#179~力は動けない~
「いっ、いやっ……”無言で法力を……”って、そんな……まだ”指鳴らし”で成功するのが半分もあるかどうかわからないんですよ?……それをいきなり……」
勝也は飯吹が突然言ってきた事に対して、勝也が法力を発現する時に『パチン!』と親指と中指で音を鳴らす、法力初心者がする動作が無い事を言う。
「いーやっ!あれは法力だねっ!……今は無いけど、法力に反応する機材で測定すれば”厳重注意・中期観察処分”ぐらいは出る?かなー……」
飯吹は法力警察の”~無免許法術師に対して~”マニュアルを説明する。少し意地になっている様な言い方だ。
「……まぁ、”無免許法術師達が法力文言を変にモゴモゴ小さい声で発言して、法力が暴走する危険!”指導対応マニュアル”のせいで法力無免許で法力を使う人に厳しい対応してるのは分かるけど……」
どうやらそれは法力のメッカである清虹市ならではの、もっぱら子供たちを守る為のマニュアルらしい。
日本は法力を免許制にして、その力を運用して享受している法力運用国家だが、清虹市以外の市町村ではまだまだ普及しているとは言えず、無意識に法力を使う者は”まず”いない。
過去の文献では人が湖の上を歩いたり、見ている物が突然燃え出したり、内出血等を手で擦っただけで治したり、高い所から落ちても風に煽られて助かったり、風で飛ばされた物が同じ風に乗って運ばれまた同じ人の手に戻って来たり……と、”それ”らしい話があるにはあるが、そんな物は”奇跡”だの、”見えざる力”だの、”幸運”等と話のネタになるだけだ。
しかし、ここ清虹市ではそんな嘘みたいな奇跡でも、”取り締まりの対象”と因縁付けられてしまう。
「……」
勝也は絶句している。
勝也として法力は『水の○○』等と文言を発言する、法力技を使ってこそが法力だ。
「……あ、あの!でも、”水の温度をあげる”技ってありましたっけ?」
それでも勝也は”自分は法力を使っていない!”と言いたげに言葉を返す。
勝也の知識の中を探しても”水の温度を急激に上げる法力”は聞いた事がない。
日進月歩で研究が進められている法力でも、すべての事が出来る訳ではない。
「……ふーん、ん?……」
飯吹は勝也の”指摘”に疑問を覚え、口を開ける。
「……いや、まったく”その通り”で、水系法力技に水の温度変化は無いんだけど……」
どうやら飯吹もその考えは同じらしい。しかし、彼女は考えを言う様だ。
「……一応、水蒸発が初期段階に不発する事で、温度が上昇するって”新説”があったりなかったり……」
曰く、法力・水系統の新着情報では水の温度が増加する変化も”可能”という結論があるらしい様だ。
水蒸発は不発でも行使されれば”気化”により水の状態変化で”温度が下がり”、不発も不発なら温度が上がると言う。
「新説って……そんな事言われても……」
勝也としてはただ電気ポットを見ているだけで逮捕されていては敵わない言いがかりに思えてしまう。
電気ポットを見つめ続けて動かしている時は”電気ポットの調子が良い”ぐらいの認識だった勝也だが……
「……まぁ、”法育”の教科書に載る前の、研究発表段階でー……私も良くは知らない事だからねー。ウチの”ライちゃん”が『また面倒な事を……』とか何とか言ってたけど……」
法術の最新情報らしいそれは、まだ法力無免許の検挙対象に入っていない。
飯吹は持論の言葉を続ける。”ライちゃん”なる人物を勝也は勿論知らないが……
「……でも、勝也君、水系法力技に”温度変化の技”が無いってよく知ってるね?……法力の塾?、それとも”法術師”か、”法力教師”の知り合いかなんかいるの?……」
今度は勝也が歳に見合わない知識を持っている事を言っている。彼女の考えは最初から一貫してぶれていない。
「……これをどう説明して、”気を付けてね!”と言おうか迷ってたけど、法力に詳しいじゃーあーりませんか!説明が省けて助かるよー……はぁ、もう限界……」「あっ……そういう……」
飯吹の言葉足らずに気づく勝也だ。
飯吹は言葉尻をしぼめ”話は一旦中断!”と、言わんばかりに、背後にある食卓の椅子へ腰を下ろす。
飯吹の体は食卓へ横っ腹を向けているが、そこには厘の食べた朝食の食器が置かれていた。
「……どうぞ、これ……」『コン!』「コン」
勝也は厘の置いていった食器を下げて、飯吹の選んだカップラーメンをそこに置く。
カップ麺の横には小ぶりな砂時計が一つ。三分タイプの物である。
カップラーメンに砂時計は相性が良い。
電池が要らず、三分間を何も見ずに過ごすのと砂時計を見て過ごすのでは、視覚的に楽しめる砂時計を利用するのがベストパイだ。
「……おぉ!砂時計?……これまた小じゃれたアイテムが……」
飯吹は勝也が置いた物を見て反応すると口を閉ざす。それはそうとは言っていないが勝也にも”座りなよ”と言っている様な物だ。
今度は勝也の番だ。勝也はもう冷めてしまった自分の朝食が置かれている席に座る。
「……」
勝也はカップ麺と砂時計を待っている飯吹に空気を吐くと、話の続きとして釈明を話し始める。
「……あの、俺は”救急医師補助師”の資格を持ってるんです……だから法力については少し”だけ”勉強してて、簡単な法力技ぐらいは使えるんですよ。」
「……ん?……あーそれで!……なるほど……」
飯吹は勝也の答えを聞くと納得した様だ。飯吹が言葉を続ける。
「……あれは清虹市半島が昔”ガヤガヤ”してた時に、免許取得にまで手が出せないでいた看護師の為に出来た資格だからねー……そっか。澄玲ちゃん達は法力医師だもんね、確かにその子どもである勝也君ならある程度知ってて当たり前かー」
「”ガヤガヤ”?……」
勝也は”緊急医師補助師”について、その生い立ちや資格が出来た意味を知らないでいた。
ただ単に”法力医師になるのは難しい為に出来た簡単な人数合わせ”程度としか思っていない。
極端に言葉少なくなってきている飯吹に疑問をぶつける。
「……あの、母さん”達”って事は父さんも知ってるんですか?」
「うんー?……まぁね……大君だろー?彼は私の一つ下の後輩でー……ちょっとは有名な子だったからよく覚えてるよー……清虹市は昔、清敬学校しか無かったからね。私達の代はみんなが皆知り合いみたいなモンでもおかしくないよー」
「……あ、そうですか……」
確かに今でこそ清虹市は地方ごとに学校や店なんかがあるが、勝也の両親が学生の頃はまだ清虹市に”地方”なんて物は無かった……らしい。
「あの……それで今日は何が」『プルルル……、ガチャ……』「およ?……」
勝也が飯吹の来訪理由について聞こうとした所で雨田家にある固定電話が着信を知らせる。
清虹市にある固定電話は通称『スマートフィックドラインフォン』と呼ばれ、通話中のキャッチ保留から始まりグループ通話や、ファックス画像の受信・転送、通話着信転送や、留守電録音の転送、等のかゆい所に手が届く電話となっている。
この電話は呼び出しが自動で終わり、間もなく通話が始まると通話音声が流れ始める。
『……もしもし、朝から一斉通話の録音設定で失礼します。清瀬小学校の三年一組担任、神田圭介です。えー……早速用件に入らせてもらいますが、学校の開始日時をお知らせします。復旧工事が思ったよりも大分早く進み、一週間の休校予定でしたが、それを縮め、明後日から開校する運びとなりました。詳しくは学校のホームページを見て頂くか、電話を折り返して問い合わせる様に……』
「あ、学校の……」「……」
どうやらそれは、臨時休校が早く終わる旨を伝える用件の様だ。
『ペリッ、』
飯吹は神田先生の声をBGMに、カップラーメンの蓋を開ける。
勝也は飯吹の手元にある砂時計を見るが、それはまだ少し時間がある様に見える。
だが、それは測りだしたのが遅かったことを考えると時間は丁度な頃なのかもしれない……
『ズズズーッ……アムアム……』
『……今回の事件を学校側は重く受け止めており、児童の心のケアや、恐怖心を緩和する為、24時間体制で保健室の解放と、法力警察官を校内と通学路に手配します。つきましてはその説明会を……』
どうやら話は難しい方向に行っている様だ。話しは児童に向けての言葉ではなく、保護者達に対しての物となっている。
「あの……」
勝也は飯吹に二つ目の疑問をぶつけた。
「……春香について何かありましたか?……テレビでは……春香について何も言ってないですけど……」
「……うん……それが……」
飯吹は歯切れ悪く口を開けて止まっている。
「……言っても良いのかな?……まぁ、”関係者”だし、いっか……」
捜査をする上で軽々しく言ってはいけない事だが、幸いにも飯吹はかん口令を出されたり、守秘義務を負わされていない。
「それが……何にも音沙汰無しなんだよねー……普通は身代金の要求とか、何かの要求を言ってくると思うんだけど……テレビに関しては知らないな、多分……市長さんがいろいろ手を回してるんだと思うよー」
「……そう、ですか……」
勝也は何も出来ない一般人だ。
それはまるで、勝也が食べずに干からび始めているその手の中にある茶わんの白米の様に動けていない……




