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魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語(完成版)  作者: 飯塚ヒロアキ
魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語Ⅰ
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忘れたい過去

 闘技場ではいつも一人だった黒髪少女に、いつから闘技場に来たのか若い女がつきまとっていた。その若い女は、眉間の所に斬り傷があり、身体にも無数の古傷があった。それで一目で盗賊かどこかの兵士だとわかる。態度からも慣れているようで、紅玉の双眼には生きることを諦めたようには見えず、なぜか生き生きとしていた。彼女はハルミ。珍しい名前だったので黒髪少女は名前を覚えていた。というより、初見からぐいぐいと馴れ馴れしく話し掛けてきたので、印象が大きかった。


 鍛錬が終わって昼時、食堂で黒髪少女が他の剣闘士から席を大分離れた場所で食べていると、その隣にハルミが当たり前のように何食わぬ顔で腰を下ろす。それに黒髪少女は無愛想な顔のまま、席を一つ横にずれる。癖のある赤髪のハルミが反応した。


「ちょ、なんで逃げるのよ!」

「別に……」


 感情のない声音で、小さく応えると仏帳面でスープに漬して柔らかくなったパンを口に運ぶ。無愛想な態度を取る黒髪少女にハルミは怯む事無く、まるで友人のように彼女の肩に腕を通す。


「じゃあ、いいじゃん。一緒に食べようぜ!」

「………」


 黒髪少女は横目で面倒くさいような視線を送る。そこにはなんなんですか?、という声が含まれていた。でも、拒否らなかった。ハルミは手を叩き思いつく。


「そうだ。私ら仲を深めようよ!」

「はぁ?」


 闘技場で仲間や親しい友人を作ろうとは思っていない黒髪少女は賛成を示さなかった。嫌そうな態度にハルミは口を尖らしたあと、なにか話すことはないか、と話題を考える。


「そう言えば、気になったんだけど、家族とか居んの?」


 唐突な質問に黒髪少女の手が止まる。いつもは無表情な彼女が目を大きく見開いて顔を向けた。


「なにその顔?」


 自分が間抜けな顔をしていることに気がついた黒髪少女は慌てて、表情をいつも通りに作り直し、残っているパンとスープに手をつける。


「で、どうなの? 家族、いんの?」


 興味本意で聞いてきているのか、それでも単におちょくっているのか、わからなかったが質問されたまま、無視するのも、もどかしく思った黒髪少女は手を再び止めスープに目を落としながら、小さく応えた。


「い、妹が、いた……?」


 歯切れの悪い答え方に、ハルミは怪訝する。その瞬間、黒髪少女は頭を強く殴られたかのような頭痛が起きた。顔を歪め頭を抱える。突然、彼女は妹がいたことを思い出したのだ。血塗れで自分に抱かれている中で痛みにもがき苦しみながら、泣き叫んでいる妹の顔が浮かんだ。黒髪少女は長机に置いていた両手が小刻みに震える。ハルミは驚くような目で震える手に視線を送る。


「大丈夫か……?」


 黒髪少女は視線を泳がしながら、自分に疑問する声を漏らす。


「私が……殺した……?」

「……なに?」


 空気が一瞬で凍った。


 ハルミは聞いてはいけないことを聞いてしまった、と思いすぐさま謝る。黒髪少女は瞼を数秒閉じたあと、濁った目で空になった陶器のコップと木皿を取って立ち上がり、食堂に返却する。ハルミは追いかけるか、一瞬悩んだが彼女を急いで追うことにした。


 ハルミは前を歩く黒髪少女の背中が闘技場で凛々しく闘う姿には見えない。本当に魔王と呼ばれているのか疑ってしまうほどだ。それに黒髪少女の発言には驚愕してしまった。何かを抱いているから、あんな陰鬱な顔でいつも無言でいるのはわかっていたが、流石に自分の妹を殺した、と言われたら驚いてしまう。どんな経緯でそうなったのか、気になってしまった。


 だが、それを聞き出そうとまではハルミは思わなかった。そこまで、空気が読めないバカではないからだ。


 黒髪少女は鍛錬所へ足を運ぶ。木製の剣を手に取り、藁人形に剣の間合いに歩みよると早速、強烈な斬撃をくわえる。衝撃音と空気を裂く音がその振り下ろす速度を物語る。力強い彼女の一撃は藁人形がもし人間だったら、鎧ごと叩き斬るのではないのか、と思うほどの威力があり、しかも的確に急所を狙っていた。連撃を繰り出し、汗を飛ばしても息は荒らさない。目はドス黒く冷血で、殺すためだけに産まれた悪魔に見えた。こんな剣闘士を対峙すると考えると、背中に戦慄が走る。


「これが“魔王”ってやつか……」


 噂通りの姿に、感嘆する。その魔王が横目でハルミに鋭い刃のような目を向けた。その瞬間、彼女は恐怖を感じる。華奢な身体なのに戦場を駆け抜けてきたかのような覇気をまとい、同じ人間に見えなかったからだ。彼女が抱く深い闇が鍛錬場を包む。ハルミを一瞥したあと黒髪少女は無我夢中で剣を振るう。気を紛らわすため、忘れたい過去を掻き消すために。


 だが、ハルミが聞いてきたことがきっかけで、記憶がはっきりと蘇る。消えていた辛い過去。彼女は思い出してしまった。


 あの惨劇を―――――あの日のことを。目の前で息絶えた大切な妹のことを――――――

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