#206~力は止まる~
「はい。……では今すこしだけお手を貸していただけますか?……はい、お願いします。……」
『ピンポーン!』
金山邸に人が訪れた事を知らせるインターホンが鳴る。
「……ええ、……」
今それに対応できる家の者は四期奥様だけだ。
しかし彼女は今、携帯電話で通話をしている。
「あっ、私がっ!」『ガッ……』「……いえ、大丈夫です。」
ごわついた黒髪の私服女性が立ち上がるも、四期奥様は機先を制してそれを止める。
四期奥様がいるのはリビングだが、そのリビングにいるのは四期奥様だけではない。
『……ガチャ……』
四期奥様が退出して、リビングに残るのは客人である刑事達だけとなる。
歳の順で挙げれば
・私情を突き動かされて本当は駄目な事だが、休日を返上して捜査に協力している男性刑事、特捜課の斉木謄課長
・刑事部の誘拐事件等で交渉などを担当する女性刑事、特殊犯罪課の一ノ瀬麗警部
・一ノ瀬警部の補佐役として同行している女性刑事、信濃成美警部補
・刑事部の若手でありながら、その裏では法力警察官として暗躍している女性刑事、雷銅陽子巡査部長
四人は全員警官だが、刑事のアイデンティでもある背広の中に一人だけ私服姿の者がいて、良く分からない面々となっている。
刑事達は一ノ瀬警部と信濃警部補が中心となって動いている。
斉木課長は犯人のジャージ仮面集団を長年追っている者として時折助言を、雷銅巡査部長は誰でも出来る様な簡単な雑務を一手に引き受けている。
犯人であるジャージ仮面集団の動向を追う警官たちは他にもいるが、その警官達は”金山家の次女を攫った誘拐犯を追う”と言うよりも”清瀬小学校を襲ったテロ集団を追っている”と言えた。
先のインターホンに対応しようとしたのは雷銅巡査部長で、彼女はその特異な業務経験上、小間使いが板についている。
勿論それは素顔をさらす刑事としている時だけで、彼女の裏のもう一つの顔を考えればこの中で一番実践を経験しており、それに見合う以上の戦闘力を兼ね揃えていた。
「……では何かわかりましたら連絡をお願いします。……ええ、分かっています。……では。」『ピッ』
『……』
四期奥様は携帯電話の通話を終えてインターホンの受け口にある画面を見る。
『ーーーッ……』
そこには薄暗い清虹市の、おそらくはほとんどの人が日中は仕事で出かけていて無人の住宅街を背景に、飯吹がこちらを真剣な目で覗き込んでいる。
背景の空模様から考えれば、飯吹はずぶ濡れでもおかしくないハズなのだが、彼女は顔をインターホンのカメラに近づけている為に全身が良く見えていない。
『ピッ』『ガーーー……』『カチッ』「入ってください飯吹さん。鍵は開いているのでそのまま玄関までどうぞ。」
四期奥様はインターホンに備え付けられたスイッチと、インターホンの通話スイッチを押してから中に入る様に言った。
『……はいっ!失礼しますっ!』
飯吹は規律正しく画面から消えるようにして頭を下げると、メリハリの良い挙動でインターホンの映像から消える。
『ピッ』『ガーーー……』『カチッ……』
『ガチャン!……』
四期奥様がボタンを押して門が自動で閉まるのをインターホンから聞こえる音で確認すると、インターホンの画面と通話を切る。
その間に玄関の扉が開く音が玄関の方から聞こえてきた。
「……雨は……降っているのよね?」
四期奥様は飯吹の話を聞き、必要ならばタオル等でも出しておこうと玄関へ歩き出す。
『……バタン!』
玄関扉が音を立てて閉まる。
「……あれ?飯吹さん?雨は降っていないの?」
四期奥様が左の廊下から現れて、飯吹の姿を見て外の様子を聞いた。
「雨は結構降っていましたね。今はもう小ぶりですけど、法力を傘代わりに走ってきました、、んっ?……何かありましたか?」
飯吹は四期奥様の顔色を窺い、”良くない事が起こった”と、敏感に察知した。
「……え、ええ……春香を簡単には返してくれないそうで……詳しくはリビングにいる刑事さん達に聞いてください。そちらのほうで収穫は……ないみたいですね……」
四期奥様も飯吹の態度から景の”お友達”による捜索はまだ成果がない事を知る。
「はい。……収穫と言えばー……んー……子猫が一匹保護されてました。ではお邪魔します。」
「えっ?……」
飯吹は四期奥様の反応に気づかず、そのまま通路の右側、キッチンに向かって歩いて行ってしまった。
「……あっ、いや、そっち……まぁ、んっ……」
本当はキッチンからではなく、玄関をそのまま直進して、応接室を通っていけばすぐにリビングなのだが、飯吹は玄関から右の廊下、つまり、キッチンを経てリビングへと、迂回する経路へ歩いて行ってしまった。
飯吹はもともと玄関からではなく、地下の駐車場からでしか金山邸に出入りしていないので無駄にキッチンを経由するのも無理はない。
どちらかと言うと、キッチンの出入りが多かった為に、無意識に自然とキッチンへ足が向いてしまった様子だ。
『ガチャ……ガタン……』
四期奥様が応接室の方からリビングに戻ってくる。応接室につながる扉を後ろ手で閉めてリビングにいる刑事達へ口を開く。
「飯吹さんが戻ってきました。成果はなかったそうです……」
「っ……」「あれ?飯吹はどちらに?またどこかへ向かったんですか?」
斉木は四期奥様だけがリビングに戻ってきた事を聞く。
「いえ……そちらに行ってしまって……」『ガチャ!』
四期奥様がキッチンの方にある扉を見ると同時にキッチン側の扉が開く。
「飯吹戻りました。……あれ?」「……」
キッチンから元気よく現れた飯吹は、リビングを見ると一瞬だけ疑問顔を覗かせた。
「……?市長さん達は?あの……えーと?風間さん?達は?……あと……秋穂ちゃんもいませんね?……あれ?何かあったんですか?」
飯吹は昨日の面子が減った事を聞く。
雷銅巡査部長は人知れずに下を向いていた。
「金山市長達は仕事で、秋穂さんは学校だ。……犯人達から配達で連絡があったんだ。…………現物は署の鑑識が持って行ったが文面はこれだ。」
斉木課長は自分の携帯電話を飯吹に見せる。
送られてきた春香の使っていた携帯電話はここにはもう無いが、文面を自分の携帯電話にそのまま書き込んで保存していたらしい。
「どーも、ふぅん……犯人は”防人部隊の倉庫番”ですか……」
飯吹は斉木の携帯電話を受け取り、文面を黙読している。
「我々警察としては……いや、法力警察としては他人事では済まされないからな。私としてはこれを辿って行こうと思う。……さしあたっては飯吹君、君は昔……新人時代にでも防人部隊の者から法力を使った戦闘に関して手ほどきをされているか?……その人たちの連絡先は知っていたら教えて貰えるだろうか?会って話を聞いておきたいんだが……」
「えーっと……確か、……総司師範でしたっけ?……」
飯吹は咄嗟に雷銅の方を見て確かめる。
「……いっ?……い、いえっ!……私はその頃、学生でしたので……私が就職する前の話かと……」
雷銅はしどろもどろになりながらもしっかりと”解らない”と答える。
「あぁ!ごめんごめん、ついつい、うっかりさんだった……んー……確か……”道場を経営しているオッサン”を今はやっているハズです。……どこのなんて道場だったかまでは覚えてないですけど……」
飯吹は胡乱な事を言うが、最後の”覚えてない”と言う事だけはしっかりと言った。
「ん゛っ、う゛んっ、……つまり……連絡先は分からないか……」
斉木は咳払いと共に”打つ手がない”と口を閉じる。
「……」
刑事達は”どうしようもない”といった感じで一瞬だけ黙って動きを止めてしまった。
そんな斉木に予想外の所から声がかかる。
「あの、それ……昔、秋穂が通っていた道場の先生です。高山総司先生が経営している”山籠もり道場”がここから歩いて20分ぐらいの所にありますけど……」
新年あけましておめでとうございます。おそくなりました……




