#203~力の昔~(*絵と呼べない挿絵アリ…)
すみません……絵の変更(具体的には清虹署)を少し変更させてもらいます。
『ガチャ』
「はい『そこにいるのは誰ですかっ!』っ!……『勝手にどこでも触ってくれたお陰で取り返しの付かない事を……』……えっ?……」
凪乃が受話器を取ると、そこから突然の怒鳴り声が響いてくる。咄嗟に凪乃は耳から受話器を離して鼓膜を守った。
受話器からの声は女性の物で、キンキンと音割れするほど攻撃的だ。
「……こ、この声って」「ぅん……」
凪乃は受話器の話す部分・送話口を手で抑えて景に視線を送る。景はそれを難しい顔で頷き、凪乃の言葉の機先を制する様にして皆まで言わせなかった。
受話口から聞こえてくる声を聴く限り、凪乃たちを”どこの誰とも知らない部外者が”この”惣菜お食事処”の二階部分で”設備を触るイタズラをしている”と勘違いしている様子だ。
電話等にある相手の声が流れてくる方を受話器(口)、自分の声を届けるマイクがある方を送話器(口)と言う。メーカーによっては受話部や送話部と言ったりもするが、基本的には同じ名称で同じ物を指す。
昔の電話は相手の声が聞こえるスピーカー機能しかない受話口を取って耳に当て、自分の声を聴かせるマイク・送話口は壁に取り付けられた電話本体に備え付けられている物だった。
その名残で電話を受ける際に”受話器を取る。”と言い、受話口と送話口が取っ手で一つに繋がった装置になった今でも”受話器を取る”と言っている。
昨今の電話ならば”受話器”ではなく、”受話送話器”と呼んだ方が装置の名称としては正しいのかもしれない。
凪乃は送話口に添えた手を離して言葉を返す。
「もしもし”水上さん”、先日はお世話になりました。風間凪乃です。」『なっ……』
凪乃の声は電話をかけてきた女性・水上藍の耳に聞こえたらしく、彼女は電話の向こうで絶句する。
電話の通話可能範囲ギリギリの大声量で怒鳴っていた割に凪乃の声をしっかりと聞いている所は”マメな性格”なのだろう几帳面さだ。
『ピッ』
景は受話器が置かれていた場所にあるスイッチを押す。
『なぜあなたがそこに?……そこは市と会社が共同で所有している”風見鶏”ですよ?今は四期奥様が代表を務めるゴルドラハウスの従業員が管理しているハズですが……その部屋の立ち入りを認めているのはゴルドラファミリー従業員でも”家付き”の者か、金山家の方々だけです。貴女はよく知らないかもしれませんが、市と警察に了解を取ってからその部屋にある装置の電源を入れなければ”プライバシーに関わる盗聴をしている”と摘発されて、刑事事件になってしまいます!……すぐにその部屋から出ていきなさい!貴女がそこにいるのは許されません!』
水上の声は凪乃の手元にある受話器からではなく、部屋の脇に置かれたスピーカーから聞こえてくる。
景が押したスイッチは電話機のスピーカーモード切り替えのスイッチだった。
「あ、あの……景お義父さん、これは?…………それに、”風見鶏”?って……」
凪乃がたまらず、近くに来た景へ疑問をぶつける。水上の声は物騒で高圧的だ。
”家付き”とは”ゴルドラファミリー”という会社の中でも金山家と密接に関わる事が許された一族で構成された従業員達である。
「ぁ……っ、っ、っ!」
景は無言で手を振り、凪乃一人で乗り切らせようとしている様だ。
『っ!今、”ケイオトウサン”と言いましたね?……道理で……”風間景”が貴女をそこに……まぁ、たしかに凪乃さんは”風見鶏”の場所を知れない”ハズ”ですものね!……くっ!』『ブチッ、ツーツーツー……』
水上は一方的に話を組み立てて理解すると、これまた一方的に通話を切った。
ここまでの話を凪乃は解らないなりにまとめる。
・ここ清虹市の西に位置する風台地域にある意匠の凝ったビルは一階に”惣菜お食事処”と言う、出来合いの惣菜販売とそれらを食べられる店がある。
・このビルは”風見鶏”と言う名前があり、凪乃達が籍を置いている人材派遣会社・”ゴルドラファミリー”と市が共同で持っている。
・ビルの管理はゴルドラハウスの者で、おそらくは先ほどの”惣菜お食事処”の店主である”美奈ちゃん”だ。さらに父・風間景とは古い交流のある婦人でもある。
・そして大事な事として、このビルの二階部分には隠れ家的な部屋があり、この部屋の使用には市と警察の許可が必要である。
・そしてそして忘れてならないのは風間景の”古い遊び場”発言だ。
「け、景お義父さん?……警察の許可って?……ここは昔……お金の賭け事ができる……い、違法な賭博場とかだったんですか?!……”昔はヤンチャしていた”と四期奥様から話だけは聞いてはいましたが……さすがにそこまでの遊び人だったとは……幻滅です……」
「はぁあ!?……バカ言っちゃいけねぇよ!?賭博場に警察の許可なんてあってたまるか!いつの時代の話だと思ってる!?…………っ……ここは昔、一階に俺が働いていたレストランがあったんだよ……」
景は娘の頓珍漢な発言に度肝を抜かれ、モジモジしてから観念した様にして答える。また、景の言葉には続きがあった。
「……それでその前は清虹市を監視する情報監視塔・別名、”風見鶏”があったんだ。……この部屋はその時の名残なんだよ。」
「……え?監視塔って……『ブゥゥゥン……』……?」「ちっ……」
凪乃が景の言葉に驚いていると、部屋の一面に置かれている大型スクリーンが独りでに稼働する。
凪乃は勝手に動き始めた機器に驚き、景は舌打ち交じりに画面をにらみつけた。
『ブワン……』『……やはり貴方でしたか……”風間さん”。』
スクリーンにはデスクワーク中の事務所の背景で、スクリーンの中央には水上藍の上半身が映っていた。光の関係で彼女のおでこは光り、眼鏡の奥は暗いがその分眼光が光って見える。
水上の口ぶりと目は景へ敵意を宿した物だ。
「……”四期お嬢の”お願いがあったんだ。…………市の許可は後からでも賢人さんが上手くやるだろうし、……警察は被害が出てから捜査を始める。……つまり、”ここ”を別に悪用する訳でもねぇんだから問題はねぇし、事情は向こうさんも良く解ってる。何しろ向こうの不手際がそもそもの原因だからな…………俺はそれを解決するために今こうしてるんだ。……何か他に問題があるんなら教えてもらおうじゃねぇか?」
景が先に口火を切る。
凪乃の手にある電話機の受話器は通話は切れているのだが、他のラインでこの部屋と水上がいる場所・”ゴルドラファミリーの本部事務所”はテレビ通信がされているらしい。
『また貴方は四期奥様をそんな風に呼んでっ!……まぁ、清虹市に貴方を呼んだ私にも責任があるのですし、”元”家付きの貴方がそこにいるのはこの際目をつぶりますが……』
スクリーンに映る水上は景の”四期お嬢”呼ばわりから食って掛かった。だが、景の指摘にもある様に許可は後からでも出来るらしく、幾分か勢いが弱い。
『それでも”凪乃さん”は何も関係がない部外者です。すでに知ってしまった事は仕方がありませんが、これ以上金山家の秘密が漏洩する事は”私が”許しません!風間さんも”風見鶏”を凪乃さんに教えるとは失望しました。……守秘義務の規定違反です。お二人に解雇を言い渡すには十分すぎる理由ですよ?』
「ふん!……なんだ?それだけが問題か?……なら”会長さん”にでも聞いてみればいいじゃねぇか?……聞いた話では会長自らが”好きに使って良い”って言ったって聞いたぞ?」
『なんですって「ぇ?」!』
景の言葉に驚きの声を上げるのはもちろんだが水上である。ついでに邪険にされているハズの凪乃までもが小さく何かに引っかかっていた。
『「?」……』
凪乃は勿論だがそんな話は聞いていない。水上もそれは同じの様だ。だが、水上はすぐにそれを確かめに動き出す。
『……『ガチャ、ピ、ポ、パ……』…………もしもし?火口さん?今少し良いかしら?……四期奥様が……』
水上は景たちに目もくれず、上半身を動かすだけで電話を取ると、その口ぶりから限無会長の執事として脇に控えている火口に連絡を取ったらしい。
「景お義父さん?……そんな事を会長が「いいからお前は黙ってろ!丁度いいタイミングだしな。」……はい。」
凪乃は目と小さな声音で景に確認を取ろうとするが、景はこれ幸いにと一転して水上に対応するらしい。
景は自分よりも一回り以上年下の水上に苦手意識を持っているらしく、水上もまた景への扱いに困っている様だ。
『…………っ!なぜ?……っ、ええ……分かりました…………っ、お忙しいのは解りますが、そういう事は先に言っておいて貰えると……ええ、はい……っ……ならば仕方がないですね…………えぇ、お手間を取らせました。失礼します。……っ『ガチャ』……』
水上は魚の小骨が喉に引っかかった様な表情で景たちへ向き直る。
「……まぁ、そういう事だから”ちゃっちゃと”手続きをやってくれると助かる。」
景は絶妙な間を取って水上に言葉を送った。間を読む交渉術は景の方が一枚上手らしい。
『……っ……やるからには上手くやってください。……明日の正午丁度までがタイムリミットです。「おう!任せとけ!……お前さん方には迷惑をかけねぇよ?」
『……っ!……では、』『ブツッ!』
水上は最後、景へにらみを見せるとテレビ通信を終わらせる。
『……』『ブゥゥゥン!……』『ピッピッピッ!』『ピーッ、ガーッ……』『ブッゥン……』
水上がビデオ通話を終わらせて一度暗転した巨大スクリーンだが、その後に猛然と機器類がうなりをあげて稼働する。
スクリーンがもう一度自動的に点灯して茶色い図形をその画面に浮かび上がる。
「これは……」
凪乃はその茶色い図形を見て何かに気づく。
「……清虹市?」




