戦いの準備 その3
いよいよ待ちに待った総攻撃の決行日が近づいてきた。シェール軍の兵士らは大急ぎで防具の調整と剣や槍を研ぎ直しに掛かっていた。集結した軍団は数こそ少ないが士気はとても高い。士気が高い理由は、やはり、健在する女王のお陰といったところだろう。
しかし、数年前のグンバルド大平原の決戦をきっかけに敗北し続けているシェール軍は疲弊しきっているのも事実だ。兵士の大半が臨時徴集された農民ばかりで、職業軍人など全体の三割に過ぎない。そのため、攻撃準備と共に兵士らの錬度を上げる軍事訓練がラーバスの指示の下で行なわれた。
ラーバスは部隊の展開速度、訓練に対しての錬度の高さなどを報告書を通して、見るに顔色を曇らせる。仮置きしている総指揮官部屋の窓から見えてくる訓練場の兵士らへの動きに落胆する。
(―――――――これでは……ドラゴマ軍と正面でぶつかれば、総崩れもありうるな……)
ラーバスには希望が残されいていた。ラーバスの最後の切り札。それは、訓練所から少し離れた場所にある丘から訓練の様子を自分と同じく眺める一人の女傑だった。彼女が持つ軍隊は他の部隊よりも群を抜いて目立っている。指揮官の有能さと兵士の熟練度の高さは申し分ない。まさに精鋭部隊だ。女王直属の親衛隊よりも頼もしい存在と言える。問題があるとするならば、彼女に対して偏見を持つ者がシェールの武官に多いことだろう。わからない事もない。国を奪われ、戦いに敗北した他国の指揮官に命令されるほど嫌なものはない。簡単に言えば、“戦いに負けた奴が偉そうに指図してくるな”である。
だがラーバスは違う。ラーバスは国や人種など、どうでも良いと思っていた。彼が評価するのは一つ。有能であるかどうか。それさえあれば、問題はなかった。それが他国の指揮官だろうが、戦いに負けた者だろうが。なぜなら、現に自分たちも、ドラゴマに負け続けているのだから。言える立場でもない。とにかくシェール軍の中核になるのは彼女の軍団だろう。頼れるのがそれしかない、と言えばそうなる。
「それにしても、機敏に動くのう……部隊の展開速度も良い。信頼しておるのだな。指揮官を……」
ラーバスが感心の声を漏らす。その背後から伝令が大切そうに布で包んだ書状を持ち込んでくる。
「閣下!! お忙しい所を失礼します! 女王陛下より書状をお預かり致しました」
「おぉそうか。よく戻ってくれたのう。その机に置いといてくれ」
「はっ!」
指示された机に伝令兵がそっと書状を置いた。
「もう。下がっていいぞ」
ラーバスは労をねぎらったあと、下がるように指示する。伝令兵は姿勢を正したあと、丁寧に一礼し、総指揮官部屋を辞した。ラーバスは扉が閉じたのを尻目で確認したあと、机に向いて置かれた女王からの書状を手に取る。
(―――――――さて、どのような内容かのう……)
ラーバスはその女王から送られた書状を開き、椅子にもたれながらそれに目を通した。
――――――――――偉大なる国の守り手、ラーバス将軍閣下へ。話は聞きました。正直、驚いております。あのロレンヌに攻撃を仕掛けるとは。我々はグンバルド大平原の決戦に破れました。ドラゴマの圧倒的な兵力の差に押され、首都は陥落し国を失ったのです。あの雪辱と憎しみ、そして悲しみは今でも忘れられません。私の目には未だに街の炎が焼き付いていて、頭の中では民の悲鳴が毎日のように聞えています。もう私は戦いを望んではおりません。なぜなら、罪も無い我が民が戦いに巻き込まれ、今も死んでいるからです。私はこれ以上の苦痛には耐えられない。ですが、貴方は私の話など聞く事は無いでしょう。分かっています。ですから、もしこの戦いに敗れたら私は自らドラゴマへ降ります。全てのシェール人に終戦を宣言しこの戦争を終わらせたいと思います。どうか、私の勝手をご理解をして欲しい。作戦の成功を心からお祈りしています―――――――――
全文読み切ったラーバスはそっと女王からの書状を机に置く。どっと椅子の背もたれに身体を預け、目を瞑った。頬を雫が滴る。
「……女王陛下も心を痛めておる……だが……わしは負けられん……絶対に」
偶然、ラーバスに用事があった部下がその光景を見かける。
「……閣下? 泣かれておられるのですか」
「なぁに……昔の事を思い出しただけの事じゃ」
「ご子息様の事ですか……?」
ラーバスは静かに嘆息すると、遠い目で語る。
「―――――不出来な子だったよ。あやつは……」
「いいえ! そんな事はありません! タイレン様は勇猛果敢に敵陣に突撃し、最後、力尽きるまで、戦い続け壮烈な戦死を成し遂げました。自分はそのお陰で、グンバルド大平原の撤退戦で生還が出来たのであります」
グンバルド大平原の決戦において精鋭部隊であるシェール騎士団が壊滅した。タイレンは味方の撤退出来るように、囮となり、流れ矢に当たって戦死したのである。
部下が自分を気遣って美化する発言にラーバスな苦笑いし、重いしわだらけのまぶたを深く閉じた。そして、こんな言葉を言った。
「タイレンはあと少しで、わしの後任となるはずじゃった。だが――――――」
ラーバスの拳に力が入る。
「―――――こんな老いぼれ、もはや役に立たん。この命、持って数年。わしが居なくなった後、この国を護る為の指揮官たる器を見つけなければならない……」
それに部下が眉にシワを寄せ、難しい顔をする。
「……マウー将軍はどうでしようか? 彼は戦闘経験も豊富ですし。な、なりより公爵です。説得力はあると思いますが――――――」
「あの腰抜けには指揮は務まらぬよ。グンバルドの戦いで一目散に尻尾を巻いて、山城に逃げ込んだのだから」
「しかし今、存命して居られる有力な方は、マウー将軍以外には……見当たりません」
「……やつに総指揮官の職務を渡すのは何よりも辛い」
ラーバスは肩をすくめた。




