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力の使い方  作者: やす
三年の夏
223/474

#222~今の力~

#214~力の今~のBパート的お話です。

時間的には同じ様な頃です。

『ブー、ブー、ブー……』

テーブルの上にあるタブレット端末が震える。

もう何度この振動する音を聞いたのかは忘れたが、そろそろ晩御飯時だ。

春香は仮面ジャージ集団に用意させた椅子の上で一人たそがれている。


”たそがれる”とは漢字で”黄昏る”と書くが、漢字でも解る様に夕暮れ時の意味で”黄昏時”等と使われる。

黄昏(たそがれ)”は()(かれ)が濁った言葉であり、夕暮れで人の顔がよく見えずに”誰だお前は?”の意味を持つ”たそかれ”と声を掛け合った時間帯と言われている。

また、

それらの意味が転用して”盛りを過ぎて衰える”と言う意味もある。


今現状では全ての意味で春香は”黄昏れ”ていた。

・タブレット端末が表示する時間は夕暮れ頃だ。

・春香はこの一日を無為に過ごしまったと打ちひしがれている。

朝の目覚めた頃はあわよくば”仮面ジャージ集団の裏をかいてやる!”とやる気に満ちて行動するも、その気持ちは長続きせず、むしろその反動で今は疲れて呆けてしまっていた。

原因は率直に言ってこの空間の出口を見つける事が出来ず、気負い過ぎて何をやるにしても気持ちが空回りしていたからだ。

トイレとお風呂場の間ぐらいにしかこの空間にはドアがなく。それも結局は風呂場の水が飛ばない様にする仕切りなだけで”出口”ではない。

他に鍵で閉じられたドアや、天井や地面に穴が開いている所等も見つけていない。

この空間に物を運んだり回収しているのだから、ドコからか外に行けるのは間違いない。

・仮面ジャージ集団の素性や、白ベッドに寝かされている男性は本当に”本郷郷史”なのだろうか?やっている事の意味が解らず、彼らの何を信用すればいいのか分かっていない。誰そ彼……


「……いぃ……」

弛緩した体を伸ばす春香の前にはテーブルに置かれている。テーブルに乗せられたタブレット端末には『夕食摂取時間』とある。

いつもの画面で特筆する物ではない。

「……」

彼女は立ち上がり、白ベッドの空間へ向けて歩き始める。

「……」

何度もやっている事だが、春香は顔だけを壁から突き出して白ベッドの空間を観察する。

白ベッドはそのままで、皮と骨だけしかないベッドに寝かされている男性はこちらに目を向けていた。

ベッド奥の壁際にはテーブルが置かれている。その上にはこの男性の夕食であるお椀とスプーン。

白ベッドの本郷郷史らしい男性にいつも食べさせている茶色いクリームがお椀に入っているのだろう。

春香は毎回食事の献立が変わるのだが、彼は毎食このクリームのみで固定メニューになっている。

茶色いクリームは甘いのだが、春香にはおいしいとは思えない甘味でとても食べたいとは思えない一品だ。


「……」

本郷郷史らしい男性は呻いたり、表情を変えたり、枕の上の顔をこちらに向けたりと、その都度若干動いてはいるのだが、一向に目を覚まさない。

「……」

春香は白ベッドの空間に足を踏み入れる。

もう何度も顔を見ているが春香はこの男性に苦手意識を持っている。

出来るだけ足早に白ベッドを迂回してテーブルを目指すのだが……


「……ん?……」

だがそこで春香は違和感を覚えて立ち止まる。

何かが違う!と思ったのだ。

「……んん?……」

しかし、自分の顔には眼鏡はあるし、他に何かを忘れたりする程自分に持ち物はない。

一通り自分に変わった所が無いのを確認すると、今度は周りで変わった所を探し出す。


「……」

白ベッドの場所は特に変わらないし、テーブルも動いた感じはしない。お椀もスプーンもいつもと同じ物だ。

他に変わると言えば……

「……まぁ!!!!……」

春香は大声をだして狼狽える。いつもと違うのは、白ベッドで横になっている男性の瞼が開いている事だった。

骨と皮で頭蓋骨と同じシルエットの顔は枕で立てられていて春香に目を向けている。

「……ぇえ!?……っ……っ……」

目には無機質な色があり、春香が動いてもそれを目で追って視線を逸らせない。

「……ぁあぁ……ぇえぇ……」

大声を出すも男性は動かない。春香は取り乱して二の足を踏めていない。


「……っ!」

春香は逡巡するも、すぐに走りだして隣の空間へ戻る。

『ガタッ……』「……えぇっと」

タブレット端末を乱暴に掴み、連絡→知識(ノウレッジ)と危なげに画面を『ピッ、ピッ』っとタッチして操作する。

『ピロン!……ツー、ツゥー、ブルルルルルゥ、ブルルルルルゥ、……』「はやくはやく……」

春香は急いでいた。『……ブッ』っと最後に端末が震えると”Sound only”の文字が画面に表示される。

『な「……っちょ、ちょっと!目が覚めたみたいなんだけど!」馬鹿なっ……この画面をベッドに向けろっ!』

知識(ノウレッジ)との音声通話が繋がると春香は矢継ぎ早で叫んだ。一瞬の間をおいて知識(ノウレッジ)は春香に指示を返す。

「っ!……」

春香は忙しなく白ベッドの空間へ走った。

「……っ、んっ!」

白ベッドの上にいる男性は尚も変わらずに目を開けていて、春香へ視線を送り続けている。

身体は動かないが、目を春香に向けて動いているし、気のせいなんかではない。

『ビンッ』『……っ…………くっ……”良い”と言うまで王者(キング)の顔がよく見える様にこの端末を顔へ近づけるんだ。』

タブレット端末のカメラが起動して知識(ノウレッジ)は春香へ、ベッドに近づく様に声をあげる。

「……」

春香はタブレット端末を前面に押し出し、白ベッドとの間を詰めた。

一歩、また一歩と近づく。

「……もう良いんじゃないの?早く私をお家に帰してよ!」

春香は叫ぶ。男性との距離は大分詰められ、手を伸ばせば顔を触れる程近い。

しかしタブレット端末はなかなか”良い”と言わなかった。


『……もう良いぞ。……あとはそのままの姿勢で様子を見ていろ。これ以上は近づくな。……すぐに我々もそちらに向かう……ガチャン……ガチャガチャ……』

タブレット端末から知識(ノウレッジ)の”良い”が出るが今度は逆に”近寄るな”と言われてしまう。それに続いて端末から遠くでドアが開閉する音が聞こえてくる。

「……”そのまま”って……まぁ、これで帰れるのなら……」

春香は白ベッドを覗き込む形でタブレットを両手に持ち、そんな小言を言った。

知識(ノウレッジ)の言葉に反抗心を一瞬だけ抱くも、あと少しで帰れるのかもしれないのだ。

「……」

多少気を緩めつつ、男性の顔を覗き込む。もうこの空間と男性にオサラバ出来ると思うと感慨深い。

「……」

「……」

「……」

「『バサッ』なっ!『ガシッ!』、うううう、うでッ!……っ……離してよ!」

白ベッドで横になっている男性は白いタオルケットの下で腕を動かしていて、上半身を近づける春香の近くで突然腕を上げて動かしたのだ、春香の腕をがっちり掴んで離さない。

男性の腕は骨と皮だけの病的に細い物だが……

「……」

「……痛いってば!」

どこにそんな力があるのか徐々に痛みを感じるほどに握力がある様だ。

男性は終始言葉を返すことなく動いている。

「……ぐっ、このぉ……」

ついに春香は男性の腕をつかみ、引き離そうと男性の腕を握る。

「……ぅっっぐぅぁぁ!」「えっ……」

『ググッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、バサッ……』

「……まだ何も……」

春香が男性の腕を掴んだ瞬間、男性は苦しみだして春香の腕を離すと、ベッドの上で七転八倒する。

白いタオルケットはベッドの片隅で丸くなり、ベッドの端から落ちてしまう。


「……」

春香はベッドから遠ざかって遠巻きに男性を注視していた。

「……ぁ……ぉ、……はぁはぁ……」

男性はひとしきり暴れると、口から何らかの音を漏らす。

「え?!……いま……」

春香は自分の目が信じられない物を見ている感覚だ。

男性の腕は先ほどの骨と皮だけな物から、僅かばかり肉が付き、顔も土気色の物から赤身がさした物になっていく。


「……なんだこの体はぁ!……ばぁばぁ、……ぐぞっ゛……のっ……さっ……」

男性の身体はまるで、干からびたミイラから生身の肉体へ逆再生する様にみるみる回復していく。

声は野太く、(だみ)声交じりで地声なのかもわからない物だった。

「……」

春香は声を出せず、かと言って逃げる事も出来ずにその場から視線を切って動けない。

「っ゛、お前は?……っ゛……」

男性は春香を見ると、今気づいた様な反応で言葉を呑み込んでしまう。

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