#178~力のどうかしている告白~
「カップラーメンはここにあるヤツしか無いんで……ここから選んでお湯を入れられる様に準備しといてください。……俺は30秒ぐらいでお湯を沸かしてるんで……」
「おぉぉ!……ありがとーございますっ!」
勝也はキッチンの一角にある棚へ飯吹を招き、いくつかあるカップラーメンから一つを選ばせていた。
飯吹は自分の子供がもし居たら、それぐらいの歳でもおかしくない勝也に敬礼して敬語を使っている。
「……じゃ、じゃあ……『「おぉおぉい!種類一杯、夢いっぱい!カップラーメン、ヤッター麺!」』……ど、どうぞ……」
『……キュゥ』『ジャー』『ゴボゴボ……』『ドンッ!』『パチン!』
勝也は飯吹の態度に調子を狂わされているが、電熱式コンロに置かれた電気ポッドを持つと、コンロの隣に置かれている水道の水を入れる。
ちなみに、飯吹の主食はカップラーメンだ。決してお菓子を想像した訳ではなく、純粋に喜んでいる。主食の他は時々の頻度で唯一一人いる同性の同僚が作る手料理を食べている。
雨田家に常備されているカップラーメンは筒状の細長いカップの物ばかりだが、赤い色のカップの物や、黄色いカップの種類、青いカップの色の種類や、黒いカップ麺、白、茶、無色、紺色の物と、飯吹がどこかで日常的に見るような物が沢山ある。
「ん~ー……」
飯吹は”もはや芸術なのでは?”と思えるような配置で置かれているカップラーメンに、どれを選ぼうか迷っていた。
「……やっぱ、私は……赤かな……」
飯吹は本能的に、自分が仕事で使うカラーのカップ麺を選ぶ。
色が少ない物ばかりでも、棚一杯に綺麗に並べられているとそれはため息が出る程美しい物だ。
赤はグラデーションで端に置かれることもある為か、この棚でも端に置かれている。
この芸術の作者は勝也の妹の厘だが、勝也はそれを特に止める様に言う訳でもなく、むしろ厘の指定してきたカップラーメンをいつも買い足して来ている。
「ふーん、ふーん、ふーん……『ポツ、ポツ』『ベリィ』『カパッ……』『ガサッ、ガサッ……』……ふーん……」
飯吹が鼻歌を歌いながら、カップラーメンの透明なプラ包装を破き、カップラーメンの蓋を開けて中からスープや乾燥薬味をカップの中に入れていた。
『ゴトン……』
勝也はそんな飯吹を横目で見つつ、電気式コンロに専用の電気ポッドを置く。
電気式ポッドは400ミリリットル程までの水を加熱するのに時間が早く、電力は他のガス等のエネルギーより少なく済む。
ガスや灯油等の加熱では低い温度の水を温めるのに温度が上がるまで時間がかかり、少ない水なら電気で沸かした方が時間も資源もエコである。
ガスや灯油等で加熱して水を沸かす場合、暖房のついで・1リットル程度以上の水・温かいお湯を再度沸かすが良いとされている。
「じゃー水を沸かします……」『カチッ!』「はいはーい!お願いしまーす。……ん?」
勝也はコンロについているスイッチを入れて、電気ポッドに視線をむける。
電気式の安全設計のコンロなので、今勝也がそうしている様に温めている物の前に別に居なくてもいいコンロなのだが、勝也は一昔前のガスコンロの様に電気ポットを見張っていた。
今の清虹市の家庭では逆に不思議に思う様な光景なのだが、飯吹は物珍しそうに勝也を見ている。
「……んっ!?」『……グッグッ……』
飯吹が勝也を見ているうちに、電気ポッドから水が沸騰する音が聞こえてくる。
まだ30秒も経っていないが、速いタイプの電気式ポッドならこれぐらいなのかもしれないお湯が沸く早さだ。
『……グツグツグツ……』『ポチッ!』
電気式ポッドのスイッチが独りでに解除される。
『カチャ』「……お湯が出来ました。カップラーメンを、……って、……どうしました?」
勝也がポッドを持って飯吹に向かってカップラーメンを出す様に言うが、飯吹は難しい顔で「むぅ……」と唸っているだけで動こうとしない。
「あ、あの……」
”この人……どうかしている?”としか思えない勝也だ。
「……ちょっと失礼!」「……あ、はい……」『……グツグツグツ……』
飯吹は勝也の手から中でお湯が沸騰しているポッドを左手で取り上げる。
「うん……アチチっ!……やっぱり熱いなぁ……」
そうしてグツグツ言っているポッドの蓋部分を右手の指で触り、熱いのを確認する飯吹だ、触ったのは一瞬なのでやけどする程ではない。
「”※危険なので良い子はマネしないでね!!”」
「……えぇ……」
飯吹は勝也にそんな事を言う。
「……むぅ……ちょっと換気扇を……」「はぁ……」「生成!」
ポットに向き直った飯吹がそんな事を言ってコンロの天井に向かって宣言する。
勝也がコンロを操作盤で換気扇を動かす前に飯吹が『ブォォォオ!……
と、嵐の様な強風を発生させた。
『ギギィ、ガガッ!』『バタバタ……』「「あっ……」」
コンロのある天井に取り付けられた換気扇が悲鳴を上げながら回転しだし、換気扇の外にある仕切り版が”パタパタ”と開いて、強風の暴力がキッチンを襲う。
カップラーメンの芸術がまず崩れ、キッチン全体が見るも無残な物になっていく。
調味料や料理器具はすべて引き戸や引き抜く棚にしまわれている為、何かがキッチンにぶちまけるようなことにはならないが、外に出ている物の位置がずれたり横になったりと、このキッチンをよく使う者が泣き出しそうな事態になってしまった。
「御免御免ゴ……」
「……ま、まぁ……俺が出来る所は直しておきます……」
記憶力の良い勝也が惨状の回復に名乗り出る。
ブォォォ『ガタンガタン!』ォォ……』
換気扇の先にある蓋が飯吹の生成した風で開けられる程度の風が送られている中で飯吹が次の行動を始める。
「……ではでは、んー……出来るかな……水の……蒸発!」
『グツグツグッ……』
飯吹が発現した水系法力技は液体を蒸発させる技だ。
液体が蒸発して気体になる事を”気化”と言い、気化する時に液体は自身の温度エネルギー・つまりは熱を奪う。そうして温度が下がる。
冷感タオルや、ヒャッとするタオル・肌着と言われている物はこの原理を使っていて、軽く濡れている状態なんかでは寒いとすら思うだろう、つまり気化で奪う熱は思ったよりも大きい。
水が沸騰し続けても100度となり続けるのは気化して冷まされて100度となっているのかもしれない。
元々、水が沸騰する温度が100度として決められていたり、水が氷る温度を0度と決められているのが真理なのだが、そういった事を忘れてしまう事柄だ。
「ありゃ?……失敗か……、……まぁ……冷えたから良しとしよう……」
『ジャバ―……グッグッ……』
そうして飯吹は水系法力を無免許で行使するが、それをそのままキッチンのシンクへ水に流す。
「あのー……何を……」
勝也は堪らずに声をかける。飯吹の行動が不可解過ぎる。
「およ?…………ああ、換気扇なら大丈夫大丈夫、”これと同じ型のキッチンで”散々同じことしてたけど壊した事無いし、……それよか君はちょっとあっち向いててねー」
飯吹は勝也の言葉に取り合わず、勝也をリビングの方へ向かせた。
『キュゥ!、ジャーゴボゴボッ、ドンッ!、パチン!ポチッ……』
先程勝也がやっていた動作を、勝也の後ろで一度にテキパキやっている。速い。相当慣れた動作の音である。
「あれ?ウチに居た事あるんですか?……おっ!」
勝也は迷いない動きの果ての音を目で確認しようと振り返ろうとするが、飯吹に頭を掴まれてしまった。
「……はーい、ちょっと動かないでねー……えーっと……君の疑問に対する答えはー……ここには初めて来たよー……ふふん!なんでかと言うと……昔の家は全部同じ所が作ったからねー、私の”育った所”とおんなじ造りだから、このタイプの一軒家は慣れてるんだなー」
「あ……そういう……」
勝也は飯吹に頭を何かで固定されている。頭に何かを乗せられているのだが……動けないので”ナニ”で固定されているかワカラナイ……
『………………………………』
『………………………………』
いつもは30秒とかからないお湯沸かしだが、長く感じている。水の量が多いのだろうか?
「……グッグッ……」
「……うーむぅ……やっぱり、”特注”とかではないかぁ……はい、良いよーカップラーメンにお湯をお願いしまーす……」
いつもより倍以上の時間が掛かった様に感じてから”何らかの”戒めが外れ、勝也が顔を向けると、そこにはいつもの様に中のお湯を『グツグツグツ……』と沸騰させている電気ポットがある。
「じゃ、じゃーお湯を……あれ?」
勝也がポットの取っ手を掴み、持ち上げてみるとその違いに愕然とする。
お湯が半分は無いにしても、先ほど勝也が作って見せたお湯より少ない量であった。
「あれ?……いや、……えー……っと……まぁ、……カップラーメンにお湯を……」
「ハイ。」『カッ』
「あ、ども……」
飯吹が差し出したカップラーメンにお湯を注ぐ勝也である。
『トポトポトポ……』「お湯の量、ピッタリですね……」
お湯を注いでみるとカップ容器の中にある線丁度にお湯が注がれた。
カップラーメン等を造る際、出来るだけお湯が余らない様に少なく・けれど足りなくならない様に少し多くのお湯を沸かすのが普通だ。
しかし飯吹が用意したお湯は標準的な細いタイプのカップ麺の適量であり、年季の長さと同じ動作を繰り返して覚えた熟練の一日の長がある。
「勝也君……でイイよね?……」
飯吹は勝也に目線を合わせて口を開く。
「……君は無言で法力を発現している特異な法術師だ。その力は危ういし、今はまだ現役の法力警察官として、コレは見過ごせないなーー、……これからどうしようか?……」
「……はっ!?」
勝也は飯吹に重大な告白を受ける。
”君、法力、使ってるよね?”と……




