#181~動けない力~
#179~力は動けない~
のBパート的お話となります。
『ブー、ブー、ブー……』
小さいテーブルにあるタブレットが振動する音を響かせている。
「……ぅ……はぁ……」
ピンク色のベットシーツの上で、ピンク色のタオルケットを浮かせて上体を起こすのはピンク色の枕カバーから頭を挙げる、捕らわれ少女である春香だ。
「……あれ?……カーテン……」
寝覚めは悪く、いつもは起きた時に部屋に訪れてくれる者がいない事・ピンク色カーテンから淡い陽が漏れる風景が無い事に疑問を覚えている様子だ。
『ガグゥ……』
春香はベッドの枕の上にある小物置き場からピンク眼鏡を取るのも忘れてベッドから起き上がる。
『……ブー、ブー、ブー……』
春香が目覚めた空間の隣から振動する音がなり続いている。
「あっ……そうか……家じゃないんだった……」
春香は遅まきながらも自分の置かれている状況を認識する。
いつも起きる時はそれなりに眠いながらも太陽の光りを浴びると、よく聞くような”寝ぼける”なんて事は自分には無関係な事と思っていたが、どうやら眠りの質や陽の光りの有無で寝ぼける事があるらしい。
春香はこれまでの人生で”寝ぼける”と言うのは漫画やテレビ、フィクションの中だけで起こる事だと思っていた。
リアルの自分は例え、家以外の場所で寝て起きた時でも、起きればすぐに自分が寝ていた所や起きてからする事等はすぐに思い至って行動に移していたのだが……
『トッ、ザッ……』
春香は隣の音源を見に行く。
「衛生時間?」『……ブー、ブー、ブッ!』
バイブレーションの音源である端末の画面には『衛生時間』と表示され、端末の横にはふわふわなピンク色のハンドタオルが一枚畳まれて置かれていた。
「ふぁあ……」
春香は端末が置かれているテーブルを横切りざまにタオルを取り、トイレが置かれている空間へ歩いていく。
『……………………………………キュウ……ジャー……』
手狭なトイレには端末が置かれた空間側の壁奥にお風呂場が置かれており、その反対側には手洗い用の蛇口と洗面台が置かれている。
『……キュ、ジャー――――……ジャバジャバ、ジャー……プゥク、プゥク、ジャバジャバ、……』
洗面台にはフェイス&ハンドソープが置かれていて、春香はそこでお花を摘んだ後、手洗いと洗顔を済ませた。
「はぁ……やっぱり……隣も……だろうな……」
春香が中央の端末が置かれている空間に戻ると、端末の置かれたテーブルの向かい隣にある空間に向けて言葉を吐いた。
春香はピンク眼鏡をベッドに置きっぱなしにしているが、春香は実を言うと、そこまで眼鏡が必要ではない。
読書や勉強・何らかの作業をする時は眼鏡があった方が見えて良いのだが、生活に困るほどではない。
読書もやろうと思えば裸眼でも十分なのだが、難しい漢字等は眼鏡で見た方が早いレベルだ。
隣の空間には白いベッドがあり、そこには”知らない男性”が寝かされている。
顔はしわしわの4、5、60頃の男性だが、顔より下は骨と皮ぐらいしかない様な、生きてるのが不思議な人だ。
一応は口に入れた物を嚥下したり、せき込んだり、頬を動かして顔の表情を少しは変えているので、生きてはいるには生きているのだろうが、とても自分で動いたり瞼を開けて何か見たり動いたりするような状態ではない。
春香としては気味が悪いとすら思っているのか、極力隣の空間に居ようとは思っていない様子である。”自分で何も出来ないのは可哀想”とは思っているが……
「でも、衛生時間って事は多分……」
春香は何度目か解らないが、隣の白いベッドのある空間へ壁に張り付き、肩越しに覗き込む。
「……やっぱりか……」
隣の空間のベッドの向こう・壁に付けて置かれているテーブルには茶色い桶と白い手ぬぐいが置かれている。
春香は隣の空間に行き、桶と手ぬぐいを持つと、先ほどのトイレ横・お風呂場へ向かう。
『ガチャン!』
すりガラスの戸を開け、お風呂場に張ってあるお湯を桶で掬おうとする。
「あれ?お湯……」
……するが、お風呂にお湯が出ていない。
「水で良いのかな……」
春香は今のこの場所で水を出せるのはトイレについている洗面台だけだ。
水しか出ない蛇口である。
「ふぅ……」
結局春香はトイレの洗面台から水を汲んできて、少し冷たい水で手ぬぐいを濡らし、それで男性の身体を拭いただけで終わらせている。
隣の空間に寝ている男性は当たり前だが、何も変わらずに骨と皮だけの身体で、腕などはステッキ然とした細さだ。
『ブー、ブー、ブー……』「ん?」『カチャン!』「ん?!」
中央の一番広い空間で何も出来ていなかった春香は、端末が震えた事に気づく。それと同時に隣の白いベッドがある空間から何らかの物音を聞いた。
「朝食か……」
見ると端末の画面には『朝食摂取時間』と表示されている。春香はまたも隣の空間を覗き込む。
隣の空間にあるテーブルには茶わんとそれに入れられたスプーンが一つ。
これまでの状況から言って、男性の朝食だろう。
「またか……」
春香は隣の空間に移動し、またまた茶色いペースト状の甘くてマズイペーストを男性に与え始める。
すでに慣れ始めているのか、慣れつつある動作になってきている。
「はぁ……お腹空いた、私には……」
またまた中央の空間・壁に付けて置かれたテーブルに変化がある。
テーブルの上には大きくて白い蓋付き茶わんが一つ。隣には黒いお椀が一つだ。
『チャワン!オワン!』
蓋を取ってみるとそこには、鶏肉が散りばめられた野菜炒めの丼ぶりと、お吸い物である。どうやら”茶わん”ではなく、”丼ぶり”らしい。
春香は無言で箸を持つと、それを食べ始める。
椅子は無いので立ち食いだ。春香としては行儀悪い事だが、椅子が無いのだから仕方がない。
さすがに絨毯の上に食事を置き、地べたに座って食べるよりも良いだろう。
春香は食べる。お吸い物はダシが効いた透明な液体に、椎茸と麩、ノリが効いた汁物だ。旨い。
丼ぶりは野菜がシンナリして火が良く通った物だ。白菜にキャベツ、ニンジンや玉ねぎが味付きの出汁と絡められて良い味を出している。アクセントに鳥モモ肉やささ身肉が散りばめられていて、ごはんが進む逸品となっていた。
「あぁ……」「ガチャ!」
しかし、如何せんの立ち食いで、どんぶりが重い事もあってか、手が疲れる物となっている。春香としては椅子に座ってゆっくりご飯を食べたい所だが……
「あー……疲れる……なんで椅子が無いのよ……あ!……そうだ……買えば良いのか……」
春香は食事もそこそこに、タブレットの端末を操作し始めた。
インターネットは一応見れるので操作を続ける。タブレットは改造されているのか、文字入力が出来ず、ダウンロードやインストール等は出来ないが、通販サイトにアクセスしたり、画面に出てきている情報は最新情報にアクセス出来る物になっていた。
春香は端末操作を続ける。
ヘッドラインニュースには最近起こったニュースが並べられている。
「国内為替情報に、株価情報、地震速報に芸能ニュース、清虹市で起こった傷害事件ニュース、……」
どうやら現在地は清虹市に居ると言う位置情報はあるらしく、清虹市に関連した情報が多い。
「……」
春香は静かに端末を操作していく。
「うっそ……学校が明後日から?……」
春香は自分の通う、清瀬小学校にアクセスしたらしく、勝也の家に電話された内容を知る。
「はぁ……どうなるの……」
春香はタブレットを操作した主目的を終わらせて、どんぶりを持つとごはんを食べ始める。




