#197~チ、カ、ラ、のしお!~
『ガチャ……』「四期奥様、宅配便です。」
リビングの廊下側にある扉からパジャマ姿の女性が現れる。
「ええ、ありがとう、凪乃さん。頭は大丈夫?……」
四期奥様は凪乃の容態を聞いた。決して凪乃の勉学を心配しているわけではない。
「……はい、まだ少し……”ジンジン”するように後頭部が軽く傷みますが……逆に寝すぎているのかもしれません……これ以上寝てても良くなるとはとても思えませんので働かせてください。”痛み”は耐えてみせます。」
「……そう、それは”困った”わね……」
四期奥様は凪乃の言葉を信じているし、”耐える”と言うのだから”何も言えなくて”困っていた。
『ズズッ……』
四期奥様と凪乃はよくしゃべり、警官達は凪乃が用意したお茶をすすっている。
先程の張りつめた空間よりは喋りやすいし、緊張が多少ほぐれていた。
「……ところで、宅配便は何?会社から?」
四期奥様は凪乃の持っている宅配物を気に掛ける。四期奥様は在宅で仕事をしている為、コピーの取れない必要書類や鍵などの物は宅配を使っていた。
「……すみません、確認していませんでした。……一つは”私”と”四期奥様”連名宛ての封筒です。送り主は……」
凪乃は茶封筒を裏返し、そこに描いてある文字を読む。
「……清虹病院?ですね……速達?……ですが、四期奥様は何かお知りですか?……軽いですが…………まさか、私が搬送された救急車の代金請求書なんて事は?」
凪乃は自分が無理に言って帰って来た事を少しだけ悪く考える。
「そんな事はないと思うけど……開けてみて。」
「っ、はい」
『ギュッッ……』「っ……」
凪乃はテープでしっかり閉じられた茶封筒を開けるのに苦戦する。
「……、刃」『スパッ!』
早々に指の力だけで封筒を開けるのをあきらめ、風系法力の風の刃をクイックで発現させる。
人差し指に風の刃を纏わせて封筒の口部分を手早く切ったのだ。
「「……」」「「っ」「ぉ!」
一ノ瀬警部と信濃警部補は凪乃の流れる様な法力技に賞賛の混じった驚き声を小さく上げるが、斉木課長と雷銅巡査部長はそれほど驚かない。
斉木課長は法力を使えないが、仕事柄ただ単に見慣れていて、雷銅はそこまで自然と流れる様には出来ないが、同じ様に風系の法力を発現させられるからだ。
一般的に、一ノ瀬警部と信濃警部補の様にナチュラルに法力を使う人に驚く人はまだ多い。
「中は……錠剤の薬?と……お手紙ですね……」
「薬?……」
四期奥様はそれでも心当たりが無い様子。
「……あ、勝也君のお母様が私の痛み止めを送ってくださったみたいです。」
「……良かった。今度、私からもお礼を言っておきましょう。貴方からも言っておきなさい。代金は私から話しておきます。」
「はい!……」
凪乃は少しの笑みを携えて四期奥様に返事をする。
「……これで私も春香お嬢様を探しに行けます。」
「はぁ……もう良いわ。……昼ごはんの後に飲む物なの?」
四期奥様としては”凪乃が無理をする口実を与えてくれたな……”と心配顔を覗かせる。
「いえ、いつでも飲んで良いそうです。痛い時に飲む”頭痛薬の一種”と言う事だそうなので、早速一粒いただきます。」
「あれ?水は……」
凪乃は即座にプラの銀紙を破って一粒取り出すとそれを飲み込んだ。
手紙には薬の説明も書き込まれている。
水なしで飲める薬も確かにあるが、それは薬の説明や、薬包装の銀紙部分に”OD錠”と書かれている。
OD錠とはオーラル ディッセンテレグレーション錠剤のイニシャルで、日本語では口腔内崩壊錠と呼ばれる物だけだ。
主に口の中で溶ける薬で、澄玲医師が送ってくれた薬はOD錠とは思えない代物なのだが……
「ん゛っ、ではもう一つですが……」
凪乃はもう一つの白い封筒をあらためて見る。
「四期奥様宛てで……ん!?差出人がありませんね……何か長丸い物が入ってるみたいですが……」
『ペリッ、……』
今度は封筒の口部分が簡単に剥がれ、中の物を取り出す事が出来る。
『……ボロッ』「あっ「!」」
凪乃の手に落とされた、白い封筒の中から出て来た物は二人が良く知っている物だ。
「春香お嬢様の携帯電話!」「「「「!」」」」
それは春香が緊急連絡用に持たされているドコデモ携帯電話である。
「それ以上何も触らないでください!携帯も触らない様に!」
信濃警部補は凪乃と四期奥様に向けて大声をだす。
それを引き継いで喋るのは一ノ瀬警部だ。
「その白い封筒と携帯電話には”犯人”の痕跡があるかもしれません。配達は……正規に送られた物ですか?……配達員は?そちらの薬が入っていた茶封筒と一緒に渡されましたか?」
「は、はい。二十代ぐらいの男性配達員でしたが……名前までは……」
「配送業者は……確認を取ります。配送業者の電話番号は……、雷銅さんは署に電話して鑑識を呼んでください。」「はい。」
「こちらで預かります。」
一ノ瀬警部補は白い手袋を付け、透明なポリ袋へと携帯電話と白封筒を入れる。
「ちょっと良いですか?」
独り余っている斉木も白い手袋を取り出して携帯電話の入ったポリ袋を預かる。
「これ……携帯の中を見ても?」
斉木は四期奥様に向けて聞く。
「ええ、別にかまいませんが……」「斉木さん!鑑識の指示を待った方が……」
一ノ瀬警部は斉木の行動を咎める。
「一ノ瀬さん、これはまず間違いなく犯人が送ってきた物です。今回の犯人はウチでずっと追っている奴らで、これだけの事をしていて証拠になる物を残している奴らではありません。貴方は四期さんの顔を見ていないんですか!」
「っ……」
斉木は一ノ瀬警部に向けて声を張る。
「……さ、斉木さん……」
四期奥様は春香の携帯電話を見て、笑う事は出来ないが、”春香を取り返す為の交渉が出来る!”と事態が進んで涙を流している。
喜んで良いのか事態を悲観すれば良いのか分からず、ただ泣くだけしか出来ていない。
「……いえ、鑑識さんが来てからじゃないと……開けられないなら……待ちます……」
四期奥様は泣きながらも”待てる!”と大人な対応をする様に願って言う。
「ではこのままポリ袋越しに携帯電話を開いて操作します。これで何かわからなくなったら私の辞表を……って……そういえば私に提出されたんでしたね……もう一度作成して出します。」
斉木は自分の信念を信じて四期奥様に預けた辞表を免罪符に、四期奥様の為を思って行動しようとするが、そういえば斉木の辞表は飯吹によって上書きされて斉木が受け取っていた。
「……ええ、分かりましたから、そうしてください。」
四期奥様は斉木のこだわりを邪険にして行動を先に進める。
「では、失礼して……」
『パカッ』「……んっ!」
斉木はポリ袋越しに折りたたみ式携帯電話を開けて画面を付ける。
電源はオンのまま配達されていたらしい。
「……犯人からのメッセージがあります。」「!」
携帯電話の待ち受けにはメモ帳のアイコンがあり、そこを選択して開くと文章が書かれていた。
「犯人の文面をそのまま読みます……」
斉木はそう断りを入れて読み上げる。
「金山の次女は預かった。返したくても返せない事情があるので交渉は一切しない。全ては力のままに。…………防人部隊の倉庫番より……」
「さ、防人部隊!……そんな!」
「「「……」」」
防人部隊倉庫番を名乗る犯人からの一方的で塩対応な通達だった。
『ガチャ!』「四期お嬢!昼飯です!塩むすびを適当にパクついて……あん?」
丁度景がおむすびを何個も載せた大皿を持ってリビングに現れる。
塩むすびって旨いですよね。
塩はずっと昔、お金の様に物の価値の基準になっていたそうですよ。
塩何グラムの価値がある!みたいに。
だから涙はしょっぱいのかもしれませんネ!
エーン……デスよ?




