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力の使い方  作者: やす
三年の夏
174/474

#173~コースの力~

#168~力のコース~

のBパート的話になります。

『ブーブーブー……』

タブレットが振動を始める。

「んっ?……そろそろ……」

今日何度目かすぐには解らない程これを経験していた春香は、朝目覚めた中央の部屋にあるタブレット端末の画面を見る。

「晩御飯か……」

時間的に予想を付けていた春香はそれが的中していた。

タブレット画面には『夕食摂取時間』と表示されている。


「……っ……」

これも何度目か解らない事として、タブレット端末の置かれたテーブル反対側、空間を遮る壁に春香は張り付くと顔を伸ばして、目だけを隣の空間に向ける。

「……またか……」

隣の部屋には白いベッドとその奥の壁にテーブルがあり、そのテーブルには今日これで三回目、茶色いペースト状の甘い物体が入っているであろうお椀が乗っている。

昼にあった茶わんは下げられている所を見るに、誰かがどこからか現れて、空になったお椀を下げ、中身の入ったお椀を置いていったのだろうか?

「……ちょっと試して見るのもアリかな……」

春香はこれまで、男性の食べる分のお椀や、春香が食べ終えた食器は律儀に出てきた所に戻していたが、一度他の場所に置いたり、春香がずっと持っていても良いかも知れない。

犯人をいたずらに刺激するのを避けていた春香だが、律儀にジャージ集団は春香に姿を見せていない。

少し気が大きくなったとしても、それは仕方がないだろう。


いつか知識(ノウレッジ)が言っていたように、ジャージ集団からの接触は一度もない。

この場所を用意するのも含めて、かなりの手間をかけて準備をしている様だ。


「……まぁ、私は何にも出来ないけど……」

春香はそう最後に言って歩き出す。

今日はこれで三回目と言うだけあり、さすがに白いベットで寝ている男性に恐怖は感じなくなりつつなっていた。

春香は隣の空間を覗き込む。

「……」

お椀の中にはやはり、ペースト状の茶色いクリームが入っていた。

「……」

春香はこの味が好きではないのでもう食べてみようとは思っていない。

「……っ……」

茶わんに入れられていた透明スプーンで茶色いクリームを掬う。

この動作に慣れつつある春香は苛立ちを少し覚えつつ、この男性が”また”苦しむ姿をさせまいと慎重にスプーンの先を男性の口元に運ぶ。

『カッ……』

スプーンは男性の口に入れられ、男性の上の歯と下の歯の隙間にねじ込まれる。

『スッ……ススッ……』

スプーンを横に動かし、犬歯でスプーンを噛む様にさせ、春香はスプーンを優しく抜く。

「……」

茶色いクリームは絶妙な重量と硬さでスプーンから落ち、男性の口の中に運ばれる。

『……』

春香はその後の男性の喉元を見つめていた。

『……ンッ……』

男性は一応自分で嚥下しているらしく、苦しんでいる様子は見られない。

春香が今見ている、首より下は枯れ枝の様な四肢で、とても生きている人間のそれとは見えないが、ジャージ集団が色々な事・春香を連れ去る様な悪事をやって、生きながらえさせているのだろう。

こんな、死んでいてもおかしくない男性の面倒を見る人選に、なぜ自分が選ばれたのか春香は解らないが、捕らわれて連れてこられてしまっていてはどうしようもない。

春香はそんな思いを募らせながらお椀の中身を掬っていく。


「はぁ……」「カリッ、」

春香がそんなため息をもう何度したか解らない時、春香の手元から異変があった。

「え?……あっ……」

見ればそれは何のことはない、既にお椀の中身は無くなっていた。

「……」

春香はお椀を手に持ったまま、隣の元居た空間に歩き始める。

今回はお椀をテーブルに戻さない抵抗を実行していた。

特にこれの意味はない。

このまま戻ればどうなっているのか?

これまでの二回で言えば、春香が日中居る空間のそこには春香の夕食が置かれているハズ。春香の無駄な抵抗を察知して晩御飯が無い可能性もあった。

「あっ……あるんだ……」

見れば、タブレットだけが置かれていたテーブルには”またも”お盆が置かれている。

夕飯のお盆にはある程度大きなお椀と、小さく少しの深さがある皿が、それぞれフタが乗った状態で置かれ、お盆の中には銀色のスプーンと箸が添えられていた。

タブレット端末は今回も同じくお盆の端にある。


春香は隣の空間から茶わんを手に持ってきつつ、少しの空腹に突き動かされていた。

ハッキリ認めてしまうと、ここの食事はうまい。

認めたくないが上品な味で、下味がしっかりとしているそれは出来合わせで軽く作った物・買ってきた物ではない。

全ての料理に力を注いでいるそれは、恐らく春香向けに具材を小さくカットしたり、煮込みや焼きをしっかり入れている物だ。

……いや、もしかしたらジャージ集団とは別の組織が用意している食事かも知れない。

春香は持ってきたお椀を左手に、空いた右手でお盆に載っているお椀の蓋を開く。

『オワン!』

お椀の中の一品は温かく、気圧の関係でお椀と蓋はくっ付いていた。


お椀の中は白っぽくも黄金色……いや、無難に安っぽく言うと、クリーム色の液体があり、芋やブロッコリー、玉ねぎと”赤いアレ”、肌色の塊は……おそらく鶏もも肉が入れられている。

玉ねぎ特有の酸味と乳製品の匂いが香る、クリームシチューが入っていた。


「んっ……」

春香は匂いだけで唾液が出てきているのを自覚する。

”これはウマい!”と、湯気立つ白いのか金色なのか解らないクリームが言っていた。

春香はもう一つの小さくも深い皿の蓋へ右手を動かす。

『シャラ……』「……まぁ……」

それはシチューと比べると見劣りする一品である。

恐らくは、ほうれん草とトウモロコシの青と黄色っぽい生野菜だ。

トウモロコシは粒が大きく、丸々とした粒になっている。

機械でカットした様な、粒が半分になってしまっている切り口が”無い”コーンとなっていた。

「んっ……」

春香はお盆に置かれていたスプーンを取る。

立って食べるのには抵抗があるはずの春香だが、椅子が無いのだから仕方がない。


春香は左手にお椀があるのも忘れて、シチューにスプーンを入れる。

芋や玉ねぎ等の野菜は、柔らかさで言うと少し硬い。

だが、硬すぎる訳でもなく、表面が柔いそれは煮崩れる前の野菜たちである。

ふにゃふにゃでぐずれた野菜のシチューがそれほど好きではない春香にとって、的確に趣向を満たしてくれるシチューだ。

まずは手始めに、芋を掬い、それを口に運ぶ春香。


「……いただきまぁ……」

食事の挨拶を危うく言う姿は歳相応に可愛らしい。

もしかしたら春香はシチューが好きなのかもしれない。

「っ!……」『ムグムグ』

芋は煮込みすぎていないが故に、芋の味がしっかりと出てきている。かと言って芋にシチューの液体が染みていない訳でもなく、硬い所は勿論ない。

シチューの液体部分がトロトロの甘味を伝えるが、その甘味を打ち消す様にして芋の歯ごたえ豊かな触感は主張してくれる。

かと言って、芋の土臭さが香る前に芋は崩れ、シチューの甘さを舌に思い出させてくれる煮込み具合だ。旨い。

「……っ……」『カッ……』

堪らず次の一手を出す春香はスプーンでお椀の底を打ち、音が鳴るのも構わずに玉ねぎと汁を掬うと口に運ぶ。

「……っぷはぁ……」

今度の一口は汁の甘味と玉ねぎの酸味が鼻をくすぐる一口となった。

芋で口の中の水分を取られていた春香にはシチューの旨みを否が応にでも再認識させられる。

牛乳がうまく、そしてコンソメが良い味を出しているのだろう。

玉ねぎのシャリシャリした食感は口の中の旨みを引き立たせてくれている。

『……』

次の獲物は肌茶色の恐らくは鳥肉だ。

スプーンで掬った限りではやや硬い肉の塊となっている。

「んっ……」

春香は少しの汁に浸かった肉を口に運ぶ。

「んん~……」

肉を噛んだ瞬間、肉の柔らかさに気づく春香。

鳥肉はトロトロのシチューで煮込まれたため、プルプルな物となっている。

やはり、シチューに使われているコンソメが良い味を出している。

何度もそれを感じてしまう。

シチューは甘く、それでいて様々な物が詰まった、ただ甘いだけではない味を堪能させてくれる。

『……カシャ……』

最後はシチューには欠かせない”赤いアレ”……ニンジンだ。

春香はニンジンを克服している。食べられるハズだ。

「……」『パクッ!』

息をとめてスプーンを頬張る春香。

『ポクポク……』

一心不乱に口をモグモグと動かしている。

『っぷぁ!……』

咀嚼した後に息を吸う春香は息を止めていたらしく、頬を染めながら息を吸っていた。

ニンジン特有の苦みが口の中に残っているが、これなら我慢して食べられるだろう。

春香にはまだ、ニンジンの旨みを楽しめる程ではないらしい……


子供は大人と違い、舌が敏感なので苦みや辛さ等の刺激には弱い。

春香がニンジンを味わうには、もう5,6年必要なのかも知れない。

息を止めている間は苦みなどは薄まるのを知ってからニンジンは克服出来たと思っていたが……

勝也はこれを普通に味わって耐えているのだから、春香と厘には遠い存在に思えているだろう。


……ともかく今は夕飯だ。

春香はもう一つの皿、ほうれん草とトウモロコシの野菜を食べ始める。

ほうれん草はシャキシャキしている箸で触った食感も良く、春香は少し青臭い事を我慢すれば美味しく食べられる素材だ。

スプーンを箸に持ち替えて緑の野菜をつまむ。

「……んん……取りづらいなぁ、、あむ……むっ!」

トウモロコシがつかみづらく、これならスプーンでも……と思い始めた春香はやっとの事で箸でそれをつまみ、口に入れてからある事に気づく。

春香がほうれん草と思っていた緑の野菜、”嫌にぬめぬめしているなぁ……”と思ったが、これはほうれん草ではない。

これは”ワカメ”だった……

どうやら夕食は”シチューとワカメのコーン添え”だったらしい。

「んん……ワカメ……旨いな……」

ほうれん草と思って食べてみればワカメで、ほうれん草の様な青臭さではなく、塩気のある柔らかい舌触りにトウモロコシの甘味が際立つ。旨い。


こうして春香はワカメ尽くしの三食をたべて満足するのであった。

いつもよりだいぶ遅れてしまいました……

申し訳ありません。

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