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力の使い方  作者: やす
三年の夏
216/474

#215~力のあ!~

『ブルーーー……ン』

車がゆっくりと停止する。

「「「……」」」

その車に乗ってる者達は言葉を一言も話さず、互いに目を合わせることもない。


『ゥゥゥウブウウゥゥゥーーー……』

車はゆっくりと発進する。

「「「……」」」

車に乗っている者はやはり誰も喋らない。


『……ブウゥゥゥ……』

車は一定の速度で進む。

『次は清敬大学第一研究所まえー、第一研究所まえー、お降り方はー、あボタンでー、お知らせーくださいー……』

車内ではアナウンスが響く。特徴的なイントネーションだ。

「「「……」」」

その車・バスの乗客は五人ほど座れる最後部座席を三人で陣取る斉木達だけで、ほぼ貸し切り状態となっている。


「……トウさん、清敬高校のホームページにさっきの人が写真入りで紹介されています。」

「ん?高山さんか?……」

雷銅が自前のスマートフォンで黙々と情報収集していたらしく、それを斉木に見せる。

「……体育会系部活動の……コーチか……」

高山は清敬高校の部活動に顔を出して生徒に競技の指導をしているらしい。

「……ええ、それも格闘技系の柔道や空手、剣道だけではなく、陸上、サッカー、野球なんかの指導もしているらしいです。」

「……んー……まぁ、トレーニング方法を提案して競技に必要な身体作りなんかを指導しているのかもな。……あの人はやせていたが、それを感じさせない程動きにキレがあったみたいだし……」

斉木は”競技を教える”と言うよりも、筋肉の付け方や体重コントロール等で体形・体格改善の指導をしているのではないかと予想を付ける。

高校生の肉体は大人に近く、生活習慣や食生活・トレーニングで体形が変わりやすく、今後の記録や成績が改善される、大事な成長過程である。


「……いえ、どうやらそうでもないみたいです。ここに載ってる紹介文では……”各スポーツにおいて技術や戦術指南をしている”とあります。……それにあの人は5年くらい前から清敬高校の部活動コーチをしているみたいですが……4年ぐらい前から大会で優勝等の好成績を取る様になったらしい……です。」

雷銅が下にスクロールして見せているスマホ画面には、ここ10年の各部の成績が一覧になっている。

一覧を見ると4年前から”××部○○大会優勝”と言った文字が何個も置かれている。

「……すごいな……流石は”元防人部隊の人間”と言う所か……」

斉木は器用になんでもこなしているのであろう高山に賛辞を送った。

「「ふん!(ふぅん)……」」

その賛辞を聞く、隣とその奥に座る女性は同じ様な声を上げるが、感情はまるで真逆な物だった。


『……次はー、清敬高校まえー、高校まえー、お降りの方はー、あボタンを押してー、お知らせーくださいー』

バス運転手の独特なアナウンスが斉木達の目的地を告げる。

「んっ!?ここだな?」

「あっ、ボタン押します」『ピンポーン!!』

斉木が降車ボタンを押そうと動くが、飯吹が我先に降車ボタンを押す。

「次ー、とまりまーす。バス停に着いてからー席をー、お立ちくださいー」

バスの運転手は降車ボタンが押された事ですぐに反応した。


『ブルーーー……ン』『プシュ、プシュー』

バスは清敬高校の正門前に停車する。バス等の大型車はブレーキに空気を使っている。

なのでバスが停車した時や、減速した時等の、ブレーキが使われた後にタイヤ周りで空気が抜ける音が発生する。

『……ガシャ、ガタガタン』

『清敬高校前ー、落とし物ー、忘れ物にはー、ご注意くださいー』

『……ガヤガヤ……』

バスの運転手は斉木達に向けて言葉を送る。”清敬高校前”のバス停には清敬高校の生徒が列を作って待っていた。

運転手は先に斉木達に降りて貰いたいらしく、乗車扉を開けず、降車扉のみを開けている。



『タッタッ……トットッ……ガッガッ……』

斉木、雷銅、飯吹の順番でバスから降りる。

『ガッ』『バッ』『ガバッ』

外は相変わらずの雨模様でそれぞれ順番に金山家から借りた傘を広げる。

「……飯吹君、来客用の出入り口まで案内してくれ。」

斉木は清敬高校卒業生の飯吹に先を譲る様だ。

高校の来客用出入り口は基本的に正面の玄関か裏口にあり、もし裏口ならば清敬高校を良く知っている飯吹が先頭を歩くのが良いと思った様だ。


『ガシャ、ガタガタン』『土旗駅行きー、お乗りの方はー、後方までお進みーくださいー』

バスは乗車扉を開けて、部活動で遅くなった清敬高生を招き入れる。

『……ガヤガヤ……』

『……ガタガタン、ガシャン!』

『ブルーーー……』

バスは清敬高生を乗せるとすぐに扉を閉め、発進していった。



清敬高校の門前に残る三人。

『ジャリ……』

先頭で足を止めるのは約15年前までの三年間。ここに通っていた飯吹である。

「……」

彼女は清敬高校卒業からこれまで、清敬高校をじっくり見た事は無かったので感慨深いのかもしれない。


「……来客用出入り口?……」

いや、飯吹は”感慨深い”と言うよりも、”覚えていない”と言った方が正しいのかもしれない……

「……むっ、……ま、まぁ、生徒は来客用出入り口を使わないし……我々は連絡も無い飛び込みだったな……私が玄関で話しをしてこよう。」

斉木は門から見えるガラス張りの出入り口へ足を向ける。

「そういえば私たちがここに出動した事は一度も無かったですね……法力の凶悪犯も流石にココを襲おうとはしないんでしょうか?」

雷銅が続けて言葉をすりこませる。

「んー……そう言えば無かったね」

雷銅と飯吹は斉木の後ろをついて歩きだす。


「いや、……君たちに報告が上がる前に事件が終わっているんだ。……他の課が何度かココに出動しているよ。……もっとも、すべて解決後にココに着くようで、法力警察は事後処理だけしかしてないがね……」

「ふぅん……」

飯吹は斉木の言葉を流すようにして正面玄関の扉へ進む。

「あれ?亀様(かみさま)がこっち向いてる……?」

飯吹は校門と校舎の間の空間・別名『亀様(かみさま)の庭』の主、玄武の銅像を見て、自分の記憶とは違い、玄武の銅像がこちらを見ている様に思ってしまった。

『ガーァァッ、ガンッ』『バサッ』

斉木が正面玄関のガラス張り引き戸の扉を開ける。傘をしまいながらの片手でドアを動かしたために、少しあらあらしい物音を立ててしまっている。

『ガッ』『パサッ』

「飯吹先輩、どうぞ。」

斉木に続く雷銅が玄関扉を押さえて飯吹が来るのを待つ。

「あ!ありがとう。」『バサッ』

飯吹はそんな雷銅に感謝の言葉を出すと傘をしまい、足早に玄関扉をくぐる。


『『ポタ、ポタ、ポタ……』』

飯吹と斉木の傘には雨が大分纏っていて、雨の雫を垂らしている。

『……』「……」

しかし、雷銅の手にある傘は雫を垂らしていない。

飯吹は雷銅の手にある傘をまじまじと見つめて固まっていた。

「ん?飯吹先輩?どうしましたか?」


「ライちゃん、”それ”……私と同じ傘だよね?」

飯吹は雷銅と自分の傘が同じ金山家から借りた傘なのを確認する。

「え?……多分……同じだと思いますけど……」

雷銅は言われた事が分からない様で、当たり前の様に言葉を返す。

「うぅん……あ、傘はココね、」『カッ!』

飯吹は傘を玄関扉の奥にある大きな傘立てに刺して、斉木と雷銅へ同じ様にする事を促した。

「ああ、頼む…………せん……お話を……」「あー、はい」

斉木は受付の人と話しながら、黒い傘を飯吹に託し、受付に詰めている守衛らしき人に要件を述べている。

『カッ!』『トッ』

来客用傘立てには白、黒、白の順で傘が三個だけ置かれている。

左側の白い傘と黒い傘は雨水を纏っている為に小さな水たまりが傘立ての底に出来ているが、右の白い傘には水滴が一つも無い。

「なんか……ライちゃんの傘「案内してくれる学年主任の先生が来るそうだ。”そこ”は大丈夫かね?」そこ?」

飯吹の声は斉木の声に阻まれる。

正面玄関は入って左側に生徒の下駄箱が少しだけあり、右側にスリッパや来客用窓口・トイレが置かれている。

斉木は暗に”トイレは大丈夫か?”と声を掛けてくれたらしい。

「……ではお借りします……」

雷銅は重ねておかれているスリッパの一組を借りて、そそくさと行ってしまった。

「……飯吹君?」

斉木は固まって反応しない飯吹に再度声を掛ける。

「ぁ……じゃあ私も……」『……パタパタパタパタ……』

飯吹も雷銅と同じ様にしてスリッパを履くとトイレに向かった。


「ん……」

斉木は一人、清敬高校の玄関で待つ。

「ふぅ……」

斉木は一人、春香の身を特に案じている。それは自分の子供の事の様に。


誘拐事件は犯人からの電話を使った要求や、身代金等の受け取り・振込等の場面で必ずと言っていい程犯人のしっぽを捕まえられる。

電話回線のデジタル化で逆探知は数秒で出来たり、例え公衆電話等からの電話であっても数分で容疑者を確保できる。

お金に関しても現金ならばGPSを犯人に気づかれる事無く忍び込ませておけたり、銀行も捜査権限を使えば外国の銀行であってもお金の動きを辿る事ができる。

だが今回の犯人はそもそも何をしたいのか、何者なのか、どこに居るのか、全くの情報が無い案件だ。

誘拐事件は被害者が行方不明になってから24時間以内に解決すれば70パーセントの確率で生きて帰ってこれて、48時間以内ならば50パーセント、72時間以内なら30パーセントと、海外では言われている。

では日本だとどうなるかと言えば、そもそも日本は誘拐事件が少なく、割合で見れるほど件数が多くない。

だからこそ斉木は急いでいたのだが、捜査は暗礁に乗り上げている。

海外基準で言えば、すでに生存確率50パーセントを下回っている。

「ふぅ……」

最悪の事態が脳裏によぎる斉木はらしくも無く、涙を堪える様にして目を瞑っていた。


「えーと……こんにちは。……”お客さん”ですよね?」

「はい。こんにちは。」

斉木は突然ワイシャツ姿の男性に声を掛けられる。

窓口の守衛さんが言っていた話によると、学年主任らしい。

見た目の年齢で言えば、四・五十台頃の張り艶がある中肉中背の男性だ。

白髪交じりの頭だが、その白髪も一つのアクセントとして見られるほど様になっている。

「えーと……なんか警察の方って聞きましたけど……何かありましたか?」

そのワイシャツ男性は斉木が”警察”と言う事を連絡されてここに来たらしく、それ相応の教師として対応してくれているらしい。

勿論だが斉木は受付の守衛に警察手帳を見せているので何らおかしい事ではない。


「いえ、突然押しかけて申し訳ありません。……実はとある捜査の一環として”防人部隊”について調べていまして……こちらの校長先生にお話を聞かせて貰おうと思って来ています。事前に連絡もせずに、重ねて申し訳ありません。」「いえいえ、こちらも話しを聞かないうちから決めつけてすみません」

大人二人が互いに謝っているが、斉木達は事前に連絡をせずに清敬高校に来ているので、このやり取りはどちらかと言うと斉木達の落ち度だ。

高校の先生にしてみればたまった物ではない。

突然警官が訪れれば何も知らない大人は生徒の問題だと思うし、警官が捜査で来る事が世間に知られれば高校の信用問題に関わる。

斉木達に関わらず、刑事が私服や背広で捜査をするのはこういう配慮も考えての事だ。


「えーと……では校長室に案内するので、そちらで待っていてください。清田校長を呼んで参りますので。」

ワイシャツ男改め、学年主任の先生は斉木を校長室に案内しようと動き出す。

「すいません、ちょっと待って貰えますか。私の”連れ”がトイレを借りていまして……」

斉木は飯吹と雷銅がトイレに行っている事を告げた。

そもそも斉木がトイレを二人に勧めたのは守衛さんがトイレの場所を言って勧めてくれたからなのだが、いつもより早く先生が来てしまったらしい。


考えてみれば今は雨で分かりづらいがもう夕暮れ時で、部活動顧問の先生方であっても帰る準備をしていてもおかしくはない。

「えーと……あ、そこのトイレに?……分かりました。」

学年主任の先生も特段気にした様子はない。


「「……」」

斉木と学年主任の先生は少し気まずい空気を作りながら、無言で待つ。


「……つかぬ事をお聞きしますが……どういった事件ですか?」

先に無言の空気に耐えられなくなった学年主任。斉木へ単刀直入に事件を聞く。

ハッキリ言うと野次馬根性丸出しの言葉だが……

清敬高校の生徒へ注意喚起する為の情報取集を視野に入れた言葉の可能性もある。

「……むぅ……そう……ですね……いえ、すみませんが、捜査の事なので詳しい事は言えません……ですが……”防人部隊”の関係者を重要参考人として我々は今調べています。」

斉木は勿論ボカして言葉を躱す。しかし、特に関係はないであろう清敬高校の教師には後ろめたさも手伝って、軽くだが、今自分たちの調べている事を言った。


「えーと……そうですよね、……すみません……」

学年主任の先生は考えて聞いたと言うよりも、沈黙に耐えかねて聞いた節がある。

だが、彼は言葉を続けた。

「……いやぁ実は私、”防人部隊”の関連施設で育った身でして。えーと……清田先生にお客さんは珍しい物でつい。」


『ジャー』「え?……それで亀の銅像を相手に?」「そうなんだよー、私びっくりしてつい裏拳をかましちゃってつい……」

丁度そこへ飯吹と雷銅がトイレから現れる。


「えっ、あなたも”防人部隊倉庫番”で育ったのですか?……あっ”連れ”が」「えーと……よくご存じで……あっ」

「あー!」「あ?」


斉木と学年主任の先生がトイレの方を見て『あっ』っと声を上げるが、飯吹達も負けじと「あっ」っと声を上げる。

丁度男女で分かれて互いを『あっ』っと言い合っている。


「「……」」

その様相を見るのは受付に詰めている守衛のおじさんと、亀様(かみさま)の庭の主、玄武の銅像だけだった。

おそくなりました……

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