#157~力の準備~
「確かに綺麗にされていますね……」
水上はエレベーターから出てくると、左の壁伝いにある階段を眺めて言う。その階段はリビングから繋がっている階段だ。
「机等はそこの部屋にあります。」
大広間には特にこれと言った物は無く、学校にある体育館で二つ並んであるバスケットボールコート、つまりはミニバスケットボールコート程度より広い面積がある。
秋穂はリビングと繋がっている階段の向かいにある部屋を指して、使うであろう物の在処を言った。
「うっ……」
「ん?……まぁ、わかりました。長テーブル五つと椅子が十脚以上は必要です。ここは投影機とスクリーンが使えましたよね?凪乃さん?出すのを手伝ってください。」
水上は頭を抱える凪乃に視線をやり、決算会に必要な機材の準備を始めようとしている。凪乃に準備の手伝いを要請している様だ。
「……水上さん。風間さんは具合が悪い様です。私が代わりに手伝いますので彼女は休ませてあげてくれませんか?」「いえ、これ以上秋穂お嬢様の手を煩わせるわけには……」
秋穂は凪乃を心配して水上に声をかけるが、凪乃は秋穂の声を止めさせようとしている。
そんな二人を見る水上の答えは決まっているのか、二人に割って入る様に声を出す。
「……いえ、それなら私一人で会場を作っておくので、秋穂お嬢様は申し訳ありませんが凪乃さんを休ませておいて頂けますか?私としても準備が必要なのでここの会場設営が終わり次第、ここで作業しています。」
水上は凪乃の様子を見ると秋穂の手伝いを断り、凪乃への手伝い要請を取りやめた。彼女は決算会の進行と自分の会社の決算を報告する義務があるために、彼女も彼女なりに忙しい様だ。
「……ではお言葉に甘えて……風間さん?一旦部屋に行こう。やはり君の身体が心配だ。わがままを言わないでくれよ?」
秋穂は凪乃に向かって歯の浮くような言葉を真面目に言っている。
「……くっ……はい、申し訳ありません。頭が痛くて……」
凪乃は観念して自分の状態を報告している。若干頬を染めているのは頭痛ゆえにだろうか。
『ほら!……手を繋いで行こうか?』『……いっいえ!そんな事をされては……』「うん?そうかい?大丈夫なら……」『いえ……やっぱり……腕を組ませて……』
そんな二人がエレベーターを目指して歩いていく。
『くっ……何を……』
そんな二人の後姿を眺める水上は凪乃に向けて呪詛を並べている。
ひとしきり怨念を振りまいたのち、水上はハンドバックから携帯電話を取り出して電話を始める。
「……水上です。到着しました。……ええ……問題ない様です。……はい、では作業を始めますので失礼します。」
『ピッ』「本当にあの人たちは……」
水上は一人電話の相手か、凪乃どちらかに向けて憤慨している様だ。
「まぁ、なる様になるでしょう。あの人達なら……」
大広間の対角線に沿う様にして歩き始める。
「ねぇ?……夕暮れ前って何時なの?」
澄玲は居間でそういわれた人物・息子の勝也に時間を聞く。
「え?……言われてないけど……五時ぐらいじゃない?」
勝也は適当に言った。今は春の終わり頃なので夕焼けの時間が掴みにくい。
「……ふぅん?……なら晩御飯どうしようか?帰りにどこか寄って買ってきても良いし、食べてきても良いし……」
澄玲は自分も行く事にしたが、考える事はやはり主婦のそれだ。何事もついでや、一度に済ませられる事ならそれが良い。
「!!ご馳走!!厘も行く!」
居間には勿論だが、厘も居る。若干話が大きくなっているのはご愛敬。よくある事だ。
「ご馳走じゃないけど……いいわよね?別に邪魔する訳じゃないし。邪魔になりそうならお母さんと厘で門の前に居るから。」
澄玲は子供たちを一人にする事を嫌ったのか、多少見え透いた言葉だった様だが勝也としてはそれを拒否しては少し話がややこしくなる。
「……でも……春香の家は危険かもしれないから……もしこの前の晩御飯みたいに襲撃されたら……変な人が家を見張ってるかもしれないし……その人たちに家まで後を付けられるかも……」
勝也は前に金山邸でBBQをしていた時にジャージ集団から襲われた事や、今朝の金山市長達がほのめかしていた人の影を頭によぎらせて話をしている。
思えば金山邸は何かと物騒なスポットなのかもしれない。
「……そうね……それなら勝也もお留守番してる?なんで勝也はそんな危ない場所に行こうとするの?」
澄玲は勝也に”何故?”と聞いている。
「……」
勝也は答える事が出来ない。澄玲はその沈黙を答えとして言葉を返す。
「……なら、春香ちゃんちに行くの止める?」「いや……行くけどさ……」
勝也は澄玲に良いようにもてあそばれている様だ。澄玲は勝也の声を引き継いで話し始める。
「……金山さんの家は大丈夫よ。何故ならあそこは春香ちゃんのおじいさん、限無さんが目を光らせてる家だからね。下手な場所より安全なの。……そろそろ、行きましょう?」
こうして雨田母子は金山邸に向けて動き始めるのであった。




