#229~力は道半ばで~
”みちなかば”って”道半ば”って書くんですね……
”道中ば”って書くと思ってました……
「……」
景は建物の裏口近くで腰を下ろす。
雨で濡れている地面は土で出来ているので服が汚れてしまうのだが、それも気にならない程疲労しているらしい。
凪乃も景も上下つなぎの作業着を着ているので服としては雑に水で洗えるほど丈夫で問題は無いのだが、暗くなっている現状では汚れを確認する事もままならなかった。
「ちょっと、こんな所で「……ぐぅぅ……」えっ?!なっ?、ねっ、寝てる!?」
景は”惣菜お食事処”の建物を背に顔を下げて寝息を立て始めてしまった。
『ギィィ』「アンタ等これを……あ?」「あっ」
建物の扉が開く。凪乃は今の歳になって今更関係を知った美奈子叔母さんの顔がそこにはあった。二つの塊を片手で支えており、凪乃達へ何かを持ってきた様子だ。
「アンタ等バイクなんだろ?コレ……なっ……ちっ……」「すみません……」
二つの塊とは白と黒の二つのヘルメットだった。景の姿が見当たらず、ひとまずは凪乃にヘルメットを渡そうと近づいたのだが、動かない景を視界に収めるや否や舌打ち交じりに状況を理解する。凪乃は不甲斐ない景の代わりに謝罪した。
自分たちが帰るのに必要な物なのだが、見るまで失念していた抜け様だ。
「……仕方ない。オッサンが起きるまでこっちで預かっておくよ。裏でもこんな凶悪な面を寝かしといたら変な噂が立っちまう。」「……すみません……」
景は建物の中へ置いておいてくれるらしい。凪乃はさらに謝罪を重ねる。
「無理に起こしてほっぽって事故られても寝覚めが悪いし……凪乃、急いでんだろ?バイクの免許は?」
「……ないです。すみません……」「だろうね……」
凪乃はこれからどうやって帰るのか美奈子叔母さんは問い詰めている。
景の単車は大型二輪だ。凪乃は18歳なのでギリギリで免許を取得して乗れるバイクだが、凪乃は大型二輪の運転免許を持っていない。もっと言うと凪乃は車の免許を何も持っていない。
「……ならしょうがないからバイクもそこに置いてきな。このヘルメットも邪魔だろうから預かって……って、コレ千恵さんのかい……なんか懐かしいモンだと思ったら……」
美奈子叔母さんは白いヘルメットを見ながら『……仕方がない、か……』と零しながら建物に戻っていく。
「……急がないと……」
凪乃は手の中のUSBメモリに視線を落としながら歩き出す。
清虹市の住宅地は綺麗に四角く整地されていて、地図が無くても住所さえ分かっていれば迷うことなく歩ける造りになっている。
美奈子叔母さんは話が尻切れトンボの状態で行ってしまったが”この場を任せても良いのだろう”と凪乃は解釈し、”ここらの地理を精通していないので不安があるが、途中にはバスがあるだろうし、最悪駅に行けば帰れない事もない”等と思ってしまっていた。
「……」
凪乃はふらつきながらも足を速くしていった。
途中『ポツポツ……』と雨が降り出す。
どうやら先ほどまではつかの間な雨の合間だったらしい。こうまで暗いのは雨雲が空を隠しているからだった。
「……凪乃!アンタはこの金でタクシーでも呼んで……、、って、あれ?」「……ぐぅ……」
『……』
美奈子叔母さんが今度はヘルメットの代わりに現金片手で建物から出て来るも、そこには雨で作業着が濡れ始めつつも寝息をたて始めている景の姿しか見当たらない。
凪乃は今、財布を持っていない。
「っ!!……」
凪乃がそれを認識するのは歩き出してから15分後の事だ。
すでに頭と作業着は雨で濡れている。作業着は水を弾くのだが、頭から首を伝い、全身が濡れネズミ状態になってしまっている。
財布が無くとも、目的地にお金があるのならタクシーを拾い、家に着いてからお金を支払えば良いのだが、今の凪乃はそこまで考えが及んでいない。
また、時計を見ていないので凪乃は知る事はかなわないのだが、そろそろ夜が明けようとしている頃だった。
タクシーは駅であっても走っていないだろうし、電話でタクシーを呼ぶぐらいしか交通手段がない。いや、勿論歩いて帰れない事はないが、普通に歩いても3時間ぐらいは掛かる道のりになっている。
今の疲労困ぱいの凪乃の歩みでは金山邸までその倍程度以上はかかるだろう。
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勝也・厘・澄玲の親子を含む、集団登下校グループは人数を減らしながらも順調に進んでいた。
『ん?通路に不審人物を発見、脅威度は未知数として対処します。皆さん、止まってください。』
先頭を歩く法力警察官は手を挙げて、後ろを歩く面々に告げる。
「「「「え」」「「っ「「……」」」」」」
保護者も含めた面々は立ち止まり、それぞれが息を飲みながら前方に注目した。
「ん?……あっ!」
だが、澄玲はいち早く何かに気付き、言葉を漏らす。
「知り合いの娘なんです。ウチに来たのかも知れません……」
そう言って、列を抜かして件の”不審人物”へ歩み寄る。
『っ、待ちなさい!勝手な行動は許されません!下がりなさい!』
先頭の法力警察官は列を乱す人物として澄玲に大きな声を上げた。
「いいえ、下がるのはむしろ貴方の方です。私は医者です。人命救助とどちらが大事か上に確認でもしていてください!」
「あれ?」「いっ!?」「うっそ!」「えっ!」「おっおっ!」『っ……』
だが、澄玲は逆に法力警察官を一喝する。一喝された法力警察官は登下校グループの他の面子にも言われ、また、その一喝がもっともらしい事を踏まえて咄嗟に何も言えなかった。
あと少しで勝也達の家なのだが、その手前で歩道に見知った人物が横になっている。
それはこの集団登下校のグループに何度も顔を出している頼れるお姉さんの一人、風間凪乃だ。
普段彼女は黒のスーツ姿なのだが、今は茶色い作業着に身を包んでいる。法力警察官の味方をするのならば、確かに不審人物ではあるのかもしれない。
雨の中、傘もささずに地面で横になっている人を見つけたのなら、助ける為に駆け寄るか、遠巻きに様子を見るかするのだが、それが顔見知りなら助ける方が普通だろう。
「だ、大丈夫?どうしてこんな所に……」
そんな声を掛けて澄玲は凪乃の様々な部分を見ている。
凪乃は目を閉じて身を投げ出している状態なのだが、右手だけはガッチリと握りしめていた。
まるで何か大事な物を守っているみたいで、がっちり握りしめているらしく、手の中をあらためる事は出来ていない。
『どうしますか?救急車を呼びますか?』
先ほど澄玲を止めようとした法力警察官は、自身の顔に手を当てて逆に澄玲に協力していた。
「……い、いえ。見た感じは……そこまで救急性は無いと思います。私達の家がそこなので、ひとまずそこに『では私が運びましょう。』っ、あ、ありがとう。」
澄玲は法力警察官の態度が良く分かっていない様子だ。
凪乃を軽くお姫様抱っこで抱えると、法力警察官は特に何も言わずに歩き出す。
実はこれが凪乃にとって初めてのお姫様抱っこだったのだが……それを知る者は本人を含めて誰もいない。
明日は小袋怪獣行けの共同体の日ですね。
石が必要ですが……




