪乃は今の服装を思い出し、赤面しながら答えていた。
そう、彼女の胸元には”暴れんガール!”の文字がきれいに印刷されている。




