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力の使い方  作者: やす
三年の夏
196/474

#195~力のからかいのはてに~

「……」『ガバッ!』『ガッーーーー……』『グゥッ……』『ガバン!』

金山邸の地下駐車場の出入り口が自動で開いていく。

その前後では黒茶スポーツカーの助手席が乱暴に開けられて人が乗り込んだ後、これまた乱暴にドアが閉められた。

『ガバン……』「ん?はぁ……」

それと入れ替わる様にしてリビング下と繋がる地下玄関から一人の男性が現れる。

筋骨隆々の2m程度の長身な大男、平岩雄二秘書だ。


「……四期さんは……」『……ダッ、』

平岩はその長身を(たわ)めさせると足を躍動させる。

本気で走るのにはちょうど良い感じに広い空間だが、先の車までは10mも無い。

「……賢人さんの面倒を見る私の立場も考えて”行動”してくれたら良いのに……昔と人が変わっただけでやってる事は変わらないな……」『……キュ!』

『ガバッ……』「金山しちょ……」

平岩は独り言の愚痴を言い、金山市長にそれらしく慰めの声をかけながら黒茶スポーツカーの運転席ドアを開けた。


「……」「……むん!」

運転席には助手席から伸びる足が横たわっている。

実に大人げない態度だった。

「……金山市長、いい加減にしてください。これでも時間ギリギリなんですよ?今日市を視察しに来る所とコネを造るのにいったい何年かかったと思ってるんですか?」

平岩は金山市長に怒りの声を上げていた。

『ガサッ……』「それとこれとは話は別だよ……」

金山市長は靴下の足を土足マットにある靴に降ろし、腕を組みながら反省のとも言えない言葉を発している。


「はぁ……確かに何も進展しなかった事は予想外ですし、心中をお察ししますが……」『ガグゥ……』『ガバッ……』

『ポチッ』『ブルルルン!、ブルルルルゥ……「……今の時間だと道が混むかもしれませんね。」

平岩は春香誘拐から二夜明けても犯人から何の連絡が無い事の感想を述べながら車に乗り込み、イグニッションボタンを押してエンジンをイグニッションさせる。

金山市長の愛車であるゴルドラカーのスポーツタイプ、”サンボル”はボタンエンジン点火タイプの車だ。

日本の公道ではそこまでその本領が発揮される事は無いだろうが、ハンドルにギア・シフトレバーのボタンがあるパドルシフト式の車である。


「ではシートベルトを締めてください。……んっん゛ん、カーナビ、目的地『ピロ……』”水藻(みなも)”の水系法力研究所。ナビ開始。『ピロ、……ロロロ……、ポロン!』」

平岩は清虹市の東部・水藻地域の水藻駅近くにある、清敬学校の法力研究施設を目的地に、音声操作と入力でカーナビをセットした。

”サンボル”のフロントガラス回りの端には水系法力研究施設までの距離と到着時間が文字だけで表示される。

”サンボル”に搭載されたカーナビは交通量などのデータを取得し、一番時間がかからないルートを検索して目的地まで案内してくれる物だ。

”サンボル”のフロントガラスには透明な有機ELパネルが置かれており、ことカーナビを使う場面ではこれ以上のナビが出来るパネルは他にない。

さすがにフロントガラス全体にナビを表示する事は法的に車検が通らないので無理だった様だが、フロントガラスの枠十センチ程は文字や色で視界を潰すことは許された結果である。

視界を潰すと言っても透明なパネルなので、外が見えない訳ではないが外を見えづらくしてしまう事には変わりない。

その事も勘案して”サンボル”のフロントガラスはその分少しだけ大きい造りになっている。


「はいはい……」『ガーッ……』『パチンッ!』『ガッ!』『パチン!』

金山市長は拗ねたような返事と共にシートベルトを手繰り寄せて締めると、平岩も続けてその大きな身体をシートベルトで絞める。

……ルルルルルゥゥゥ……』『ググッ……』『ウゥゥゥブゥゥウウ……『キキッ……』『ガグゥン』『キュキュ……キュゥ!』

”サンボル”は滑る様に発進すると地下駐車場の空間を横切り、昼下がりの外に出る。

平岩は地下駐車場の登り出入り口で一時停車し、人や物がいない事を確認してから道路に向けて発進する。

駐車場の出入り口には外が見える角度でミラーがあり、車道側にもカーブしている形状のためそこにも街頭ミラーが置かれているので誰もいない事は分かり切った事なのだが、平岩はキチンと停車してから目的地に向かってハンドルを切った。


「……う~ん」

「?金山市長?……なにを……あっ、……今日視察される方は誰か分かっていますよね?……一応ですが、ダッシュボードの中にタブレット端末があるので必要なら目を通しておいて下さい。先方の資料を纏めたデータをアップロードしておいたので、それをダウンロードして貰えれば」「うん!雄二!……」

金山市長が悩んでいそうな呻きを上げる中、平岩は大事な仕事の話をしているが金山市長は何かを思いついた様にして平岩秘書の名前を呼ぶ。

互いになんとなく決めたルールとして、呼び方で何の話をするか決めている。

プライベートな事ならファーストネームの”賢人さん”や”雄二”

仕事の話なら主にファミリーネームの”金山市長”と”平岩”

……と言う塩梅だ。

これから大事な仕事に出かけるのに”まだプライベートな事を?”や”春香さんの件なら致し方なし……”と思う平岩だが、しかし平岩の思惑は裏切られる。

「……お前、結婚しろ!」「は?」『キュキュ、』「うわっ!」『ブゥゥン』

平岩は賢人の唐突な発言に驚き、平岩は車の制動を乱す。白線の上にタイヤを乗せてしまった。

「おいっ!しっかりしろよっ!高いんだぞ?!この車!!」

「……え、ええ……すみません……」

例え、助手席の者が素っ頓狂な事を言おうとも、車のハンドルを握っている時は動じてはならない。

自分の命だけでなく、相手の命、もしかしたら周りの命を奪う可能性がある。

相手が幼い頃から世話になった恩人であろうとも、ふざける時は今ではない事は分かっているハズだ。。


賢人は平岩の動揺を知りながら、あえて言葉を待たずに独白する。

「……ずっと気に病んでいたんだ。……俺は大学を卒業と同時に高校卒業から付き合ってた四期と結婚出来たが、お前は俺が巻き込んだ形で学生のうちに政界へ引きずり込んだ事だ。」

「……」

賢人の言葉を黙って聞く平岩は車の運転に集中しながらも過去を思い出す。


平岩が一つ屋根の下で背中を追っていた”頼れる兄貴分”の”いとこ”である賢人は、清敬学校の大学卒業と同時に、その時市長だった七川(かける)氏の秘書となり、賢人は同い年の金山四期お嬢様と結婚する。

当時人手不足だった清虹市は学生のうちから雇用の機会を広げていた。

それもあってか平岩は信頼できる者として賢人に市長の秘書団へと推薦され、大学生と市長秘書の二足の草鞋(わらじ)を履いていた大学生時代であった。

「特に政治に興味がなかった雄二を巻き込んでここまでのしあがって来たんだ。……お前、昔から勉強、学校、筋トレ!の三つだけだったろ?……まぁ、そんなお前だからこそこの仕事を頼んだんだが……俺は雄二もそろそろ身を固めて欲しいと思ってる。こんな時だからこそ、お前には幸せを見つけて欲しい。」

賢人は大事な弟分のこの先を心配している様子だ。


「……結婚するのはやぶさかではないですが……誰と結婚しろと言うんですか?」

平岩はちゃんと話に答えている。こんな時にふざける程、賢人は考えなしの人ではない。

また、平岩が時折助手席に向ける視界で見るに、その様子は茶化している雰囲気ではなかった。


「事務所の子とかはどうだ?」

「……」

賢人は無難な所を攻めてきている。

金山賢人にも事務所がきちんとあり、平岩以外の女性秘書や、女性事務員も数名在籍している。

歳もばらけているが、助っ人要員も入れるのであれば平岩と同世代のシングルな女性も数名居る。

もしかしたらそこらあたりの人から紹介を頼まれていたのかもしれない。

「……駄目か……むぅ……」

じれったい雰囲気を醸し出しながら答えを言わせようとしている賢人である。


「……なら、お前のファンクラブの人とかはどうなんだ?会ったりした事もあるんだろ?」

「……」

賢人は現実的な所を攻めてきている。

平岩雄二には何故かファンクラブが作られており、一度、市長選挙の時に立候補してなどいないのに、ファンクラブの女性から応援された事があった。

テレビ等で露出し始めた頃から追っかけて貰っているが、その顔触れは恐らく20代から30代、果ては40頃の女性だ。

「……駄目か?……お前まさか本当に……」

「……」


平岩の見立てとして、平岩がもし

”今は考えていない”等と言えば、”お前今何歳だ?……”とか、

”今は仕事に集中します”等と言えば”お前が結婚しないと仕事に支障が……”と、

それっぽく切り返されてしまうのは明白だ。


「……誰かいないのか?……まぁ、言うとだな……実は……お前に浮ついた話が無いと……ネットの匿名掲示板とかでは”俺の愛人”認定されるんだぞ?」

「……」

賢人の告白に平岩は応えない。

「……おまっ……まさかっ……や、やめろよ……俺は四期一筋だからな?」

「……そうですね……私は昔から賢人さん”だけ”を見ていたから……”それは”良く解っています。」

「……」

平岩は言葉少なげに言葉を返す。賢人は平岩の返答に何か引っかかりながらも口を閉ざしてしまった。

「……おまっ!……そんな性癖に目覚めちゃったのか!……え?昔はそんな感じは……いやでも……”そういう系”は目覚めやすいって言うし……」

「……ええ……」「……っ!!……」

賢人は平岩の”カミングアウト”について行けず、口ごもってしまう。

「……ゆ、雄二……一週間ぐらい仕事を休んで”下さい”……ちょっと俺には分からなさそうな範囲”です”……」

賢人は平岩にどうやって対処すれば良いのか分からずに、”取り合えず”敬語で言葉を続けた。


「……」

「……」

……ウゥゥゥゥ…………ゥゥン……』

二人きりの車内は空しくサンボルのエンジン音だけが支配する。



「……冗談ですよ……」「……ふぁ……」

もう少しで互いの心臓の鼓動をも空耳して聞こえそうなタイミングで平岩は”冗談だと”告げる。

賢人は口に溜めていた空気を吐き出した。

「……そうですか、私と賢人さんをそんな仲に思う輩も居るんですか……」

平岩は賢人の話で気になった部分を呟く。

「……まぁ、匿名なのを良い事に、悪ふざけで出回っただけだろうけどな、ともかく、お前が結婚しさえすれば四期もお前にべたべたくっついてからかう事も無くなる。」

賢人が思い悩んでいた事は妻の四期が平岩に安易に触れてからかう事を辞めさせたい事らしい。

「……あ、それで私に結婚ですか……」


こうして漠然とだが、平岩は金山市長に”結婚するように!”と言い渡されてしまった。

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