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終わりと始まり その2

―――――――二人は市街地に着くと、あえて進みにくい路地を通る事にした。中央区や開けた通りは既に奴隷たちと国軍で戦闘が行われていたからだ。激しい衝突による攻防戦が繰り広げられる。


 奴隷たちが喚声を上げる。


「王族貴族を皆殺しにしろぉおおおおお―――――――!!! 突撃ぃぃぃ―――――――!!!」

「「「「うぉおおおおお―――――――――!!」」」」

「積年の恨みを晴らすぞ!」


 彼らの目の前には臨時に築かれたバリケードが置かれていた。臨時の為、空き樽や木箱、馬車、木材など、目に映るものをその場に積み上げられていた。国軍の槍隊が隙間なく列を組む。万全とはいえないが精鋭の軍団が待ち構えているにも関わらず、奴隷たちは臆する事なく、その足を止めない。


 むしろ、走る速度が速まった。この場を任されたプルクテス国軍の小隊長が怯みかかっている兵士に怒号する。


「全軍! 恐れるな! 退くな! この通りを守れ。ジァバ王殿下に命を捧げよ!!!」


 それに兵士らは溜まった唾をのみこむ。


 国軍の小隊長が後方に待機していた弓隊に振り返り、声を張り上げた。


「弓隊、攻撃開始せよ!!」


 奴隷らの大軍勢に浮き足立つ国軍は時間を稼ぎ、近衛師団の援軍を待つことにした。その為、カカルガ鉄城門の上にある通路や小規模な監視台から、待ち伏せの形で一斉に矢を放つ。それで、少しでも怯んでくれれば、有難い。もしかすると、行軍の方向をわずかながら、変えるかもしれない。現場指揮官の誰もがそう思っていた。


 奴隷たちは無防備だ。彼らに、身を守る盾も鎧もない。バタバタと力尽きて倒れていき屍が折り重なる。それでも彼らは、走るのをやめなかった。弓矢隊の指揮官が焦り出す。まるで、痛みを忘れた死霊の如く、我を忘れたかのように進撃し続け、それを打ち倒す術がわからなかった。それでも命令を出した。


「放て! 放てっ!!!」


 ハリネズミのように無数の矢を受ける奴隷達。だが、遂に鉄城門が閉まりきる前にそれを突破し、バリケードに群がり、よじ登る。国軍の槍隊がそれを落とそうと、頭上から鋭利な槍を奴隷たちに突き立てる。


「た、隊長っ! 持ち堪えられません」

「おのれ! 力押しだ。やりぶすまで、奴隷どもをねじ伏せよ」


 国軍兵士の攻撃を避けた奴隷の一人が槍先を素手で握った。その兵士を見上げて言う。


「俺たちをもう止める事はできない。お前らを皆殺しにするまで――――………」

「私の子供を、仇を!!!」

「殺してやる……殺してやる……皆――――」


 国軍兵士の顔が青ざめる。こんな奴隷の表情を始めてみた。奴隷の群集を見渡すに、女、子供が入り混じっていた。奴隷たちの目は怒りと怨み、憎悪で満たされ、瞳の色は黒く染まりあがっている。


「許さねぇ……俺の妹を返せ…俺のお袋を返せ……」


 彼らに痛みなんてもう感じない。


 もう十分に味わったから――――――――背中に鞭を打たれ、毎日殴られたから――――――もう怖いものはない。悲鳴と怒気と戦慄が入り混じった街の中で、ミネルヴァも彼ら奴隷と同じ気持ちになっていた。奴隷達が反乱する気持ちがわかったから。もう耐えられない。もう怖い者はない。


 ミネルヴァもそう思っていた。でも、ふと思う。自分の手を繋いでいるこの少年の事を―――――――



(―――――――私に怖いものはないとった言ったのは嘘――――私は……大切な人がいる)


 守らなければいけない人がいる。前を走る少年が息切れした声でミネルヴァに言った。


「ミネルヴァ?! そこの角を右に曲がって」

「あ、はい。わかりました」

「なんか、考えていた?」

「いえ。なんでもありません」


 ヨハンネは振り返り、ミネルヴァの顔を見つめ心配そうな顔をした。彼は、いつも誰かの事を気に掛けていることをミネルヴァは知っている。


(――――――――優しい方だ。貴方様は……こんな私にも同等に扱ってくれる………)


 ヨハンネを見つめ返して、そう心の中でつぶやいた。






―――――――――ようやく二人はプルクテスの港に着く。血と潮風と何かが焼ける臭いが彼らの鼻を襲う。港に停泊している船に向かうにつれて、死体の数が極端に増えた。それも近衛師団やローズの騎士団の遺体が多い。どれも、鎧のない部分を斬りつけられていた。奥まった場所に民家の塀があるのだが、そこに横たわる一人の貴族の姿も見えた。


 ヨハンネはそれに駆け寄る。首飾りに王家の紋章、腰に提げている宝剣、指にはめている金ぴかの指輪。それが、誰なのかすぐにわかった。ヨハンネが後退りする。


「う、嘘だよね………これ、ジャバ王……そんな、なんでこんな所に………?」

「私にはわかりません……」


(―――――――この人がこの国の王なのか……)


 不意に、どこからか声がした。


「――――――――こいつは、国を棄てて逃げようとしたのね」


 突然の声に二人は反応し、そこへ目を向ける。その先には一人の少女がいた。見た目から十三歳前後だ。その少女の足元には立派な鎧を身に付けた近衛師団長らしき男が横たわっていた。


「に……逃げ……ろ、こいつは……化け物だぁ……」

「化け物とか言わないでって死んでるのね」


 化け物の言葉にヨハンネが疑心する。こんな子が化け物のはずがない。しかし、彼がその少女の手に持つ血まみれの刀剣が目に映ってしまった。


「……つぅ」


 ヨハンネの顔が強張る。ミネルヴァは彼女から出る異様な気を感んじていた。ミネルヴァも同じく、少女が手にする刀剣を見入ると、なるほど。私と同じ類か、と悟り身構えた。ヨハンネも手に持つ、剣の柄に手を掛ける。


 それを見たミネルヴァは言った。


「ご主人様。ここはお任せ下さい」


 ヨハンネが見入る。ミネルヴァが言葉を続けた。


「必ず、追いつきます。先に行って下さいっ!」


(―――――――勝てるかわからない。だから、どうか―――――)


“私を置いて行って下さい”と心でヨハンネに語りかけ、真剣な眼差しを彼に向ける。


 ヨハンネが少し考え込むも了承した。


「わかった、君の言葉を信じるよ、必ず僕の所へ来てっ!!!」


 胸ポケットに入れていた小さな紙をミネルヴァの手の平に乗せた。それは船が停泊している場所を示している物だった。彼女はそれに目を落としてから、再び彼を見て、頷いた。確認したヨハンネは別の道へ走り出す。彼を追うような素振りをした少女に、すかさず、ミネルヴァが身体を張って遮る。

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