#166~力の独り~
『ガヤガヤ……』
『皆さま、ご静粛にお願い致します。……』
水上は大広間に株主が訪れてそれぞれが席に着いたのを見ると、大広間の北側で株主達の方を向いて座っている金山家の横・大広間の北東端に立ち、今はマイクを片手にしている。
株主達に声が聞こえる様に用意したマイクの根元にはコードが無い。
「パゥ……」
どうやら無線で音が飛ばされており、大広間に置かれたスピーカーからその音が出てきている。
ハウリングが起こりかけるが、機材やシステムが良い物なのかそれは即座に収まった。
『……っ、、、』
それに気づいた株主達は静まり返り、大広間の端・スーツに身を包む女性に注目している。
集まった株主たちの耳目を向けられているのを確認すると、スーツ姿の水上は言葉を続けた。
『……皆さま大変長らくお待たせ致しました。これより金山家が経営するグループ企業・”ゴルドラ”グループの決算報告会を執り行います。……司会は私こと、グループ会社の一つ”ゴルドラファミリー”代表の水上藍が務めさせて頂きます。』
水上藍は場慣れしている様子で自分を紹介する。
水上に与えられている長テーブルには屋外や玄関から二階の大広間までを誘導していたエプロンドレスで衣装を纏められた者が一人が座っている。
彼女はまだ年端も行かない幼い女の子で、名前は水上美衣。
今マイクで大広間に声を響かせている水上藍の娘の様だ。顔の造形はとても似ている。
歳の頃は春香や勝也と同じぐらいか、それよりも歳上の印象がする年頃だ。
姉の水上舞よりも物腰がお淑やかで平均年齢が高い大広間内では場違いな程幼いのだが、浮いている様子は全く見られない。
彼女は大人の空間に慣れているらしい。
「それでは、今夜出席されます経営者・金山家の方々をご紹介致します。」
大広間の端に立って進行させている水上藍は決算報告会を始めるに当たって金山家の紹介を始める。
ここに集まっている者は皆知っていてもおかしくないのだが、様式美の趣がそれにはある。
「グループの形態をお造りになられる前の企業・”ゴールドラッシュ”の最後の代表取締役を務め、現金山グループの代表取締役会長の金山限無会長です。」
『パチパチパチ!!……』
株主達が景気よく拍手を送る限無会長は大広間の一番北にあるテーブルから立ち上がり、水上の紹介を受け取って応える。
限無会長はマイク等を使わずに大声で名乗りを上げる様だ。
「……金山現無です。昨今、清虹市では反社会勢力が横行していると聞いております。……その様な情勢にも拘わらず、これほどの方に参加して頂き、ありがとうございます。こちらに少しの間、足を運べていなかった事・決算会等を開催出来なかった事、まことに申し訳ありません。……今後、ここ清虹市で幾度もお会いできる様にし、我がゴルドラグループの株をますます価値ある物となる様に精進致します。……金山現無の名の下に、この場・この時を持ってお約束致しましょう。清虹市に居る株主の皆様にはそれを努々忘れる事の無い様、お願いします。」
限無会長はそんな事を言い切る。
集まっている株主達は言葉の意味を咀嚼するように『ガヤガヤ……』ざわめき立つが、上手く言葉が胃に落ちていない。
「私からは以上……」
限無会長が水上にそう言葉を振って腰を下ろす。
『……』
株主達は一瞬間を置くが、その遅れを取り戻す様にして動き出す。
『パチ!、、、パチ!、、パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!……』
その拍手は遅れながらも熱狂的な性格を孕んでおり、株主達は限無会長の言葉の真意を読み解いた。
それはつまり、”株を手放さない様にして欲しい、もっと価値あるものにする用意がある”と言う事だ。
限無会長は当たり触りの無い口から出まかせを言う者ではない。
金山グループであるゴルドラ社の”何か秘策”があるのだろう物言いだった。
もともと株を手放す気が無い株主達には言うだけ無駄な言葉だが、これには需要と供給の、供給を高める働きがある。
勿論舌先三寸のリップサービスではないのだから、この発言には意味があるのだ。
水上は紹介を続ける。
「続いて、会長が育て上げた工務店の”ゴールドラッシュ”を継ぐ、現”ゴルドラ”の社長・金山一樹旦那様でございます。」
『パチパチパチ……』
今度はまばらながらも多くの株主が拍手を送っている。百人前後居る株主の三分の一以上は拍手を送っていた。
「ッ……」
水上藍の次女・水上美衣がエプロンドレスを翻しながらも音を立てずに移動して、マイクを一樹旦那様に手渡す。
一樹旦那様は危なげなくマイクを受け取るとそれに言葉を掛け始めた。
『ゴルドラ社の社長、金山一樹です。今日は皆様の休日を潰してしまう形で、急遽開催が決まった決算報告会で申し訳ありません。本当は春の初めに開催予定でしたが、ここ清虹市で決算会を開くために調整していた事をご理解ください。今日は皆様の良い一日になる様に致します。』
まるでゴルドラグループを自分で動かしている様な物言いだが、実際は限無会長の口一つで決まった催しである。
限無会長はそんな雑事には、”言うだけしか言わない”スタンスであり、一樹旦那様達・つまりは子供たちが言う事にいちいち茶々を入れない御仁だ。
一樹旦那様は限無会長と同じ職場を預かる身の上で、多少は限無会長の機微を予測出来ているのかもしれない。
一樹旦那様は優雅に一礼すると、静かに腰を下ろす。
『続いて、”ゴールドラッシュ”時代、取り扱う機材や作業着、備品類を扱う部署から独立し、昨今の幅広い分野でご家庭に製造・商品を提供している会社・”ゴルドラエレクトロニクスアンドアイテム”、通称”ゴルドラE&I”の社長・金山二月奥様です。』
『パチ!パチパチ!パチパチ!……』
今度は限無会長と遜色ないほど多くの人が拍手している。
しかし、幾人かは心の籠っていない拍手となっていた。
むしろ、これぐらいがちょうど良いともいえるだろう。
美衣は音を立てずに移動して一樹旦那様の所にあるマイクを二月奥様に差し渡す。
「ありがとねーん……」『ペコペコ……』
二月奥様は美衣にちょっかいを掛ける様にしてお礼を述べるが、美衣の動きはぶれずに役目を成し遂げた。
突然声をかけられた美衣は驚きつつも恐縮しながら、影を務める様にして会釈をするだけだ。
……二月奥様は何かと面倒な人なのかも知れない。二月奥様はマイクに向かって言葉を垂らす。
「どうも、”いつも貴方の傍にE&I”の二月です。テレビにも露出するので、見た事もある人がー……多いかと思いますがー、どうぞ♪よろしくお願いします♪以上です♪」
二月奥様は軽やかに自己紹介を済ませ、マイクを隣のテーブル・次の三城奥様が居るテーブル近くの方に置く。
それでも自分のテーブルの上にマイク置いたので、美衣のやる事はそれほど変わらない。
そこまでの距離も無く、大して意味は無い動作だが、本音としてはあざとい所作だ。
身体を右から左に向けて動かす動きで、株主の方へ向けて流し目を送っている。
二月奥様の配慮は嫌味になりすぎず、かと言って素っ気なくもない動作をしたと見れる。
それを証明するようにして、愛嬌たっぷりの笑顔を見せると腰を下ろす。
『続いて、”ゴールドラッシュ”時代、作業で使う重機や、従業員を乗せる乗用車・作業車を扱う部署から独立し、昨今のスポーツカーからワゴン車、特殊なトラック車両や、プロフェッショナルな車を製造・販売・提供する会社・”ゴルドラカー”の社長・金山三城奥様です。』
『パチパチパチパチパチパチパチパチパチ……』
今度はとにかく拍手が長い。
熱狂的に力を込めて手を叩く者はいないが……やけに長い。
美衣はまたも音を立てずに移動し、二月奥様が置いたマイクを拾って三城奥様にそれを持っていく。
「……」『ペコ……』
三城奥様は美衣に無言で手を動かして手刀を振るい、美衣は一番満足している様に頭を下げてマイクを渡した。
三城奥様はマイクに言葉を吐き出す。
「ゴルドラカーの社長を務める金山三城です。今日はお忙しい中ご足労頂き、ありがとうございます。」
三城奥様は簡素な自己紹介が済んだと見ると、四期奥様と秋穂が使っている隣のテーブルに一歩動いてそれを置いた。
その後、軽く会釈をしてから椅子に腰を下ろす。
「最後に、清虹市が抱えていた問題の放置子・清虹市に住まう第二世代の育児事情、・宿泊施設不足の解決を行うために限無会長が創設した宿泊施設マネジメント企業・”ゴルドラハウス”代表・金山四期奥様です。」
『パチ……パチ……パチ……パチ……パチ……』
最後の拍手はほぼ誰も拍手しておらず、拍手は一人だけしかしていない。
「ふっふっふっ……私だけか……」
それは少ない装いである和服、清田校長ただ一人だけである。
悪目立ちしてしょうがないが……他の者はただ見ているだけである。
四期奥様が代表を務める”ゴルドラハウス”は民泊等の斡旋や、宿泊施設として足りない家具等のレンタル・販売・仲介、等をして利益を細々と上げる団体だ。
家屋を所有している者に民泊経営の知識や、足りない設備の手助けを行い、大きな平屋や家屋を持っている者には学生寮や、賃貸業務を提案する等のマネジメントを紹介している。
また、”ゴルドラハウス”自体としては点々と宿泊施設を経営しており、その中に児童養護施設・学生寮・保育施設等があげられる。
風間千恵や風間景には金山家が所有する市外の別荘で宿泊施設や貸別荘管理をしている段階だ。
株価はあまり高騰しておらず、、この場に集まった株主達は、この”ゴルドラハウス”にだけは縁がある人が少ない。
『……』
四期奥様は立ち上がると頭を下げ、三城奥様が置いたマイクを掴むと口を開ける。
『”ゴルドラハウス”代表の金山四期です。今日はゴルドラハウス代表として、公の場では初めて1人の代表者として出席致します。皆さま今日はよろしくお願いします。』
『パチ、パチ、パチ、パチ……』
今度は何人かの人が拍手を送っている。
『パチ……パチ……パチ……』「ふっふっふっ……」
今度は何人かの者が拍手をしているおかげか、清田校長は満足したような面持ちで拍手をする。
立ち上がった四期奥様と座ったままの秋穂は頭を下げ、そののちに四期奥様は席に腰を下ろす。
水上は四期奥様の紹介が終わったのを確認すると口を開く。
『では、早速ですが、金山家の経営する四つの企業と、私が代表を務める会社の業績をプロジェクターでお見せ致します。その後、株主様たちからの質疑応答や、金山家の方達からの今後の方針を表明して頂きますので良く見て頂きますようにお願い致します。プロジェクターで写す画の撮影は可能としておりますが、フラッシュ等のライトはお控えいただきますようにお願い致します。……では照明が暗くなります。皆さまは足元にお気を付けください。お手洗いは皆様からみて右手にあります。ご使用の際は他の方のご迷惑にならない様にご自由にお使いください。』
水上はそう言うと、天井から映写機が降りてきて、現無会長の後ろにあるスクリーンへ画を投射する。
業績は利益を表した折れ線グラフで表しており、
”ゴルドラ”は赤線、”ゴルドラE&I”は黄線、”ゴルドラカー”は青線、”ゴルドラハウス”は白線、”ゴルドラファミリー”は灰色線でそれぞれ描かれ、黒線を五社合計の線として表している様だ。
赤線は始めに緩やかに下がるも、徐々に上へ行く線を表し、
黄線(ゴルドラE&I)は真ん中からスタートし、順調に上へ行く線を表す。
青線は真ん中より少し右側からスタートし、上下に上がったり下がったりしているが、総合的には右肩上がりの線を表し
白線は右のやや中央あたりからスタートし、始めは下を向いて徐々に横線になるも、また下がる線を表している。
灰色線はゴルドラと同じく左端からスタートしているが、ずっと横ばいの線を表し
黒線(五社合計)はスタートから横ばいを続け、途中で少し上がるもそのまま横ばいの線を表している。
金山家の業績はどれも右肩上がりだが、四期奥様が代表を務める”ゴルドラハウス”だけが足を引っ張る業績だった。
すみません……
金山四期奥様の姉”二木”奥様を”二月”奥様に戒名させてください……
もともと”二月”奥様で最初は行こうと思ったのですが、”二月”って……
名前としては紛らわしいかな……と思いましたが……やっぱり二月奥様でいかせてもらいます。
月の模様は見る時見る人によって女性の顔だったり、ウサギに見えるらしいですからね




