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力の使い方  作者: やす
三年の夏
191/474

#190~繰り返す力~

#188~力は繰り返す~のBパート的な内容です。

時間は大体同じ頃です。

『ブー、ブー、ブー……』

テーブルの上にあるタブレット端末が震える。

「……」

既に慣れた様子の春香がテーブルにある端末を見ると振動が止まり、画面が自動的に点灯して何らかの時間になった事を知らせる。

「……」

端末の画面には『衛生時間』とあった。

『……ドドドドッ!ジャーー―……』「今日もか……」

盛大な音が意味する事は、トイレの横・すりガラス戸の奥にあるお風呂へお湯が出て来た事だ。

『ガッ……』

春香はもう何度も顔を見ているのだが、隣の空間にある白いベッドを見る為に壁に張り付くと顔を傾ける。


「……」

やはり春香の読み通り……と言うか、考えるまでもない前と同じ変化がそこにはあった。

奥の壁に付けて置かれているテーブルには桶と茶色い手ぬぐいが置かれている。

今日もお風呂に張られたお湯を汲み、そのお湯と手ぬぐいで男性の身体全体を拭かなければならないらしい。

春香は未だ寝ている男性に慣れず、目の敵にして隣の空間で寝ている男性に情を抱いていない。

まるで自分を襲ってきそうな猛獣を見る様な気持ちで視線を送っている。

相手に目を付けられない様に極力避けなければならないが、突然襲われるのも怖いので本当に無視する事は出来ない視線だ


男性の世話をしても御礼なんかはされず、かと言って手を抜いて雑に作業をすると”苦しむ様にして”抗議されている。

しかし、春香がこんな訳も分からない空間に連れてこられた理由は”その男性の世話をする事”と言うのだから先が見えない。

これがまだ目に見えて動ける程男性の身体に肉が付いて、春香に”世話をしてくれてありがとう”とでも言ってくるのならやりがいはあるかもしれないが、相手は物言わない死人の様な()である。


昔の拷問にはただ身体を痛めつけるだけでなく、過酷な環境で無駄な労働をさせる拷問があったらしい。

重い砂袋を担いで、山を越えたり何日もかけて砂漠を越えて、また重い砂袋を担いで来た道を帰ると言う物だ。

塩や水、木や岩などの資源を運ぶのならまだ目的と意義があり、終わりがある。

だが、無駄な行動をさせられたりするのは、徒労感だけが残り、肉体的な疲労と精神的に来る物がある。

春香の心境としてはそんな”無駄な事をさせられている”実感があった。

「はぁ……」

前にそんなうっぷんがたまり、男性に雑な対応をしたが、あの時は動けるハズの無い男性が咳き込んで苦しんでいた。

そう考えると、こうやってただ黙々とこの男性の世話をしているだけでも意味はあるのかもしれないが、春香としてはどうする事も出来ない。


『…………………………カッ……………………………………………………ガチャン!………………ジャボ、ジャボ、……………………………………………………ガッ……チャポン、ジャボ、ポタポタ……、ギュウ、ジャボジャボ……』


春香は無言で男性の眠るベッド近くに足を踏み入れるとそのまま桶を掴み、中央の空間を通ってトイレ・お風呂場のすりガラス戸を開けてお風呂場に移動する。お風呂にあるお湯を掬い、お湯が入った桶を白いベッドの空間まで運び、茶色い手ぬぐいを桶の中のお湯に落として漬けてそれを絞る。

無言で行き来する様は怒っているのか、悲しんでいるのか、甲斐甲斐しく一生懸命なのかはわからない。

だが、春香の表情はツンとして済ました表情で、悲しんでいる様子は見られない。


『ギュ、バサ、』「っ……」

寝かされている男性の上に置かれた白いタオルケットを片手で取り上げて男性の身体を露出させた。

男性の身体には勿論だが変化は無く、首より下は骨と皮だけの体形だ。

生気が肌にまったく見られず、浅黒い肌の手足首には大きなクリップ状の器具が付けられていて、脇腹には透明な管が突き刺さっている。

クリップ状の器具の先にはコードが伸び、管と一緒にして壁の向こう側に消えている。


クリップ状の器具は春香の知識に無く、どんな物かは分からないが、脇腹に突き刺さっている管は時折、透明がかった黄色い様な、薄透明の茶色に、透明な物に変わっている所を見るに

この管一つで薬液を入れたり、排泄物か何かがこの管で出したり入れたりが出来ているのだろう。

春香が居る限りはこの男性に何らかの処置は出来ないし、あの甘ったらしくもマズイ茶色いクリームだけを食べさせるだけで生きながらえる状態ではない。

まだ下の世話が無いだけ良いのだが、春香はそこまで考えが及んでいなかった。

「何なのよ……」

もし勝也が見れば”このクリップ型の器具はナニナニで……””管はナニナニなんだと思う。”と教えてくれるかも知れないが、勝也はここに居ない。

「……」

春香は無言で、死んでいてもおかしくないが一応は生きて眠っている男性の身体を拭き始める。



「はぁ……」『ガコッ……』『チャポン、チャポ……』

春香は男性の身体を拭き終え、ぬるいお湯が並々入った桶と手ぬぐいをテーブルに置いて中央の空間に移動する。

「……」

中央の空間・壁際にあるテーブルにはピンク色の風呂桶とボディタオル、バスタオルが置かれている。

見た感じでは全て新品のお風呂セットで、もしわざわざ新品を用意し直しているのなら、その徹底ぶりはすごい。

春香はそれらの細かい値段を知らないが、自分に用意されているのはすべて新品さを感じさせる物ばかりである。

逆に言えば、隣の空間で寝ている男性に使う・手ぬぐいや桶は、触った感じで見るに使い回しだ。

もしかしたら春香に用意されている物も使い回しなのかもしれないが、すべて新品を思わせる程綺麗にしてから春香に与えられている。

バスタオルの肌触りは新品の様にフカフカで、肌触りが良い。

布類は生地が薄くなっている所や、生地の毛が寝ている所があるわけでもなく、清潔感のあるサラサラ手触りばかりである。

金山邸で家事を一手に引き受けている凪乃もしっかりと掃除洗濯してくれているし、不満は無いのだが、ここで春香に出されるハンドタオルや、バスタオルは言葉で言い表せれないほど状態としては良い。

「着替え……」

また、バスタオルの中には春香に宛てた着替えが入っており、春香の今着ている服と全く同じ衣類一式が用意されていた。

そしてパンツ、下着も一緒に入れられている。


全て同じメーカーで揃えられた衣服で、そのメーカーは春香の家・金山グループ企業のゴルドラE&I(イーアンドアイ)製品だ。

春香の上の叔母、金山二月(ふたつき)奥様が経営するメーカーである。

お風呂場にあるボディーソープや、シャンプー、コンディショナーの製造メーカーでもあった。

『……今日も入ろ……』

この空間は熱くなければ寒くもなく、汗もそこまでかいていないから二日に一回程度の入浴でも良いのだが、ここでは隣の部屋にいる男性の世話を見たりしている。

また、実を言うと春香は暇を持て余していた。

やれる事が他に何も無いのだから、お風呂を用意されているのならわざわざ入浴をしない手はない。


「……」『カコッ、ポン、ポン……』

春香は無言でピンク色の風呂桶にバスタオルと着替え一式を乗せると、その風呂桶を片手にトイレの空間に歩き出す。

目指すは昼のお風呂場だ。



「カポーン……」『バシャバシャ……』『ガッ、ガッ、ガッ……』『バシャ―!』




『ガシャン!』「ふぅ、あっつい……ん?」

お風呂から上がった春香は何かに気づく。

「あれ?服?……携帯!」

春香が昨日脱ぎ、ここに連れてこられる前に着ていた服が”無くなっている”のだ。

春香はお風呂に入る際、着ていた服をそこらに脱ぎ散らかす欠点がある。

昨日ここのお風呂に入る際、中央の空間は水浸しだったのがお風呂に入っている間に綺麗に拭き取られていて、その時はトイレの近くに脱ぎ散らかしていたのだが……

トイレの横にある手洗い場にはドライヤーと櫛が置かれており、ドライヤーのコード先・コンセント部分は壁の中にある。

春香の持ち込んでいた携帯電話と、もともと着ていた衣服はどこかに持っていかれてしまった。

「まぁ、ん?……」

春香は携帯電話の事を忘れる事にした。もともと見た限りずっと圏外で、恐らくは電波を通さない建物に連れて来られているのだろう。

しかし、お風呂に入っている間、誰かが”ここ”を訪れているのは明白だ。


『ブー、ブー、ブー……』「また、……」

中央の空間にあるタブレット端末が震えている。

この時間ならばそろそろお昼ごはんかもしれない。

と言うより、昨日は昼のお風呂を終え、ドライヤーで髪を乾かした身綺麗な姿で中央の空間に出た所で”昼食摂取時間”とタブレットが震えていた。

今日は昨日よりも早くしたつもりだったのだが……


「あっついなー……もう!髪が乾かせないじゃんっ!」

……いや、昨日と違った事がある。お風呂が結構熱かった事だ。

昨日お昼に用意されたお風呂のお湯は良い感じにぬるま湯だったが、今日はお湯を桶で汲んだ時から熱かった。


ともかく春香は髪が湿ったまま中央の空間に移動する。

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