#194~力のこもった怨嗟の目~
『ガチャ、』
「四期お嬢、結局秋穂小嬢は電車で行くそうです。……」
「ええ、ありがとうございます風間さん。あら、そちらの方は?」「……それと、丁度入れ替わりで警察の方が一人、応援に来ました。」
景がリビングの扉を開けて戻ってくると、秋穂の通学手段を家主である四期奥様に報告する。彼女はリビングの入って左側のソファに腰かけていた。
「応援の方も女性ですか……」「始めまして。雷銅です。刑事部の係員をしています。一ノ瀬警部の補佐役として参りました。金山さん達も何かあれば雑務でも何でもお申し付け下さい。可能な限り……?対応致します。」
景の手振りを受けると雷銅は簡単な自己紹介をする。
彼女は長期戦となっている今回の事件に配慮して清虹署から遣わされた要員だ。
一ノ瀬警部や信濃警部補が仮眠を取る間だけ代わって対応したり、彼女らが必要としている物を調達してきたり…………つまりは雑用・”使いっ走り”で、彼女の上司は一ノ瀬警部であり、彼女の命令が絶対となる。
雷銅はこの部屋の空気を感じ取り、幼い女子児童が誘拐されたのだから重い空気なのは当たり前だが、四期奥様が幾分か棘のある空気を放っている事を敏感に感じ取る。
雷銅は咄嗟に視線を外してもう一人の関係者に口を開ける。
「……斉木さんもやはり来てましたか……こんにちわ。」
「……ええ。」
斉木は部屋の右側・食卓の椅子で縮こまった身体をさらに縮めて会釈する。
このリビングに居るのは
・家主である金山四期奥様
・使用人らしい男性の風間景
・金山子女誘拐事件の対応を取り仕切る、刑事部特殊捜査課所属の女刑事、一ノ瀬警部
・通話の内容や会話の記録係として、電話線に取り付けられた機器から伸びるヘッドフォン・メモとペンを常時スタンバイしている女性刑事の信濃警部補
・なぜかここに居る特捜課の斉木謄課長
・そして今訪れた刑事部係員の雷銅陽子巡査部長
の計六人である。
斉木は部署が違う為、本来ここに居るのはおかしい人物なのだが、彼は情を沸かせてここに居るらしい。
雷銅の部外秘なもう一人の上司でもある。
「……先程ここに来る途中で飯吹さんを見ましたが、彼女は今何をしているのですか?」
「「「「……」」」」
雷銅は何の気も無しに思ったことを口にしたが返事が無い。一応は”担当している”斉木に向けて言った疑問だ。
「……彼女は昨日の夜から私達が頼んだ人たちの様子を見に行っています。」
「……頼んだ人達?ですか?昨日の夜?からですか……」
しかし、雷銅の疑問が発した疑問は斉木ではなく、四期奥様から返答が返ってくる。
雷銅の疑問はさらに深まるばかりだが、説明は後に続かない。
つい先ほど飯吹を見た限りでは寝ずの強軍ではなさそうだったが、あちらはあちらで動いているのだろう。
「……平岩某を”昨日の夜”から避けている?……」
雷銅は未だに平岩の事を目の敵にしている様で、誰にも聞こえない程度に独り言をつぶやく。
「……あの、今家に居る金山さんの家族や関係者に会ってご挨拶しておきたいのですが……金山市長は今どちらにいらっしゃいますか?……私もお茶等のお飲み物をここのキッチンにお邪魔させて貰って用意したいと思っているのですが……」
雷銅はお邪魔している家の主人(の旦那?)である金山市長に挨拶と家に訪れた事を知らせたいが為に四期奥様にそう言っている。
「っ……いえ、そういった事は結構です。夫は間もなく仕事に向かうので今支度をしている最中です。ここに顔を見せてから出て行きますが、あとは”そちらの女性”に判断を仰いでください。」
四期奥様は自分よりも一回り以上年下の雷銅に対し、素っ気ない物言いと態度をとった。
”そちらの女性”は言わずもがな、先に来ていた一ノ瀬警部の事だ。進展しない状況と落ち着いて対応している一ノ瀬警部にも苛立ちの矛先が向いている様子。
「分かりました。春香さん救出の際は私も出動します。犯人は絶対に許せない事をしているのでお互い救出に全力を向けて頑張りましょう。私は春香さんの救出に全力を注ぎます。」「っ……」
雷銅は四期奥様の苛ついた態度を受け入れ、まっすぐに自分が金山邸に来た理由を言う。
当たり前な事をストレートに言っただけなのだが四期奥様は何かを思ったのかたじろいでしまう。
「……春香を……よろしくお願いします。」
四期奥様はスンでの所で雷銅へお願いをした。
犯人からの連絡は一夜・二夜明けた今でも無く、手詰まりな状況だ。
そんな所に・飯吹の能天気な態度・斉木の押しつけがましい行為・一ノ瀬警部の知った様な手管を見て、四期奥様自身も如何に人に優しくない行動をとっていた事を自覚する。
何かを成したい時にその解決だけを目指して行動するのは”場合にもよるが”好ましくない。
例えば”鉄棒の逆上がりをしたい”からと”やみくもに地面を蹴る”だけでは鉄棒から身体が離れてしまい、逆上がりは出来ない。
例えば”医者になりたい”からと”勉強漬け”ではメンタル的に長続きしないので勉強を辞めてしまい、医者になれない。
例えば”芸能人になりたい”からと”よく街を出歩いてスカウト待ち”していては遊び人になり、スカウトの目に留まらなくなってしまう。
例えば”作家になりたい”からと”本を読んだり文章を書きまくって”いるだけではつまらない文章になり、もし本が作れても売れるような内容ではないかもしれない。
例えば”結婚したい”からと”目に留まった人へ告白しまくれば”一回の告白が軽くなり、告白を受け入れて貰えないかもしれない。
例えば”足が速くなりたい”からと”がむしゃらに走れば”怪我をして走れなくなるかもしれない。
どれもそうなるとは限らないが、得てして出来てしまう時は出来てしまう物だ。ただし、どれも本気でやり続ければいつかは成就するだろう。
『ガチャ』
「四期、すまない、市長になった俺は例え市民を大事に扱っている様に見せていても本心では君・秋穂・春香を大事に思っている!こんな時に君の傍に居られない俺は駄目な旦那だ……」
金山市長が芝居がかった態度で妻である四期奥様に別れを告げていた。
イケメンな面構えと真剣な眼差しを注いでいるが故にまだ見れた場面だが、普面でこれをやっていれば嘲笑の賛辞と共に動画がSNSに流されて炎上していただろう。
寝ずの一夜を過ごしているハズだが、それを感じさせない程整った顔立ちと雰囲気である。
寝ない夜、深夜ごろの妙なハイテンションと言うには遅い時間である事が彼の特性を際立たせている。
「……もしも君に”行け”と言われなかったらどんな障害にでも抗って君の傍に居て見せる。もしも”どうやって?”と聞かれたらこう答えるよ。もちろんこぶs」「では四期さん、賢人さんを借りて行ってきます。」
金山市長の年甲斐にもなくハイな口上を遮るのは廊下側の扉から金山市長の後に続いて出て来た平岩秘書だ。
「……はい、……家の事は私に任せてお勤めを果たしてきてください。……平岩さん、貴方だけが頼みです。行ってらっしゃい。」
頭痛をこらえる様にして二人に近づいた四期奥様は平岩秘書の手を取って頼み込む。
「は、はいっ。……で、では駐車場に行きましょう。金山市長。車は私が運転させて貰います。」
「……っぅ……良いな、雄二だけ……」「っ……」
横から出て来た平岩秘書に怨嗟の目を向けて喋るのは金山市長その人だ。
手を握られている平岩を恨みたらしく見ている。
「……あ、貴方もふざけていないでさっさと行きなさい!……また今度ね。」「ああ!行ってくるよ!……市長なんかやるもんじゃねぇ!」
雷銅の一言で棘が幾分か和らいだ四期奥様は久しぶりに会ってまた仕事に向かう賢人を送り出す。
そんな、四期奥様の最後の一言に、良い夫婦である事を認識したリビングの面々だった。
「……あれが噂の平岩某……」
ただし、平岩秘書に向けていた怨嗟の視線は賢人だけではなく、景の近くに居た女性も向けていた。
「……っ……」
それを知るのは景ただ一人だけ。




