#153~力の三つ~
『ブゥゥン……ガタン、ガタン……』
平岩と飯吹が車で金山邸に戻り、地下駐車場に車を進入させる。
「増えてる?……」
駐車場には先程無かった車が一台置かれていた。
風台地域に行く前は無かった車はコンパクトでありふれた軽自動車で、賢人の乗って来た車・茶色に紫ラインの入ったスポーツカーの横に停まっている。
それともう一つ、行く前には無かった物が置かれていた。
その軽自動車の後ろ・壁に付けられるようにして置かれている小ぶりな箱だ。
普通に考えればこの軽自動車が持ち運んだ物と思われる。
白を基調とした箱で赤いラインが横に走っている物だ。
「あれ?……あの箱は……私の仕事道具が入ってるハズです。……だから多分……この車は清虹署から来た車です。謄さん達が呼んだ警察の人たちが乗って来たのかな?」
助手席に座る飯吹は車がどこから来たかについて答えていた。
「仕事道具?あなたの仕事道具って……ひとまず元あった様にバックで駐車します。」
「ブゥゥン……ブゥゥゥゥゥゥゥ」『ガチャ!』『ガチャ……』『カッチ、カッチ……』
平岩は秋穂が使う車であるワゴン車を元あった場所・駐車場の一番奥に駐車し、二人は車を降りてドアをロックさせた。
駐車場で平岩は飯吹に声をかける。
「一旦リビングにあがります。風間さんに報告をしますので。」
仕事道具が入っている箱を飯吹がどうするのか解らず、何かを言われる前に”リビングに向かう”と言う平岩だ。
「まっ……いっか……」
飯吹も平岩と同じ様にリビングに向かうらしい。飯吹も平岩と同じ階段を目指す。
『ガパン!』「どうぞ。」
鉄の扉を開けた平岩は飯吹を先に促し、靴置き場で靴を脱ぐと、二人は階段を上がっていく。
平岩がリビングに顔を出そうとした所である。
「それでは私は居ない方が良いみたいではないですか!私が電話を取ります!」
声は四期奥様の物で、声高々にリビングで声を張り上げていた。
その声に誰かが言葉を返す。
「いえいえ!ですから、”私が最初から電話に出る事も出来ますよ”と言っただけです。勿論あなたがそう仰るならそれで構いません。……私の言い方が悪かったですね。勘違いさせてしまった様で申し訳ありません。……ですが、そうするのであればこちらの指示に従って電話に対応してください。」
返す言葉は一見謝って見せているが、内心はどう思っているか分からない声となっている。
「それも結局は……」
「……」「?……」
平岩と飯吹はリビングに出てきたが、雰囲気に呑まれて声をかけられず、リビングの端へと移動する。
リビングには新たな客として、女性が二人いる。
恐らく40頃の女性と、もう一人はそれより若い……30頃の女性で、30頃の女性はヘッドフォンを頭に着けている。
ヘッドフォンの先は電話機に取り付けられた録音機へと繋がっている様だ。
「早かったな平岩。……どうだった?……風間さんの”お友達”は。」
声の主はリビングの端にいた先客・賢人である。平岩は答えを返す。
「……はい、協力してくれる運びとなりました。……今夜から動き始めてくれるそうです。」
「……ん~……私も良くは知らない人たちだが……すごいな……金山家に関係している人たちは………………でも、どうやって動いてくれるんだ?その”お友達”とやらは?」
実際はどう動いてくれるのか賢人も分かっていない。
あくまでも景の”お友達”は外部の人間な為、賢人は会った事すらないのだ。
平岩は賢人の質問に答える。
「……なんと言えば良いか……”話も早々に帰らされた”……と言いますか……実は春香さんの誘拐も話せていません…………ともかく風間さんに”了解したと報告しろ”とだけ言われました。それより彼女たちは?駐車場の軽も彼女たちの物ですよね……」
平岩は大雑把に結果を報告し、逆に四期奥様とリビングで言い合いをしている女性達について賢人に聞く。
「そうだ。警察の刑事さん達で、”犯人と交渉する役目を代わる”と言ってくれている。それで掛かってくる電話全てに出るのに四期が反対しててな……二人は清虹所の刑事部、特殊捜査第一課だっけ?……そこの……一ノ瀬警部と信濃警部補だ。刑事って言うと、男のイメージがあるけど、声が割れている私のフリをして犯人と交渉するのは無理だと思われたのだろうな……」
誘拐犯から電話がかかってくる可能性があると思っている段階では家の人間を装って刑事が代わりに電話対応する事がある。勿論すべての場合でそうする訳ではないが、四期奥様は人前に出て何かをしているわけではないので”声が多少変わっても分からないだろう”そう言う思惑もあって警察は女性の刑事二人を金山邸に派遣したらしい。
「いえね?犯人に感づかれる恐れもあるので、警察が人を偽って電話に出るのは基本的にありません。ですからそこまで怒いかりにならなくても……申し訳ありません。」
一ノ瀬警部は四期奥様に頭を下げて四期奥様の怒りを鎮めているのに必死だった。
平岩達を気にする素振りは見せていない。
「今も風間さんはキッチンにいますよね。報告してきます。」
「……すまん。」
平岩はリビングのドアを開けてキッチンへと向かう。
賢人は領分を越えて・良く働いてくれている秘書に”面倒を掛けて……”を省略して謝罪した。
キッチンへ行く途中にある食卓テーブルには秋穂が1人座ってリビングを静観していた。
平岩は秋穂にも声をかける。
「秋穂さん。お車ありがとうございました。特に問題は無いとは思いますが、後にでも車を確認しておいてください。」
「……こちらこそありがとうございます。」
平岩は手に持った車のキーを秋穂の座っている食卓テーブルに置き、車を借りたお礼を述べた。
秋穂も”平岩さんの運転を信じているから、その必要はない。こんなにしてもらって、むしろ……”を省略して平岩にお礼を返している。
平岩は金山父娘のどちらも省略を承知して、頭を下げてからキッチンに向かう。
『スゥ……』
平岩がキッチンに繋がるドアを音を立てずに開けてキッチンを見る。
そこには景が鍋で何かを煮込み、その娘である凪乃が包丁で野菜を切っている。
既に凪乃の顔に泣き後は残っていない。
少し”ムスッ”としている様に思えたが、これぐらいなら年相応なのかもしれない。
「んっ?」
景がドアを開けた物音を聞きつけ、顔を平岩に向ける。
平岩は報告をする為にもキッチンに足を踏み入れて口を開く。
「惣菜お食事処に行ってきました。……店主?……の国近さんが”引き受けてくれる”と…………これだけしか話してないのですが、大丈夫でしたか?詳しい話は電話で?……」『パタン……』
平岩がキッチン手前にあるテーブル手前で気にする事を話す。リビングと繋がっているドアが閉まった。
「ですが、”これから夜のお客に対して準備する”と言っていましたが、大丈夫だったのでしょうか……」
『ん?ん……』
ドアが閉まり、景が何かを思案するようにしている。
凪乃の『カッカッカッ……』と包丁でキャベツを千切りにする音と、景の前にある鍋が発する『グッグッグッ……』の煮込み音だけがキッチンを支配している。
「……平岩さん?美奈子のヤローは本当に”引き受ける”って言ってました?……ん?……あれ?おかしいな……そんなハズは……最近行ってねぇからか?」
景は何かに引っかかっている様子だ。平岩は何かマズイ事をしていたのかもしれない。
「はっはー!いやいやー違いますよー平岩さん!、国近の母親は”貸し三つ”って言ってましたよー」
平岩の横から、どこからともなく現れるその人は、間違えようもないほど飯吹だった。
凪乃の千切り姿に視線を固定しながらの発言だ。
飯吹は平岩の後をこっそりつけて移動していたらしい。
ちなみにドアを閉めたのは彼女である。
「あぁあ!そうかそうか!貸し三つ……そりゃ結構な事だ。アンタ……国近になんて頼んだんだ?あのヤローが客が来るのに貸し三つなんて、大層気に入られる事を言ったんだろうな。」
美奈子の言っていた”貸し三つ”には何か秘密があるのかもしれない。
景は鍋をお玉で一かきしてから平岩に言葉を続けて聞く。
「……まぁいい、いつから動かせるって言ってた?これも言ってたろ?」
「すみません。確かに”貸し三つ”と言っていました……いつからと言うと……”今夜からにでも”と言っていました。」
「なっ!……今夜だぁ!…………アンタ、本当になんて言ったんだよ……かなり乗り気じゃねぇか……」
どうやら”今夜から””貸し三つ”とは普段では考えられない様な対応らしい。
景はまたまたお玉で鍋をかき回してから言葉を続ける。
「ちっ……国近は今日の夜、”ここへ”不良共を送り付けるって言ったんだ。……会長とばったり会ったんじゃーーシャレにならんぞ……」
景はダブルブッキングを危ぶんでいた。
そんな事を聞く平岩は『あっ!』っと何かを思い出す。
「しまった!……今朝ここに来てた春香さんのお友達……の、”勝也君”?に、『夕暮れ少し前に、ここの駐車場に来てください、』と言って、追い返していたんでした……」
平岩はこらえる様にして力を入れた眼を見開いて叫ぶ。
そんな声に反応する者が一人いた。
「えっ!『ザクッ!』……痛っぅ……平岩さん!勝也君がここに来ていたのですか!」『……』
「あぁあ!何やってんだおめぇ!」「えっ?……はい……すみません……その時はまさか限無さんがこちらにいらっしゃるとは思っていなくて……」
キャベツを千切りにしていた凪乃は平岩の言葉に驚愕し、包丁を滑らせて指を切ってしまう。
深く切ったのか、点々と小さな血だまりをまな板の上に作っていた。
景は怒鳴り、平岩はそれほどマズイ事だったのかと景に謝る。
ちなみに飯吹はキャベツに手を伸ばし、それを守る様にして食べていた。
「あぁああ!お前じゃねぇ!凪乃!そんな事も出来なくなっちまったのか!ちょっと見せてみろ!乳姉ちゃんはもう食うの止めろ!もういい!大丈夫だ。」
景は続けて怒鳴り声を説明している。
怒鳴り声の行先は平岩ではなく、凪乃が指を切った事に対してだ。
血が出ている先はキャベツの千切りで、食材が駄目になる不手際に対して怒っている。
飯吹はうまい事キャベツの千切りに手で壁を作り、血が付いたところが広がらない様にしていた。
少し血が付いたかも知れないキャベツと、もう間に合わないキャベツは飯吹の口の中に消えている。
景の言った”乳姉ちゃん”は勿論飯吹の事だ。
「凪乃!お前ら一回キッチンから出てろ。話は後だ。」
景は凪乃をキッチンから締め出す。やはり凪乃には少し休憩が必要だと思ったのだろう。普段の彼女ならば、例え話しかけられようとも、驚くことがあってもこんなへまはしない。
「で、でも……人手が……奥様に頼む訳には……」
凪乃はこのままでは仕込みが間に合わなくなる事を指摘する。
そう思って凪乃をキッチンに立たせていたのだが、今金山邸にいて包丁を自由に扱える人は四期奥様と凪乃、景の三人だけだ。秋穂は包丁をうまく扱えない。
「っ!いるじゃぁねぇか!”ここ”に包丁を使える奴が!」「……ん?」
景はキャベツを食べている人を見て言った。
それはやっぱり、飯吹である。




