#164~力の思い~
黒いスーツに茶色いコート、白いハットを置いた白髪の老紳士は四期奥様の声を聞くと喋りだす。
「ふんっ、もういい。水上。人は揃ったんだ。お前が始めなさい。」
限無会長は四期奥様の言葉に取り合わず、力の籠った命令を椅子に座っている水上に飛ばす。
「はい。……皆さま、ご着席ください。」「まっ!……っ……い、いえ、お願いします……」
水上は立ち上がり、テーブルの前にまた出てくると、司会進行の言葉を張り上げ始めている。
彼女は四期奥様の視線を物ともせずにいた。
それを知っている四期奥様は言葉を取りやめて秋穂の隣の椅子があるテーブルに向う。
限無会長は迷いなく中央のテーブルに向かい、火口はそれに追従して限無会長を追い越し、椅子を引いて限無会長の手となり足となっている。
金山家の血筋にはそれぞれ特定の一族が世話役として幼い頃から行動を共にしている。
一樹旦那様には水上家の家系が、
二月奥様にはここにはいないが土井家が、
三城奥様にもここにはいないが土井家が、
四期奥様には風間家が、
限無会長には火口家が担当している。
金山家に仕える一族はこの四家系で固めており、選定は当主の限無が最初に決めている。
このお付き達の代表は水上家で、現在のそのトップはここで司会を任された水上藍だ。
世話役は子や孫が世襲して継いで成り立っていて、これも血を大事にしている金山家が始めた事である。
限無会長、火口、四期奥様が席に着くと、水上は自分が付いていたテーブルを空けたまま”報告会”を始める。ただし、それは決算報告会ではない。
まだ金山邸の外で待っている株主達は日光にさらされながらその時を待っていた。
「では、決算報告会の前に、金山家次期当主選定の加減算報告会を始めます。限無会長のお子様方にお尋ね致します。皆さん”パートナー”がおられますが、その方との破局や、新たなお子さんの誕生、その結婚、または、お孫さんの誕生とその婚約の報告はございませんか?……」
どうやら決算報告の前に金山家だけで集まって、”次期当主選定の加減算報告会”なるモノを始めるそうだ。
”次期当主”とは今の状態で分りやすく言えば金山限無の跡を継ぐ者だ。
金山家では長男や、当主の会社を継ぐ者が限無の後釜に就任すると言う訳ではないらしい。
水上は言葉を続ける。
「……では一樹旦那さま?三人のお子さんの御結婚はどうでしょうか?前に、”嫁探し”をしているとお聞きしましたが、その後はどうでしょう?」
一樹には息子が三人もいるらしい。一樹旦那様は応える。
「……息子にはいち早く結婚するように言っている。長男の王子は既に候補を何人かに絞らせていて、決定を急がせる。……私からは以上だ。他に変わりはなく、持ち点は前の七点と変わらない。」
「はい。解りました。わざわざ点数を言って頂きありがとうございます。……」
水上は一樹旦那様の答えに礼を言うと言葉を続ける。
「……では二月様奥様はどうでしょう?」
「私の子はまだ幼いからねー……っ、……あーでもー……実は……旦那とは別に、もう一人男を作ったんだけど?それは加算できるの?旦那公認だから……不倫って訳じゃなくて、公認のパートナーとして両立できるけど?」
二月奥様は見る者が後を絶たない美貌を兼ね揃えており、悪く言えば”ふしだらな”、良く言えば”恋心を忘れない女”と言うか……
水上は応える。
「……それは……どうすれば……行ってしまえば不倫で、言わば重婚の様な物ですから…………いえ……確か金山家家訓では……婚姻関係を破棄しなければ点数の減点は無かったと思いますけども……んー……」
水上は困っているらしい。
二月奥様は公然と不倫を言っているが、彼女の結婚相手がそれを認めているとしたら、それはどうすれば良いのか困っている。
「ふん、わが娘ながら……いい歳をしたアバズレめ……火口、……今一度ここで家訓を読みあげてやれ。」
限無会長は娘である二月奥様を悪し様に言うが、答えが出ない事を思い、そばに控える火口へと解決の糸口を見つけさせる様な命令を告げる。
「はい。……」
火口はスーツの懐から長い書類を折り曲げた紙の束を取り出すと、それを広げて言葉を続ける様だ。
「……これより金山家家訓を写しですが、原文のままで読み上げます。言葉遣いもこれに順じますのでどうぞよろしくお願い致します。……」
火口はそう了解を得てから読み上げ始める。
何度も行っている事なのか、動きと言葉に淀みは無い。
「……金山家家訓、
金山家家訓は金山家に連なるモノが絶対守らなければならない血の盟約である。
初代金山家当主・金山本の名の下に遺書・あるいは盟約書として以下にこれを記す。
この家訓は金山家当主の自宅に保管し、これの確認はそれぞれが作成した写しを使い、当主交代時にだけこれを開封して、書いてある事を遂行する。
なお、番号が小さいものほど効力が強い物とする。
番号①:金山家の当主は金山家の全てを所有する者とし、資財の所有者がたとえ違ったとしても、以下に記す以外は当主の命令を絶対とし、これを運用する。
これは金山家の中であればその当時在籍する国の法律よりも優先し、これを破るモノは金山家から除籍する。
金山家の当主は『金山』性を名乗る人物で、当主と同じ血が流れている事が絶対である。
当主交代は当主が死亡した時を基準として、当主死亡時にその当主に一番長く仕えた存命する側近が判断する。
番号②:次代の金山家当主は点数で判断する。
次期当主候補の婚姻・婚約関係の異性を一点、子を二点、子の婚姻・婚約関係の異性を二点、孫を三点、孫の婚姻・婚約関係の異性を三点……と、世代をまたぐ毎に加算する点数を増やし、この点数を多く持つ者を次期当主とする。
なお、点数が同数の当主候補が二人以上いる場合は、候補以外の金山家の血を持つ子や孫が女であれば一人に付き一点加算して点数を比べる。
それでも点数が同じ場合は所有する資産の価値や現金が多い者を次期当主として判断する。これは一円単位で見る物とし、例外は次以外は認めない。
例外として、資産も一円単位で同じ場合、先代の当主が懇意にしている者を当主とする。これは当主を判断する者の主観で判断する。
ただし、子や孫が病気や寿命以外の理由で死亡した場合・婚姻関係の異性とその関係をやめた場合は加算された分減点されるが、その減点は二倍とする。
なお、点数は当主が認めた加算・減点だけとし、それ以外の者・点数は戸籍に記してあったとしても加算・減点しない。
番号③:以上の事は如何なる場合も改変・削除・追加してはならない。
これを念頭に置き、当主は金山家の繁栄を約束する事。」
金山家のルールを、火口はスラスラと明瞭な声で読み上げる。
続いて現時点で次期当主を判断する者して二月奥様のケースの判断を下すらしい。
「……以上でございます。……今の二月奥様の異性パートナーがそれ良しとしていても、その婚姻関係が終わらない場合、その新たな男性と婚姻関係を結ぶのは重婚が認められていない日本では公序良俗に違反するとして婚姻・婚約関係は結べません。ですが……特異なケースではございます。他国では重婚が認められている事や、金山家家訓の冒頭にありますように、金山家の中でなら法律よりも優先されるので……口約束ではなく、書類で婚約を結ぶ場合は、次回の”加減算報告会”にそれを持ってきて頂ければ一点加算を認めます。……」
なんと、二月奥様の新しい男性とのお付き合いは金山家の中では認められてしまった。
ありえない、日本ではありえない判断である。
「「「……はぁ……」」」
四期奥様を始め、限無会長や、三城奥様は、二月奥様の自由奔放な異性関係に辟易しているのか、ため息をついている。
その空気を感じ取っている火口は言葉をつづける様だ。
「……しかし、今の二月奥様の旦那様がそれを怒って婚姻関係を破断させればマイナス二点になりますので……どうか慎重に行動なさってください。その新しい男性に意識を向けるよりも、お子さんの婚約相手を探す方が公序良俗的にも健全かと思われます。……これでよろしいですね?限無会長?」
火口は二月奥様を窘める様にして主君の限無会長に確認を取るが……限無会長はそっけなく対応する。
「……ふん、もういい、それを良いのか悪いのかは”お前”がいつか決める事だ。私はそれに関して感知しない。……」
『はっ……申し訳ありません……』「はい、では次に、三城奥様はどうでしょうか?何か報告する事はありますか?」
限無会長は言葉とは裏腹に少し機嫌を悪くしつつも水上に次を促す様に声をかける。
火口は小さい声で謝罪しつつ、水上が場の空気を換える様なタイミングで加算報告会の続きとして、三城奥様に何かないかを聞いている。
四期奥様が始めに限無会長の気分を害した為に少し不機嫌なのかもしれない……
そう思う限無会長の子ども達だった。
勿論原因は二月奥様の貞操観念なのだが……
「はい、私の長男・大地は今年で16歳、既に高校にも慣れて、周りを見る余裕が出来てきている頃かと思います。……ですので……知人に良い企業の令嬢を紹介させ、見合いをさせました。既に婚約状態と言っても過言ではありません。……ですので、持ち点は二点加算し、七点となる事でしょう。」
こちらもこちらで凄い事を言っている。
高校一年生の長男に見合いをさせ、婚約まで取り付けてしまっていると言うのだ。
これで現時点として見れば長男の一樹旦那様と持ち点は同じ七点であり、三城奥様には血の繋がった娘がいるので、一点多く追加して八点となる。
水上は確認をする。
「それはおめでとうございます。お相手はまだわかりませんが……三城奥様のお眼鏡に叶った方なら良き縁談を結んだことと存じます。……最後にもう一度確認を致しますが、”婚約した”と取らせて頂きます。宜しいですね?」
最後通告的に三城奥様へ確認を取る水上だ。
”婚約した”事とし、『……やっぱりやめた。』『……出来なかった』と後から言えば、病気以外の死亡、婚姻・婚約関係破棄となり、マイナスは二倍で、マイナス四点、三城奥様の持ち点は五点だったのが一点としてしまう。
これは大事な事だ。
思い付きや適当な事を言えばそれ相応の減点がされてしまうルールである。
三城奥様は応える。
「……あぁ、いえ……まだ本決まりではありません。なので”次の加算報告会ではそうなるでしょう。”と言う事前の報告です。……まぁ、誰も否と言う状況ではないでしょうし、ほぼ決まっていますが……紛らわしい報告でした。御免あそばせ?」
三城奥様は柱脚する。
ゆさぶりをかける意味合いの報告だったのだろう。
そのゆさぶりを掛けられたのは勿論、今一番多く点数を持っている一樹旦那様である。
「……」
しかし、一樹旦那様は三城奥様の揺さぶりに動じる事は一切せずに涼しい顔だ。
一言も発していない。
水上はそれを知っているのかどうか解らない口調で話を先に進める。
「……はい、では、この場としては三城奥様の持ち点は変わらずに五点とさせて頂きます。……よろしければお相手の身辺調査等をこちらでも致しますが、いかがでしょうか?」
「……そうね……水上さんの所に頼めば不審な事も無いでしょうし……いちおう…………」
……何ともはや……子・孫・結婚・出産をゲームの様にポンポンと議題に上がらせる”加算報告会”である。
「くっ……」
四期奥様は何よりもこれを嫌っていた。
四期奥様は彼らが行う、春香や秋穂の誕生日会を辞めさせたり、金山家と縁を切る様にして決算報告会等に不参加を決めていたのはこれが原因である。
なぜ兄妹からは誰も”結婚・婚約おめでとう!”と言う言葉が出ないのか。
……それは兄妹が皆対戦相手だからだ。
そしてその報酬が”金山家の全部”となれば、内心皆がどう思っているかは残念ながら決まっている……
一見特に何も気にしてなさそうな四期奥様の兄・一樹旦那様は内心はどう思っているのだろうか?
男ばかりの三人も子供を作った兄の事だから、これを機に、より息子たちに結婚と婚約を迫るだろう。
『良い所の女を嫁に貰え!離婚はするな!』と……
金山家の当主選抜のルールは呪いだ。
人は金に目がくらむと何をするか分かった物ではない。
四期奥様は遠い過去、まだそんな跡目争いを始める前の兄弟たちをその目に思い出して思いを馳せている……
内容を一部不快に思った方が居られましたら申し訳ありません……
しかし、大きい家の跡目争いはこじれたら、それはもうこじれます……




