#133~優しい力~
#129~力は優しく~のBパート的なお話です。
しかし、時間的には同じではないかもしれません。
『っ、誰?』
春香は思わず声をあげてしまうが、ベッドに寝ている男性はこちらに気が付いた様子は見せない。
よく見ると白いマットレスなのは間違いないのだが、その上には白いタオルケットが置かれている、男性は白いタオルケットが掛けられている状態だ。
「線と……チューブ?」
そのタオルケットの下からは黄色い半透明なチューブと黒い線が出てきていて、それらはベッドの向こう側に伸びている。
この空間だけは明かりが絞られているのか若干視界が悪く、不思議な雰囲気を醸し出していたので認識を誤らされていた。
排他的と言うか、忘れられている寝床と言うか、……春香は何かが引っかかる感情を覚えるが、言葉に出来ない気持ち悪さを感じている。
「何なのよ……もう……」
春香は知らない人が寝ている状況を目の当たりにして、意味が分からない感情が芽生えた事に憤りを覚えると隣の部屋を見ていた顔を引っ込める。
寝ている者を起こすのは躊躇われるし、仮面ジャージ集団の”中身”の可能性があるのでどうしようも出来ないでいた。
何より知らない大人が居るのを発見した春香はこの状況がとてつもなく嫌な物だと思っている。
これが勝也ならば問答無用でたたき起こしているであろうが、ここに彼は居ない。
無意識に少しだけ期待していたのかもしれないが、勝也がここに居る訳が無かった。
『くぅっ……』
春香は右手の親指の爪を噛み始める。甘噛みなので爪が傷つく事はないが子供っぽい癖なのでずいぶん昔に克服したはずだった……
『あっ!携帯!……』
そこで春香は少しの希望を見出す。携帯電話を持っている清虹市の児童は少なく、自分の様に昔の携帯電話をもっている存在はマイノリティだ。
急いでズボンのポケットに手を入れて中の物を取り出す。
それは二つ折りの携帯電話であり、普段は電源を切っている特別な通信手段である。
春香は携帯電話の電源を入れて、通話しようと操作を始めた。
『……ピロン、電波の良い所でおかけ直し頂くか、時間を置いてからおかけ直しください、電波の良い所で……』
「え?……嘘……」
しかし、電波状況は”圏外”と表示されている。春香にとって初めて見る表示であった。
清虹市内であればドコデモ電波が余す所なく全域をカバーしているはずで、入り組んで複雑な建物の中であってもドコデモ電話なら電話を掛けられる事が出来るハズである。
『そう、ドコデモ電話ならね。』
と言うCMで一世を風靡した携帯電話なハズだったのだが……
『……もう!……』
春香は携帯電話の電源を切り、『パチン!』と音が鳴るほど乱暴に折りたたんでズボンのポケットにそれをしまう。
しかし、携帯電話が没収されていないのは僥倖だ。仮面ジャージ集団は春香の持ち物を見落としていたのだろう。
清虹市は幼い児童ほど様々な福祉を受けられる都市であり、多くの所にある公衆電話や交通機関等は一定の範囲内でなら幾分かは無料で利用できる。それゆえに携帯電話を持つ児童は昔の日本より圧倒的に少ない。
バッテリーのタイムリミットはあるが、隙を見て何度か連絡を試みていればいつかは電話が繋がるだろう。
解決の糸口を見つけたのは気分的にも明るくさせてくれる。
春香はそれで電話が繋がればどうやって助かるかまでは考えていないが、恐らくは携帯電話の電波を調べたりしたら一定の範囲で場所は知らせられると信じていた。そう、ドコデモ電話ならね。
光明が見えてくると現金な物で、幾分か視界が良くなった様に思える春香である。
「誰だろう?こんな所で寝てるなんて……」
再度壁から頭を突き出し、隣の寝ている男性を観察する春香である。するとそこには
『ガタッ』『あ……』
ベッドの上の男性が少しだけ体勢を変える所であった。ベッドが揺れる音を聞くと、恐らく先程の物音はこれだろう。春香の方へ寝顔を見せている。
その男性が未だに瞼を閉じている所を見れば、まだまだ起きる気配は無い。大雑把に判断すると歳は四十か五十頃ぐらいと思える顔つきだ。
しかし、瞼を閉じていても、瞼の裏にある目線が合わさるのはどこか居心地がわるく、目線をそらす春香。
「あれ?こっちにもテーブル?」
春香の視線の先、ベッドの奥にある壁には、壁に付けてテーブルがこちらにも置かれていた。春香が目覚めたこの空間にあるテーブルと同じ物である。
春香が今背に付けている茶色い壁を取り払えば壁の対面で同じ物がある事になる。
何か意味のあるテーブルなのかも知れないが春香が分かるはずも無い。
「多分、あいつ等の仲間だと思うけど……」
春香は顔を引っ込めると独り言を再開させる。声は小さいが、不満一杯な声である。
「見張り役が寝てるなんて脇が甘い……絶対アイツ等の裏をかいて逃げ出してやるんだから。」
春香はそう声に出して決心する。
するとその声に応じて変化が訪れる。
『ブー、ブー、ブー……』『うそっ!……あれ?』
そう、それはバイブレーションの音である。春香は咄嗟にズボンを押さえるが、春香の携帯電話は電源を切っているし、音源はここでは無い。
早く音を止めなければ隣の空間にある白ベッドで眠る男性が起きてしまう。
『もしかして目覚まし?!』
眠る男がセットした目覚ましアラームかもしれないと春香は音源を探そうと動き出す。
「あれ?こっち?……『…ブー、ブーッ。…………』止まっちゃったけど……」
そう思うが、音源は壁に背を付けた春香の正面・つまりは男から遠い場所にある。さらにバイブレーションの振動がひとりでに止まってしまった。
「え?さっきは無かったのに……」
春香がバイブレーションの音源を探すと、正面の壁にあるテーブルの上に何かが置かれていた。
ノートの様な、黒く平たい物だ。
『……っ……』
春香は息を飲むと正面のテーブルに向けて歩き出す。
「……これってスマートフォン?の大きい奴……」
そこに置かれていたのはタブレット端末であった。持って裏返してみると画面の端で一点が白く点滅している。恐らくは何らかの着信があった様子である。
画面は黒く、操作は出来ないが、先程はテーブルの上に無かった物だ。
春香が隣の白ベッドを見ている隙に誰かが置きに来たのだろうか?
「もう……ヤダ……」
どちらにせよ気持ち悪さがすでに飽和状態である。もうすべてを投げ出して暴れてやろうか?と思った矢先に、
『ブーブーブー……』
またタブレットが振動を始める。
春香は機嫌が悪いなりにヤケになって画面を見た。
『あ!アンタは!』
そこには春香をここに連れてきたであろう男性、知識が映っている。
画面の中の知識も何かに気づいた様子だ。
『やぁ、おはよう。金山春香君。手違いでこの端末が分かりづらい置き方だった事を謝罪する。』
「アンタね!ここはドコ?私を帰してよ!いくら金山家の娘と言っても、関係ない私を巻き込まないでっ!」
知識はタブレット端末が下向きに置かれていた事を謝罪するという、なんとも場違いでズレた事を謝るが、それを聞く春香は怒り猛り狂っている。
『ん?寝起きでは無いのか……これはこれは……調整を失敗し』「ちょっと!どうでもいいから、うっ……グズゥ……早く私を家に帰してっ!」
春香は知識の言葉に被せて言いたい事を叫ぶ。隣の部屋で眠っている男性の事などお構いなしだ。春香は涙目になってしまっている。
『まて!泣くな!我々としても女児誘拐などという手段を選んだのは業腹なのだ。泣く前に私の話を聞け!』
「ごぅ……はら?」
春香は知識の言葉の意味が分からない様子なのか、単語を繰り返した。
『ん?あぁ、我々も貴様をここに連れて来たくはなかったのだ。』
知識は分かりやすく言葉を変えて伝える。
「解ってるわよ!そんな事ぉ……うぅっ……ううぅっ……」『ガタン!』
春香は知識が言い直した事は不要だと顔を隠して泣き始める。その拍子にタブレット端末を落としてしまった。
地面のカーペット上に落ちた端末は衝撃に耐える。
画面内の知識は『待て!泣く前に話を聞け!これだからガキは!なっ!お、おい!やめ……』と、忙しそうである。
春香は顔を隠しながら、しゃがみ込み、『うぅっ……ううぅっ……』泣き始める。春香は静かに泣くタイプの子の様だ。
『ハ~イ!ハルカー?勝手に連れてきてゴメンネ!何か大事な用事でもあった?』
落ちたタブレット端末のテレビ電話通信はまだ続いており、知識ではなく、イントネーションが若干不安な女性の優しい声に変わる。
紺色ジャージで黒仮面に隠れるのはブロンド髪の女性だ。
知識と同じ服装・装備だが、声の明るさや言っている事から、随分と話しやすい相手である。
「うぅっ……………………勝也の家で……………………」
春香はたどたどしく言葉を発する。かなりゆっくりで聞き取りにくい言葉になっているが、画面の女性は律儀に春香の声を待つ。
「ぎの゛う゛は…………私の゛…………誕生日会を゛…………」
春香の声になっていない涙声はそこで止まる。画面の中の女性は春香に優しく語り掛け始める。
「オー!ジーザス……ゴメンナサイ。ハルカ?ンー……カツヤ?はフレントゥ、ォー、ノイン、ン~……ボーイフレンドね?とー、ゲブーッタッグパーリー…バースディパーティー?ォ~ゴメンナサイ!」
女性はかなり誤っている。いや、謝っている。
「……え゛?!か、勝也は彼氏じゃないよ!グズッ、まだそんな仲じゃないし……」
春香は泣いてはいられないと、泣き顔をあげて画面を見つめて訂正する。
「ふっふーん!ダイジョーブ!女の子はカワイイ、ヤサシイ、ウソならハクべきナノデース!全てが終わればお家に返しシマース!デスから、私達の話ヲ聞いてクダサイ!」
たどたどしい日本語に引き込まれる春香。
「ハルカの後ろの部屋に居る彼はビョウキです!彼をカンビョウしてあげてクダサイ!デモ、彼はワタシ達がキライです。彼が目覚めた時にー、ワタシ達が目の前に居たらー、ジサツしてしまいマース!切腹!侍!フジヤマ!フィア、ヴェー、デー!」
ノリノリである。4WDなだけに。
「で、でも私なんかが看病なんて……」
春香は女性のノリについていけず、尻込みをしていた。
『くっ!邪魔だ!どけっ!』『あぅ!』
画面外の知識が女性を押しやると、後を引き継いで説明を始める。
「はぁ、はぁ、……ともかくはそんな感じだ。彼に看病という程の事はしなくていい。世話をするだけだ。病気はすでに完治していて、残った菌が我々に感染しない様に隔離している段階だ。後は目が覚めるだけ……」
「か、感染って……え?」
春香は”感染”と言う言葉に反応する。
『ん?ああ、感染は心配しなくて良い。感染するのは我々だけだ。子供や、世間一般の人は感染などしない特殊な病気なのだ。そろそろ刺激を与えて起こさなければ、彼は死んでしまう。」
何ともおかしな話だが、これがジャージ集団の狙いなのだろうか……春香には全くもってわからない話ばかりである。
そんな事を考える春香の沈黙に、知識は説明を続ける。
「世話も簡単な事だけで良い。食事と、体をタオルで拭くだけだ。報酬としてこの端末は通信も含めて自由に使える様にする。インターネットも使えるし、通販で支払い画面まで行けばこちらで処理をしてそこに届けてやろう。代金はこちらで持つ。』
「え?そんな事って……」
春香はインターネットを使えば外部と連絡が出来るし、どうにかして助けを呼べば逃げられるのに?と考える。勿論そんな事は指摘しないが、何ともおかしな誘拐犯だ。しかし知識の言葉には続きがあった。
『……勿論だが、この端末から文字情報は発信出来ない様にできているし、外部との連絡はすべてシャットアウトされるようになっている。プライバシーを慮って監視している訳ではないから好きに使ってくれてもこちらは感知しない。流石に爆弾や危険な薬品を買うならこちらで捨てるから変な気をおこしても無駄だがな。……つまり、通販で買った物を届ける以外はこちらからの接触はこれで最後だ。後は時間になったらこの端末が自動で指示を表示するだけとなる。』
知識の言葉にはいろいろと理解しがたい事が多々あるが、何とも言えない春香である。
『ではこれで終わりだ。聞きたい事はこの端末が教えてくれるし、この端末が置いてあった場所に戻せば充電されるようになっている。まぁ、戻さなくてもこちらは構わないが早く帰りたいならこちらの要望を叶えるように努力しろ。力のままに。』
知識が言葉を終えると画面が『プツ』と切り替わる。
春香の姉である秋穂や、風間が持たされている携帯電話で春香は一通りの操作は出来るつもりだが……『フォ、フォ、フォ、カツン』とどうやら出来ない物でもないらしい。
「誰なのよ?……ベッドで寝てる人って……」
こうして春香の耐えがたい生活は始まる。
通信を終えた知識は隣にたたずむブロンド髪の女性に声をかける。
「ふん、女の子は嘘をついても良いとは言うが、お前も嘘を付くようならそれは既に”女”と言うべきではないのか?」
「あら?私は可愛い、優しい嘘って言ったのよ?……でも……『”まだ”そんな仲じゃない』って言うあたり、あの子は嘘をついてる訳ではないんだけどね?可愛いじゃない?」
ブロンド髪の女性は優しい外国人キャラを演じていた様である。
この物語はフィクションです。登場する商品や、名前、企業などはすべて実在の物とは関係ありません。
所で話は変わりますが、ヒトツキ程度の間投稿をお休みするかもしれません。
少し遠くに出ることになりまして……
暖かくなってきたんですけどね……寒い地へGOしに……




