#227~力はあいつであついは力で~
寒いですねぇ……
雪もチラホラ降る地域もあるとかないとか。
「……ぁぁああアアアア!!!」『ギュウ!』
咆哮を上げた男性はその吠えた勢いで知識の足首を片手で持ち上げている。
「……っくっ、……き、王者……」『ポロッ……』
知識は一瞬で逆さづり状態になり、咄嗟に動けていない。手はむなしく宙をかき、仮面に覆われた口元からは男性のコードネームを詰まらせながら漏らす。
「っぅう……」
男性は危なげに腕を振るわせてそれを維持していた。
知識の足首の細さを見るに、細めの男性な事が伺える。
恐らくは50~60キログラムぐらいの重量だろう。
「……ぅぅう゛う゛ぅん!、、んん?」
男性は反対の手で自身の頭を抱えようとするが、途中で手を止めてしまう。
未だにコップの残骸が手の中にあり、それが頭を打ってしまったらしい。
「……な゛っ……『ゴン……』っく……」
ついに知識を片手で支える事が出来なくなったのか、幾分かゆっくり目に知識を黄色い液体がいくばくかこぼれた地面へ落とす。
男性の口からこぼれた液体の残滓の上へ否応なしで落とされた為、知識は受け身を取れず、仮面を地面へしたたかに打ち付けた。
「……貴様らは……その装備から見るに防人部隊の者だな?……ココはどこだ?……っく……状況を説明しろ。「えっ……」うん?……」
男性はそれまで春香と話していた時の言葉遣いや雰囲気と違い、しっかりとした口調で知識達に言葉を投げかけている。さらに春香の驚きを目ざとく注視するその眼光は、真っすぐに春香へとある意思を伝えている。
”何だお前は?”と言う、敵意に近いモノだ。
「……子供?……っく……」
男性は春香を気にしつつ、状況が分からないなりに自身の身体の状態へ気をまわし始める。
「……くそっ……っ…………仕方がない……」
自分の腹に負傷を見つけ、さっきまで知識を掴んでいた左手を腹に当てて右手を見ながら言葉を漏らしている。
「……ふんっ!……」「……えっ……」「「……」」
驚くべき事に、右手に握られているコップの残骸をお腹にあいた穴へ無理矢理押しはめてしまった。
『コンコン』「……ひとまずはこれで良いな……」
自身のお腹にはめ込んだコップを指ではじき、評価を下している。
「あっ……」
男性の腕は春香の腕程に細かったのが、いつの間にか華奢な男性の腕程には太くなっている。
普通では考えられない程の回復速度だ。
「……おい、いい加減に答えろ。……ココは何処だ?……この状況を説明しろ、それと貴様らの所属している班と名前もだ。」
男性は仮面ジャージの二人に状況を説明させたいらしい。
「……くっ、ココは貴方の創造した清虹半島の基地です。貴方は清田医師に殺され……隊も今は存在しません。我々は入隊前に身を隠し、機を見て貴方を復活させました。私のコードネームは知識……今こそ”防人部隊”の再興を。……全ては力のままに。」
倒れていた仮面ジャージの一人が跪いて恭しく答える。
「……そっちは?」
男性は続けて隣にも話を振った。
「……」
だが、隣の仮面ジャージは言葉を発しない。黒い仮面からはみ出して見えるブロンド髪は微動だにせず、動揺している様子も見られなかった。
「王者、彼女は協力者です。」
答えないブロンド髪女性の代わりに知識が言葉を刷り込せる。
「……名無しか……まぁいいだろう……」
男性は春香の方へ目を向けて言葉を続ける。
「……”防人部隊”の再興は勿論だが、その前にやる事がある。……この身体を動かすにもまだうまくなじめていない。……そこの子供にも協力して貰おう。……」
「……何を?」「……」
「えっ……」
春香は向けられたことのない視線を受けて縮こまってしまった。
知識はよく理解できておらず、ブロンド髪の女性は無言のままで静観している。
この成り行きだと、恐らく続く言葉は『……俺が蘇ったのを見られたからには生かしておけん。肩慣らしにこの”美少女”を甚振り、この身体で今何が出来るのか把握しておく。』等と言って、春香を実験台として痛め付けようとしているのかもしれない。
「……ちょ、ちょっと……」
春香は今更ながらに自分が誘拐されている事に恐怖し、ジリジリと後ずさっている。
春香へ向けて歩を進める男性は、自身の手を見ながらおもむろに口を開いた。
「……この身体は掴んだ者の肉体を借りる事が出来るらしい。」
「……なっ……」「なるほど、それで……」
まさかの告白に春香は怯えてしまう。
逆に知識は合点がいった様だ。
漫画やドラマ等でよくある、肉体の入れ替わり・精神の入れ替え等を、この男性は出来るのかもしれない。
確かにそれが出来るのなら、死んでしまう直前で意識を逃がし、精神や記憶だけを生き延びさせる事も出来るだろう。
つまり、目の前にいる男性は本郷郷史だが、肉体は本郷郷史ではないのかもしれない。
「……えっえっ……」
春香はついに目を潤ませて、ココから逃げ出したくなっていた。
これからの人生を目の前の男性として生きていくとなると、全てが狂ってしまう。
事情を話せばこの男性の体でも何とか生活はしていけるだろう。
……だが、目の前の男性になってしまうとなると、好きな……いや、気になる人と結婚は出来ず、 愛しの……いやいや、可愛い人と一緒になって遊べなくなってしまう。
「……」『ダッ……』
男性は無言で春香の前に立ち止まり、振り返って口を開く。
春香は足がすくんで動けなかった。
「知識、貴様の貧弱なこの身体では何も成すことは出来ない。筋肉がもっと必要だ!なぜなら筋肉は裏切らないからな!……体重を今の倍にする。繰り返しのパンプアップだ!防人部隊の者ならば貴様らも付き合え!」
口調はこれまでこの男性から聞いた事がない程あついモノだった。
確かに男性は知識の足首を掴んでいたので、今の彼の肉体は知識と同程度のモノとなっているらしい。
そう言えば春香はこの男性が目を覚ました時、ガッシリと腕を掴まれている。その後男性は春香程の手足になっていた。
こうして男性の指示で春香はカウント役として協力を頼まれ、知識とブロンド髪の女性は男性と共に筋力トレーニングに駆り出される。
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『ザッーーーーーーーーーーーーー……』
清瀬小学校は雨にもかかわらず、児童だけでなくその保護者や関係がそれほど無い大人も含めて多くの人が集まっている。
今は体育館から移動し、各教室で保護者も一緒になって担任が説明をしている最中だった。
「犯人達の動機は何なのですか!まさか政治的テロだなんて言いませんよね!?」
「……いえ、ですから犯行声明も無いですし、その可能性は……」
児童の保護者らしい人が担任の神田先生に詰め寄っている。熱い議論をすでに繰り返している様子だが、神田先生は保護者の満足いく回答が出来ていないらしい。
「金山さんは今日来てないですけど、お休みですか?……あの人らを標的にした事件で私達は巻き込まれただけだったら……」
「……いえっ、調査中ですから……今日は出席を取らないとしていますし、他にもお休みしている児童も……」
春香が連れ去れた事などお構いなしに騒いでいる保護者もいる様子だ。




