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力の使い方  作者: やす
三年の夏
145/474

#144~力の我慢は考えモノ~

『ブー、ブー、ブー……』

この空間には本当に何もなく、あるのは絨毯だけの床に壁際にテーブルとその上にあるタブレット端末だけだ。

その壁の右際にはトイレの小さい空間があり、逆の左際にはベッドの置かれた中くらいの空間、後ろにはこの広い空間と同じぐらいの空間にベッドが中心からやや向こう側にあり、知らないオジサンが眠っている。

その向こうには正面にあるテーブルと同じテーブルが一つ。

それだけしか行ける空間はない。

自分はどこからここに運び込まれたのか分からないが、恐らくは何処かの壁が開くのだろう


『……ブー、ブー、ブッ!』

正面のテーブルに置かれているタブレット端末は震え終わると、画面が自動で点灯する。

『ん?』

この空間の観察に飽きていた春香は気分を紛らわせる為に、タブレット端末の画面を見た。

端末の画面には『衛生時間』と表示されている。

テーブルの上で画面をこちらに向けて壁に立てかけさせたので遠くからでも画面が見える。

「えい……せい?……それだけ?……何それ?」

タブレット端末の時間表示は正午になる頃だ。


『……ドドドドッ!ジャーー―……』「っん?……」

タブレット端末を正面に見て右側、トイレの方から何かの物音が突如鳴り始める。

「……これって……水?が流れる音?えっ?トイレ?」

それは水が勢いよく流れる様な音であり、春香は、まさかトイレが壊れたのか?と音源を探る。

「えぇ……やめてよ……」

春香は右の壁際に寄り、トイレがある小さな空間を覗いてみる。

壊れていては困るし、トイレの水があふれていては使うに使えない。

そろそろ”我慢”の限界であった。気持ち的に”いっぱいいっぱい”である。

「ん?……あれ?これって……」

トイレの右側、春香が詳しく見ていなかった所だが、よく見ると扉があった。音は壁の奥から鳴り響いている。

トイレだけと侮っていてトイレの空間をそこまで念入りに見ていなかった。……見過ごしていた様だ、

パステルカラーのすりガラス状の壁、もとい扉で、ドアノブが分かりづらい形状の、一見すると壁にしか見えない扉だ。

と言うより、ドアノブがない扉である

「ま、まさか……」

春香は一抹の不安を抱え、その扉を『ガチャン!』と押して開けた。

もはやこの空間にある"モノ"では怖いものなどなくなっている。

「……やっぱり……”衛生”ってこれ?」


そこはヒンヤリした空気に包まれた場所だが、温かい湯気のある空間。

トイレの横には”お風呂”が置かれていた。扉は引っ掛かる様に開け閉めでき、お風呂の方へ扉を押し開ける様に作られている。

湯船は大きく、人が2,3人は一緒に入れそうな大きさだ。

お湯がどこからともなく湧き出ていて、三分の一程たまってきている状態である。

お湯はそのまま増えていく。

「……嘘……あの人をここまで連れてくるとか無理なんだけど……」

”隣の空間で眠っている男性をこのお風呂に入れろ”と言う事なの?と思うと憂鬱になる春香である。

勿論そんな春香の声でお湯が止まるはずも無く、お湯は無情にも湯船に張られ、手ごろな量でピタっと止まった。

「ポチャ……」「う~ん……暖かい様な、ぬるい様な……」

お湯は手ごろな温度に設定されていて、ひとっ風呂入るのに手ごろな温度になっている。

気持ちぬるめかもしれないが、これはこれでアリだろう。

『このまま入りたい!』と言う思いに一瞬だけ捕らわれる春香だが、勿論思うのは一瞬だけである。

着替えも無いし、”ゆっくりお風呂に入ろう”と言う状態ではない。


「はぁ……なんで私がこんな事を……」

春香はジャージ集団に恨み節を唱え、隣の空間で眠る男性の様子を伺いに行く。

恐らくは隣のオジサンに宛てたお湯だ。

「……」「やっぱり……」

ベッドで眠っている男性は変わらないが、やはりまたも奥のテーブルの上には何かが置かれていた。


朝食と思われる茶色いクリームが入っていたお椀等は無くなっているのだから気持ち悪い。

どうやってテーブルの上の物を回収して、またテーブルの上に新しく置いているのだろうか?

誰か……ジャージの人が取りに来て、これを置いて去って行くビジョンを想像し、内心震える春香である。


テーブルの上には風呂桶があり、手ぬぐいらしき物が中に入っていた。

「でも……こんな寝てる大人を運べないよ……私に何をさせたいの?介護なの?」

春香は理不尽な環境に、ぶつぶつ独り言を言ってしまう。

知識ノウレッジと呼ばれていた紺色ジャージの男は『このオジサンは病気で、自分達は感染するから何も出来ないけど、私達一般人は感染しない。刺激を与えて起こさないと死んでしまう』とか何とか言っていた。

”まぁ、病気なんてのはすべて嘘だろう”と思う春香だが、真相は分からない。

なぜそもそも自分がその役目に選ばれたのか疑問である。

「あ!そういえば……あのノーレッジ?とか言う人……”簡単な事だけ……”とか何とか言ってたな……”食事”とあと……」

春香は今朝言われた事をひねりだそうと考える。

「食事と……食事と……あぁ!もう!何言ってたか覚えてないよっ!」

春香はひねり出せずにいた。全てが衝撃的な事であり、考えがまとまらないので無理もない。


(※これを読んでくれている貴方は覚えているだろうか?覚えてない方はその思い出そうと考える事を繰り返せば記憶力等が鍛えられて良いそうですよ。レッツNOトレ?)


「うむぅ……」

春香は頭を切り替えて、”思い出す”のではなく”状況からみて推察しよう”と足をそわそわさせて考える。

1、オジサンに宛てて風呂桶と手ぬぐいが用意された。

2、オジサンは多分重くて春香1人では運べない。

3、トイレの狭い空間奥にはお風呂場があり、お風呂には既にお湯が張ってある。

4、タブレット端末には”衛生時間”と書かれていた。


ポクポクポク……チーン!



春香は思い出す。

と言うより、推察する程の事では無かった。

知識ノウレッジは”体をタオルで拭くだけ”と言っていた。

つまり、”お湯を風呂桶で汲んできて、手ぬぐいを湿らせてこのオジサンの体を拭け。”と言う事を言っていたのだろう。

いや、本当に考える程の事では無かった。

簡単な事である。

考えが纏まらない。


早速春香は風呂桶を『ガッ!』っと掴むと隣の広い空間を横切ってトイレに走る。速い。

『ガチャン!』とすりガラスの扉を開けてお風呂に張ってあるお湯を風呂桶で『バシャン!』と掬う。そろそろ限界だ。もっと速く!

そのまま風呂桶いっぱいのお湯をこぼれるのも厭わずに『バシャバシャ』零しつつも走りながら運ぶ。もうヤバい!なぜこんなにも我慢したのか!もっと早く!

『バシャバシャ』と風呂桶のお湯を半分以上こぼしつつも、オジサンが横たわっているベッドの横にあるテーブルに『ガン!』と風呂桶を乱暴に置いた。風呂桶には少しのお湯しか残っていない。

ここまでの絨毯はびしょびしょに濡れてしまっている。

「もうっ無理ぃ!!」

春香はそう叫ぶと濡れた絨毯やテーブル、風呂桶をそのままにして走り出す。

目的地は先程の場所だ。

「もっ、漏れちゃうーーーーーーっ!」

春香はトイレにドアが付いていない為、ずっと我慢していたのだ。

話が行ったり来たりして申し訳ありません。

一応時間軸的には同じぐらいかなと想定しています。

我慢はいけません。

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