#186~力の無い力~
「ぅん?……」
飯吹は変わらず玄関で勝也が廊下に出てくるのを待つが、いくら待ってもキッチンから出てくる様子はない。
『ピッ、ピッ、プルルル……』
「あれ?」
キッチンから勝也の顔が出る前に、多分だが音源は固定電話からであろう音が鳴っている。
ドコかに電話を掛けるのだろうか?
「……雨田です。お電話ありがとうございます。厘の兄の雨田勝也です。…………はい。……」
「……」「……」
どうやら厘が家のカギを落としていた地本さんの家に電話を掛けている様だ。
「……はい。厘がカギを失くしているのでウチのカギだと思います。……はい、えーっと……わざわざ持って来て貰うのも悪いので、今からそちらの家に鍵を取りに行きます。今からそちらの家に行っても大丈夫ですか?…………いや、えっとーなら、出来るだけ早く取りに行きます。……はい……はい……ではよろしくお願いします。電話をかけてくれてありがとう。…………はい、失礼します。」『ガチャ』
「……」
勝也は電話をかけてくれた明ちゃんが鍵を届けてくれるのを断り、逆にこちらが受け取りに行くと言ってしまった。
勝也は基本、誰が相手でも敬語で電話をするのだが、それがたまにぶれている辺り、電話を取った地本さんは厘と同級生の明ちゃんだと予想出来る。
勝手にそう決めてしまった事は何とも言い難いが、厘が何も言わないあたり、鍵を取りに行くのに難色を示すつもりは無いらしい。
「……厘。……じゃー行ってこい。いつでも良いけど、早い方が良い。俺はその間に昼ごはん作ってるから、ちゃんと御礼を言っておけよ。……」
勝也にしては随分な物言いだが、勝也としても”代わりにお礼の電話をしてあげたのだからそれぐらいはしろ!”と言う気持ちなのだろう。
勝也は話し相手をスライドし、こちらはつっけんどんな雰囲気をなくしてつづける。
「……あと、飯吹さんも春香の家に行ってください。……もう他に何か聞く事も……無いですよね?」
飯吹に対しては言葉だけ聞くと、突き放す様な物言いだが、声音としては確認を取っているだけに聞こえる。
「……うーん……あー……昼ごはんって何?」「……なにー?」
飯吹は勝也に、これから何を作るのか問う。
少し不満気な表情を浮かべる厘も飯吹の胸で追従している。
「えっ?……っと……インスタントラーメン?……か、カップラーメンぐらいしか無いんで……今日の昼はインスタントラーメンにしますけど……お昼も食べて行くんですか?…………さっきの女の人はそのまま……で良いんですか?」
勝也の少ない食事レパートリーの中でも一・二位を争う味気ない献立だ。
もし他を挙げれば・野菜炒め・買ってきた生麺の温かいor冷たいざる蕎麦・電気式コンロの標準装置である付け替え鉄板ホットプレートで焼く味気ないお好み焼き。
と、どれも手のかからない料理である。
だが、どれも味付けなどには拘っておらず、悪い意味での”ザ・男の料理”となっていた。
具材は必要最低限の物と薬味だけ、つまりはほぼネギだけだ。
そもそも学校が休みの休日で勝也と厘だけの時は買ってきたお惣菜やお弁当なのだが、今日は買ってくる時間が無かった。
また、本来は学校がある時間の日中は”特別な臨時休校”な為に外出禁止で、前日は買ってくる暇が無かった事もあり、昼飯に向けて何か作れる程の食材が家に無い。
さらに、これから金山邸に向かうハズの飯吹が雨田家が食べる昼飯の献立を聞くのは何故だか解らない勝也である。
”山邸に向かった”ライちゃん”は良いんですか?”と言う心配だ。
「ん?……あぁ、ライちゃんは良いよ。…………うん、考えてみれば相手がロールじゃー絶対追い付けないし、思えばあの子はあれはあれで真面目だから初対面の男の人を突然怒鳴りこむ様な事はしない……ハズ。……私と違って刑事さんの卵だしね!」
飯吹は希望的観測だけを信じて断言する。
「……そうですか……なっ……なら……何でお昼を?」
勝也は『……ならあなたは何者なんですか?』と言う言葉を噛みこんで言葉を濁し、献立を聞いて何をしたいのか飯吹に聞いている。
飯吹は得意げな顔を作り、口を開ける。
「澄玲ちゃんに君たちの”世話”を任された身としては、ただ助けて貰って迷惑を掛けただけじゃー帰れないよ。……ふふん!……お昼は私が用意しよう!!さぁ!食べたい物を言ってごらん?出前でも、外食でも良いよっ!」
飯吹はなけなしのプライドを発揮し、”さみしい昼御飯”を”三人で楽しい外食か出前”に変えてくれるらしい。
「ご馳走!!」「はぁ……」
喜ぶ厘とは裏腹に勝也がある事を考える。
”学校がある時間は外出不可”な事や、”出前なら何をどうしよう?”とかではない。
勝也達の母・澄玲が言った言葉を思い出している。
勝也が懸念している事、それは
・勝也と厘に向けて澄玲が最後に言った言葉:『勝也達は外へ出歩かないでね、』
……これを簡単に無視するのは良くないが、もはや今更だ。厘に至っては既に帰ってきているが自分から友達の家に(遊びに?)行ってしまっている。
・勝也に向かって澄玲が言った言葉:「……後は任せる!』←これだ。
母・澄玲に任されたのは”飯吹”ではなく、”勝也”だった。
飯吹の中では母の言葉がいつの間にか勝也に言った言葉ではなく、”飯吹に勝也と厘を任せる!”に変わっているらしい。本当は”急な客・飯吹を勝也に任せる”だ。
任せた人と、任せられた人が逆なのだ。
まぁ、その時飯吹は寝ていた訳だから、本来なら覚えていない言葉のハズだ。
「じゃー明ちゃんの家にも行くから、ついでに商店街へご飯を探しに行こう!」「はぁ?」「良し!厘ちゃんが先に言ったので採用!行っくぞー」『ガチャ……』「おー!」
厘を抱えた飯吹は勝也を残して玄関を開けて出て行ってしまう。
勝也としては、”いつの間にか早い者勝ちになったの?”とか、”結局は厘の楽な方になってしまった!”とか、”商店街の方・つまりはまたサイクリングロードへ行くのか……”とか、”自分達子供二人を任されたのならもっと自分の意見も聞いてくれ!”とか……ともかく沢山の事に疑問を覚えられずにいられない。
自分を置いて突っ走る飯吹(と厘)を見て勝也は知る。
人間誰しも結局は早くやった・言った者勝ちで、人を振り回す事はそれはそれで才能なのだ。
勝也ならそんな芸当は出来ない。何でもその選択の先を考えて、迷ってしまう。
人を振り回せる力、勝也にはその才能が全く無い。




