#221~枯れている力~
遅くなりました……
#218~力は枯れている~のBパート的なお話です。
しかし、時間的にはそれよりも先のお話です。
『ブー、ブー、ブー……
テーブルの上にあるタブレット端末が震える。
「……ぅんー……」
春香はタブレット端末とテーブルが奏でる音によって目を覚ます。
「……はぁ……っと……」
ピンク色のベッドから降りて隣りにあるすべての空間とつながっている中央の空間へ足を向ける。
……ブー……』
「…………」
テーブルの上に置かれたタブレット端末には『衛生時間』と表示され、『……ドドドドッ!ジャーー―……』と、トイレの方から水が湧き出る音が聞こえてくる。
だが、春香はそれらに構わずにタブレット端末のあるテーブルとは反対にある空間・白いベッドのある空間へと足早に移動した。
「っ……」
もう何度目か分からない流れだが、春香は白ベッドの空間を覗き込む様にして顔だけを壁から突き出す。
「……もう……」
白ベッドの向こうにあるテーブルには桶と手ぬぐいのセットが一つ置かれていた。
「……なんでこっちの部屋に置かないの?……」
先ほど震えていたタブレット端末があるテーブルを一目見てから愚痴をもらす。
桶と手ぬぐいが白ベッドの空間に置かれると、いちいち取りにいかなければならない。桶に水が汲めるのはトイレの奥にある風呂場だけだ。
面倒くさがりな春香がこれまでそう思わなかったのは誘拐された事がショックだったのかもしれない。
逆に言えば、この空間に春香は慣れてきつつもあると言えた。
『カッ……』「……」
春香は桶を掴む。一瞬だけ白ベッドに視線を向けて本郷郷史らしいモノを確認する。
彼は”脳死している”と言うが、実際は”寝ているだけじゃないのか?”と思う程反応をしていた。
声にならない様な声を口から発したり、顔を上げて表情を変えたり……と、ベッドの軋む音が何度かしているので、軽くだが動いたり重心移動なんかもしているだろう。
「……はぁ、本当に帰れるのかな?……」
これからどうなるのか全く見当が付いていない。喋り相手がいないこの空間では春香は独り言が多くなってきている。
この空間に放り込まれてから白ベッドに安置されている男性としか面と向かって会っていない。
タブレット端末で黒ジャージ土色仮面の知識と、紺ジャージ黒仮面のブロンド髪カタコト女性相手にビデオ電話で会話はしているが、”お喋り”とは言い難い。
春香の記憶にある彼らの話では”ベッドにいる本郷郷史(仮)は病気で、感染する為に仮面ジャージ集団は近寄れない”らしい。
始めはそんな話を信じていなかった春香だが”ここまで徹底して隔離……と言うよりも、姿を見せないのには何か理由があるのだろう”程度に思うしかない。
「……」
この桶や手ぬぐい・春香の食事やタブレット端末のネット通販で春香が買わせた物等はどうやってココに置いたり、取って行ったりしているだろう?と今になって疑問に思うのだが……
”……まぁ考えてもしょうがない”と何度目か分からない思考を繰り返えしていた。
「……」
春香は中央の空間に戻る、行先はトイレ……の奥にあるお風呂場だ。
「……ふぅ……」
途中、ピンク色のトイレカバーに目を引かれつつも、お風呂場の反対側に置かれている洗面台へ何気なく視線を向ける。
「……あぁ……まぁ飲めなくは無いか……」
洗面台には歯ブラシ・歯磨き粉・タオル・ドライヤー……と一通りの洗面台グッズが置かれている。
春香が特に見ているのは歯ブラシを中に入れて置かれているコップだ。
春香がこの空間に連れてこられてからの一番の悩み事、それは飲み物が無い事だ。
人は体重kgのおおよそで40倍のml程度の水分を一日の目安として補給しなければならないと言われている。
春香は小学三年生女子の平均体重として30kg程度、30を40倍して1200ml
つまり、今の春香なら1リットルの大きい紙パック一本と200ミリリットルの小さい紙パック一本分の水分を一日で飲まなければいけない感じになる。
意外と多く飲む様な印象を持つが、水分と言っても液体のみならず、食べ物に含まれている水分も加味するのできっちり目安分の水分を飲む必要はなかったりする。
春香はココに連れてこられてから水分をしっかりと取れていない。
「……」
トイレの空間に足を踏み入れて洗面台に行くとコップを取り、中の物を『ガチャ……』とコップが置かれていた場所に落とす。
反対の手には桶を持っているが、それはトイレの便座上に置いて、身体を洗面台に向けると『キュウッ』っと蛇口をひねってコップに水を注いだ。
「……」
気持ちとしては洗面台の蛇口から出てきた水を飲むのに若干の抵抗があるらしい春香だ。
何よりもトイレに併設された洗面台から出てきた水と言う事で、飲むのに躊躇しているらしい。
「もう駄目っ!」『うっうっうっ……』
ついに春香はこらえきれず、コップに口を付けて中の水を胃に流し込む。
「っぱぁー!生き返るぅーーー!」
久しぶりの飲み物に大げさな事を言ってコップを掲げた春香。
「うん、全然飲めるじゃん!……早く飲んでおけばよかったぁ!」
ついに念願の水分補給が出来た様だ。舌が潤い、今いる場所がトイレである事を忘れてしまったかの様な気持ちなのだろう。
『ふんふんふん……』
春香は鼻歌交じりで中断していた作業を開始する。
「……ん?……生き返る?……んん!?……そういえば……」
しかし春香はココで何か気になったのか気付いたかの様子を見せて動きを止める。
『ダッ……』『キュウ』『ゴボゴボ……』『キュウ!』『ダッダッダッ……』
何かを思いついて、いてもいってもいられない様子で走り出す春香。
コップに水を注いで、向かった先は白ベッドが鎮座する空間だ。
「これ……」
春香は並々注いだコップを両手に持って、自分のしようとしている事を躊躇する。
意識の無い者に水を飲ませるのは危険だ。
水が器官・つまり肺の方へ入ると誤嚥となり、窒息や肺炎状態になる可能性がある。
春香もそんな事は良く分からないなりに感覚としてやってはいけない事だと感じているのだが……
「……」
しかし、何かに突き動かされているかの様にして春香は”自分のこれからする事は凶行だ”と思いながらも危険な行為を断行する。
自分がコップでいつも口を付けるのとは逆側を白ベッドに横たわる男性の口にあてがい、コップを静かに向こう側へ傾けた。
『ドバッ、ジャバ!』とコップの中の水が白ベッドの枕元へこぼれる事も無く、『うっうっうっ……』っと男性に水を飲ませる事は成功する。
男性の舌の根は潤う。……そう木の根が水分を吸収する様に。
「飲ませちゃった……」「……」
春香は自分のした事だがそれが思ったよりもうまく出来た事を驚いた。
しかし男性はこれまた木の様にして返事を返さない。
「……まぁ、うん……そういう事もあるよね……」
春香は自分のした事だが、本来はやってはいけない事が出来てしまったと感じている。
「あ、桶、桶……」
今一度トイレに向かう。
喉の渇きを潤せて嬉しかった春香は白ベッドに眠る男性にも分けてあげたかったのかもしれない。
今日は小袋怪獣行けの共同体の日でしたね……




