#174~力の訪れ~
月曜日の朝、世間は前日に起こった個人の事情を無視して始まる。
『ふぁ……』
勝也は一人、二階の自室で目覚めた。
昨日の金山邸ではいろいろと熱くなっていたが、どうする事も出来ずに帰ってきている。
勝也達母子は”景が食べる残り物の賄いと、夕食会で余った食事を晩御飯にどうか”と勧められたが、春香を攫った誘拐犯からの来るかも分からない電話を待つ金山夫妻に顔向け出来ないと澄玲がそれを断っていた。
最後は秋穂の運転する車で雨田家の家まで送り届けられている。
厘は最後まで金山邸のご馳走を食べたがっていたが、澄玲に春香の身を持ち出されて諭されていた。
カーテンの隙間からこぼれる日差しに目を細める勝也は、いつものルーチンに沿って動き始める。
「……今日の学校は……」
勝也はそんな事を言って、勉強机・ランドセルの方へ意識を向ける。
しかし、いつも寝る前に用意しているランドセルは蓋が開けられて中身は入っていない状態だった。
「……ぁ、休みか……」
今日も今日とて清瀬小学校は今日から本格的に臨時休校としてお休みだ。
清瀬小学校の決まりとして、特別な臨時休校時は法事や家庭の事情等でなければ、自宅で過ごさなければならない。
つまりは本質的に外出禁止である。
もし出歩く事があったとしても、精々が友達の家に遊びに行くぐらいであり、児童だけでお店等の公共な場所へ遊びに行く事は本来学校に行っているハズの時間は禁止となっていた。
勝也達清虹市の学生……と言うか、清虹市民は一人一人がそれぞれ一枚のカードを持っている
それは”清虹カード”と言い、清虹市内で使える電子マネー・地方通貨をチャージして支払いができるプリペイドカードだ。
学生なら学生証、社会人なら社員証等を紐づける事ができ、公共交通機関ではかざすだけで支払いが出来たり、公衆電話にかざせば通話する事が出来る。
地方通貨の単位は虹元円となっていて、1虹元円=1円だ。
日本円→虹元円は簡単に出来るが、虹元円→日本円は出来ない物となっている。
代わりに、”虹元円での買い物は10円お得!”等の様々なサービスを各企業が行っている為、清虹市の市民としてはこれを使わない者は少ない。
清虹カードには持ち主の顔写真が印刷されている訳ではないが、機械でスキャンすれば中に入っている顔写真データが表示される為、お店にあるレジ等の機械・学校の機械等で逐一本人確認が出来る仕様となっている。
それでも日本の現金である”円”を使う人は少ないながらもいて、清虹市から出て行く可能性のある者は多くが”円”払いなので利用頻度としては半々か少し虹元円が優勢な所であった。
提携している一部のクレジット会社や銀行のカードとも紐づけて使え、お店のポイントカードも紐づけられるそれは、言わば”何でも機能が付けられるカード”となっている。
未成年者のカードには保護者の意向で機能の削除や付加禁止、地方通貨のチャージ上限で違いがあり、小学生の低学年では本人確認の道具としてしか使えないのが大半だ。
『ピンポーン!』
雨田家に来客を告げる音が鳴り響く。
「ん?」
勝也が時計を見れば、まだ時間としては早朝の時間だ。
母親の澄玲は仕事の為、すでに起きているハズの時間だが、この時間に家を訪ねられるのはほぼ無い時間である。
『………………キィ……「『プチッ、』はいはーい、どちら様ですかー?……あれ?」』
勝也はベッドから起き上がり、部屋のドアを開けて階段の下を見れば、朝は意外にも速く強い、厘がインターホンを受けていた。
おそらく、朝の支度をしている母親・澄玲に頼まれたのであろう。
「ん?」
勝也が見るに、パジャマ姿の厘は間違った事はしていない。しかし、何やら困っている雰囲気だ。
勝也は階段を降りて行く。
「んー?……もしもーし!?……あれ?」
「どうした?厘?……」
勝也は、玄関扉の外を移すインターホンに向かって叫ぶ厘に声をかける。
外を映すインターホンの画面はなぜか暗い。
”応答”ボタンを二回押してしまったのかとインターホンの応答表示を見るが、インターホンはしっかり機能している緑ランプが点灯している。
「……インターホンが壊れたか?…………っ、……厘、そのまま声をかけ続けてろ。俺が直接見てくる。」『ガチャン、ギィィ……』
勝也はそういうと、そのまま玄関で靴を履き、パジャマ姿で扉を引き開ける。
「うん、勝兄ぃ頼んだ。もぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーしぃーーーーーーーーーーーーーーーーー、もぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、しぃーーーーーーーーーー……」
厘の間延びした声を背後に勝也は外を見る。
しかし、これは咄嗟の対応として良くはない。
こう言ったインターホンを鳴らし、家人は何も解らない様にして、それを不審に思って様子を見に出て来た所を押し入ったり、暴行される事がある。
今回のケースはそれに酷似していると言えるだろう。
「なっ!何をやってるんですか!」
勝也は玄関扉を開けた所でインターホンを鳴らした人物を視界に入れると堪らずに叫ぶ。
『……ちょっ……むぐぅぅ……』
そして勝也はその来訪者にタックルをされ、顔を圧迫される。
その目にも止まらぬタックルは、素人のソレではない。そして、”柔らかい脂肪が”顔全体を覆う。
その素早さと顔全体を覆う手の速さは強盗も顔負けの速さだ。
小学生の勝也にそれを防ぐ手立てはない。
「あぁ!勝兄ぃ!」
厘の叫び声はその声量にしては良く通る声で雨田家を駆け抜ける。
「……ちょ、ちょっと?何!……」
澄玲が厘の叫び声で家の奥・キッチンから出てくると玄関の現状を見る。
玄関では中から見ると引く形の玄関扉を押し開けてタックルをかましている来訪者が一人いた。
「な……どうして貴女が……ウチに……」
「あ!ども澄玲ちゃん!ちょっと勝也君に用事があって……」
澄玲が見る先に居るのは金山邸でチラと見た女性・飯吹金子その人であった。
「ちょ……ちょ……苦しぃ……」
勝也は飯吹の胸に顔を覆われて空しくうごめいている。




