#201~力の思いを馳せる~
『……何だ?こうも節操なく「ちょ、ちょっと、貴方の言う王者?……が”目を覚まして”呻いているんだけどっ?」……なっ?バカなっ…………そんなスグに……』
”Sound Only”と黒い画面に白い字で浮かび上がるタブレット端末に春香は声を張り上げる。
「……ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……『……なっ!……』
本郷らしきモノの唸り声は尚も継続している。知識はその唸り声を聞いて、唸り声の発生源に思い至った様だ。
『……ザラガラパラパラッ…………ぉぃ!バイタルを確認しろ!…ちっ!金山春香っ!聞いているかっ?!この端末の画面をベッドに向けろっ!』
タブレット端末から聞こえる音は紙が崩れる音と、春香に叫ぶ様にして命令だ。
「んっ!」『ッ……』
春香は怒り交じりの声で”『ビンッ』”っと音がなりそうな勢いでタブレット端末の画面をベットに向ける。
いや、実際はタブレット端末のカメラが作動した音だ。
……ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……
『くぅっ!……早すぎる!……急ぎ過ぎたか?……一応は…………だが……』「ねぇ?私もう帰れるの?……もう貴方達が私をここに連れて来た目的は叶ってるんじゃないの?コレ。」
春香は知識にまくし立てる様にして自分の報酬を催促した。”もうやる事はやったのだから、家に返してくれ!”と。
『……』……ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……
しかし、タブレット端末は無言の返事を返すだけだ。
「……い、いや、まだ……”目覚めた”とは……言い、難い……もう少し時間が必要だこのまま様子を見て……」「はぁ!?……”コレ”どうするの?……放っておいて良いの?死んではなかったみたいだけど……このまま放っておいたら本当に死んじゃうんじゃないの?!私には苦しんでる様にしか見えないんだけど?!」『……っ、バカな事を言うなっ!王者の事を一番に理解している我々に間違いは無いっ!これで正常な状態に戻るハズだ……だがしかし、ここまでとは……いや……だが…………』
……ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……
”本郷らしきモノ”は壊れたスピーカーの様に、ある程度決まった間隔を置いて唸り声をあげている。
”人の成れの果て”から発せられる声は耳障りな事この上ない。
おまけに、ここには居ない知識の一方的な怒声と煮え切らない言葉がその場の混沌さに拍車をかけていた。
「……」
知識の”企みと思惑”は半分だけが成功し、もう半分は予想外だった。
「……あぁぁあ!うるさいうるさいっ!何がしたいの?こんな訳も分からない所に連れ出してっ!!ハッキリ言いなさいよ!」
春香がキレた。手にあるベッドへ向けたタブレットへ、後ろから春香が怒鳴ったのだ。
……、ィ、ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
『っ?!……』
「……えっ!?」
春香の怒鳴り声に刺激を受けたのか、ベッドで虚ろな目を春香に向ける”本郷らしきモノ”から聞こえてくる唸り声は唐突に止まる。
『……”筋弛緩剤”と”モルヒネ”を………………、反応……、…………常にチェックして…………』
タブレットからは知識が何処かへ向けて指示を出している怒声が漏れ聞こえている。
『ジュクジュク……ボボボッ、……』「っ!……」
ベッドの下から、奥に伸びている薄い黄色みがかったチューブが音を立てて振動する。どうやら中の液体が動いているらしい。
チューブは段々と黄色味がかった色がなくなり、純粋な透明になっていく。
『プツン……ツーツー……ピロン』
「あ、切れた?」
春香の手にあるタブレットは一度震えて暗転すると、はじめの画面に戻っている。
「勝手な……」
春香は知識の身勝手さに嫌な気持ちになっているが、考えてみれば相手は誘拐犯なのだ。
慣れ合うつもりは無いし、”隙あらばこの本郷らしき人を捨て置いて逃げ出そう”とも思っている所存である。
元はと言えば春香がタブレットで連絡などしなければ良かった事なのかも知れない。
『……』「……はぁ……」
ベッドからこちらに向けられる視線を感じている春香はため息を一つ吐くと隣の空間へ足を向ける。
「……あー……喉が渇いたな……はぁ……」
春香はそう独り言を呟き、椅子に腰かけると手に持っていたタブレット端末を操作し始める。
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『ザッ……』
「ここは?……」
『カポッ、』
「俺の昔なじみの……まぁ、遊び場だ。」
凪乃は土が敷き詰められた空き地に降り立ち、場所を訝しんでいると、バイクのエンジンを落としていた景が適当に場所の説明をした。
場所は風台地域にあるビルの横・端的に言って空き地だ。
「……遊び場?」「行くぞ。」
今年で60になる景の”昔なじみ”に多少の興味を持った凪乃だが、景は構わずに、空き地の隣に建つビルの人一人分程度しかないドアへ歩いて行く。
『ガチャン、ガタガタッ!』
景は扉まで行くと、取っ手をおもむろに掴んで『ガチャガチャ!……』と音を鳴らしている。
「んーーーー……まぁ、仕方がねぇか、時代が時代だしな……」
景がそう呟くが、尚も手元では『……ガチャガチャガチャガチャ……』と続けている。
「……あの?……お義父さん?それじゃーまるで……」
隣に控えていた凪乃は堪らずに景へ言葉をかける。それではまるで空き巣か、鍵を無くした鍵っ子の様な見た目だと。
いや、景がまだフルフェイスのヘルメットを被っている事を勘案すれば空き巣だろう。見てくれは悪い。
「ん?……でもよぅ……昔はこのやり方で鍵が開いたんだが……流石に直したのかもしれんな……」
「……」
凪乃は壊れた鍵のままでほったらかしにしていた”昔”に思いを馳せていた。
「いや、それなら”ノック”をしてみましょう。」
凪乃は『……ガチャガチャ……』ドアノブを鳴らし続ける景を押しやって拳を握る。
『コンコン』「だ、誰かいませんか?」
『ガチャン!』「うぉっ!」『ドコッ!』『ガッ!』「うるせーな!!どこのどいつだ!?便所でも使いてぇのかっ!?」
薄いドアが開き、それを景のヘルメット・顔面が受け止めると、中から1人の女性が顔を出す。
「……よ、よぉ、やっぱり居留守を使っていやがったか……懐かしいな美奈ちゃん。」
景がヘルメットの中から声を出す。
「……げっ、本人が来やがったか……」
そこは、風台地域にある”惣菜お食事処”であった。




