終わりと始まり その6
「どうして、これがッ?!」
ミネルヴァの突然の声に誰かが驚く。
「おわっ?!びっくりしたじゃんか」
驚いて仰け反り、後ろへ転びそうになったその声には聞き覚えがあった。視線をその男の子へと向ける。
「は、ハルト!?」
「お、おう。――――――おいらも生き残っちまった。アハハ……。ヨハンネの母さんも無事だ……」
ハルトは悲しそうにして言葉を詰まらせる。
「だけど……」
ハルトは唇を噛んで、視線を落とした。
「だけど……? それよりご主人様は?! いや、なんでこの剣がここに?!」
ハルトのむなぐらを掴んだ。次々に質問してくるミネルヴァに困惑しながらも苦しそうに言う。
「っう……実は―――――だ、誰かが、この船に投げ込んで来たんだ。この剣の持ち主は兄ちゃんだけだ」
ミネルヴァの掴んだ手が緩む。ハルトはおかしな呼吸音を出しながら涙目で咳き込む。
「いったい、誰が……?」
「ご、ごめん。おいらにもわからないんだ……」
ミネルヴァはその血まみれの剣を両手で持ち、眺めていると何故か込み上げて来るものがあった。雫が主の剣の上に落ちる。ハルトは気を使ったのか、医務室を後にする事にした。彼が退出した瞬間、喉に詰まっていた言葉が出た。
「ご主人様……ご主人様……どうして、どうして私を一人にするのですか……?」
目頭を真っ赤にして、声を振るわせた。
『君は一人じゃないよ』
「え?」
声のした方を見上げる。しかし、そこには誰も居ない。ミネルヴァが創り出した幻聴だった。再び、見下ろすミネルヴァはそのレギナスの剣を優しく撫で始める。
(―――――――もしかして……貴方様は死なれたのですか……?)
気持ちを落ち着けようとしたがやはり無理だった。辛すぎた。現実を認めたくない。今はただ、剣を抱き絞めて、泣き声を上げながらわめくことしかできない自分を恨んだ。
(――――――――私は貴方を守れなかったッ!!!)
あの時、共に逃げれはよかった。ミネルヴァはそう自分のした事に後悔していた。あれだけ、ダマスにヨハンネを守ると約束したのにそれを果たせなかった。ましてや、ヨハンネから、いざって時にはミネルヴァに殺してもらいたい、と言う言葉が頭の中を走り回る。
数分後が経ったあと、目じりに溜まった涙を拭う。それから船室が窮屈に感じた。息苦しいかった。
ミネルヴァはおぼつかない足で、壁に寄りかかりながらも扉を開けて甲板に上がった。地上に出ると太陽の光が彼女を包む。潮風が吹き、黒髪を波立たせる。目の前には美しい海原がどこまでも広がっていた。
(―――――――これをご主人様と共に見たかったのに……側にいたかったのに―――――)
ヨハンネはもうどこにも居ない。ミネルヴァはうつむき、唇を血が滲むまで噛み締めた。悔しい。それに尽きる。
そのとき、背後から誰かが声をかけてきた。
「―――――――お前が私を救ってくれた奴か?」
ミネルヴァは振り返り、その女に頷いた。
「えぇ……」
その感情がこもっていない声に話しかけてきた女が神妙な面立ちで歩み寄る。ミネルヴァの傍らで広がる海原を見つめ、ささやいた。
「―――――お前も大切な人を失ったのか?」
「――――はい。とても大切なお方を」
「そうか。実は私もだ。父を失い、国を失った」
傷だらけの女が手すりを力一杯に握る。
「だが、私は諦めるつもりはない。必ずこの手でプルクテスを取り返してやる。例え一人になっても、戦う」
横目でミネルヴァを見やる。
「――――――そこでどうだ? 私に手を貸さないか?」
ミネルヴァはその誘いに迷う事なく、了承する。その黒い瞳には、怒りを帯びていた。
「私も個人的な恨みもあります。この手で殺し、仇を打ちたい」
「ならば、契約成立と言う事をだな?」
その傷だらけの女が手を差し出した。その手をミネルヴァは握った。
「私はアルバニス家当主、アルバニス・ルベアだ。これから頼む。黒髪の女よ」
その言葉にミネルヴァの眉が動く。
「私の名前はミネルヴァです」
「ん――――その名前は長いな。私はこれから“ミネル”と呼ぶぞ、その方がいいだろ?」
それに無愛想な顔で首を横に振る。
「嫌です。ご主人様からもらった大切な名前です」
「いや、私はミネルと呼ぶ」
ミネルヴァはルベアにいくら言っても無駄そうに思ったので、苦虫を噛んだような顔をしながら、わかりました、と渋々納得した。その反応にルベアはおもしろかったのか微笑んだ。ミネルヴァはルベアから顔をそむける。
プルクテスを脱出した一隻の船は長い航海に出た。
目指すのは“シュール国”古き伝説と竜が棲んだといわれる大陸だ。ミネルヴァらは抗う。帝国という強大な力に。この先、戦の女神リスティアはどちらに微笑むのだろうか――――――――
―――――――――剣闘士を買った少年の物語Ⅰ(完)――――――――剣闘士を買った少年の物語Ⅱへ続く――――――




