終わりと始まり
アレーの口調が激しくなり演説は白熱する。
「―――――――同志よっ!!! このアレーソリスが常に先陣に進み道を切り開こう。諸君らは後に続けばよし、続かなければ、このまま永遠に奴隷として扱われるだろう。戦う意志がある者は武器を持ち、中央の広場に再度集結せよ!戦いだッ!!!」
目が血走った奴隷達が声を荒げる。
「野朗共っ!!! 戦だぁああああ―――――――っ!!! 剣闘技場の同志を救い出せ!!!!」
雄叫びが上がった。
「自由の為に!」
アレーが拳を空高く突き上げた。
「「「自由の為に!」」」
その場にいた者達が一斉に復唱する。虐げられた人々は屈辱に耐え、遂にその時を迎えたのだ。アレーは、ざわつく仲間達を眼下に納め、心でつぶやく。
(―――――――反逆の機会をどれだけ待ったのか……兄ちゃんがお前の仇をとってやるからな)
アレーは、拳を強く握り、自分を奮い立たせる。奴隷達が武器を持ち出した。手にする武器のほとんどが農具だ。それらを高々に掲げ、松明を掲げ、仲間と肩を並べる。彼らは先ず――――――――各地区にある闘技場を襲撃した。まずは、戦力になる剣闘士が必要だったからだ。彼らなら、戦い慣れしている。突破口を切り開いてくれるだろう。襲撃で、火の手が上がったところで、思い出すかのようにようやくプルクテスの街中の警鐘を打ち鳴らす。流石に、これだけの大規模な反乱には国軍も気が付く。砦や監視兵舎から兵士らが飛び出してきた。
その警鐘は当然の如く、ヨハンネの耳にも届いていた。
「ご主人様!!!」
ミネルヴァがヨハンネの部屋に飛び込むように入ってくる。ヨハンネも起きていた。寝巻きのまま窓越しに顔を覗かせて、その警鐘がなる方向を見入っていた。
「……な、なんで、こんな時間に警鐘が?!」
驚きを隠せないでいた。
(―――――――深夜に鳴るはずがない。まさか帝国軍―――――?)
ヨハンネはミネルヴァの存在を忘れ、窓から、赤く燃え上がる煙を見つめない。彼は再び、目の前に広がる惨状を拒絶した。
(―――――あり得ない。これは夢だ)
ヨハンネの頭のどこかで、この光景を想像していた。だが、言葉に出したくなかった。信じたくなかった。呆然としているヨハンネに見かねたミネルヴァが彼の手を掴んだ。
「ご主人様、反乱ですッ!!!」
珍しく、ミネルヴァが焦りの表情を見せる。真剣な眼差しを向けてくる。その熱い眼差しを数秒見入ってから、ようやく、我に帰った。
(――――――――しっかりしろ!!!)
ヨハンネは動揺する自分に言い聞かせる。ミネルヴァがヨハンネの手を強く握る。それに応えるように一度頷くと、彼は言った。
「とにかく逃よう。僕の“レナギスの剣”を取って」
ヨハンネが壁に掛けていた剣を指差す。レナギスの剣とは、キンブレイト家に伝わる宝剣。この剣は闇を切り、光をもたらすと伝承が残っている。その剣をミネルヴァが手に取り、言われた通り主人に渡した。
(――――――剣……を……使う事になるとは……)
剣を見入るヨハンネは息を呑んだ。
「――――兄ちゃんっ!!! 近くで火が出てる!」
ハルトが遅れて駆け込む。
「くそっ、そこは最短の通り道だったのに……」
「やべぇよ。どうする?!」
「いい、僕の話をしっかり聞いてくれるかい?」
ハルトが二度、三度、頷く。
「母上とロベッタさんを連れて出さないといけない、君に頼めるかい?」
ヨハンネが強い口調になる。それにハルトが、動揺しながら、わかった、と言った。
(―――――――――ダマスの方は大丈夫だろうか……?)
ヨハンネは、とにかく、今は港に向かうべきだと考えた。だが、ヨハンネ自身、馬車は三人しか乗れない小さな物しか持っていない。ジュリエンタとロベッタをそれで逃がすとして、ヨハンネは走って逃げるしかない。混乱していても判断だけは早かった。
「ハルト! 母上を馬車に乗せて、例の場所に行くんだ。僕らはあとを追う」
「あ、あぁっ!」
ハルトが背中を向けて走り出す。
「ご主人様?」
「行くよ! 僕の後に―――――」
ミネルヴァが深く頷き応える。そして二人は走り始める。彼の背中を追うようにミネルヴァが行く。彼の後ろ姿を見失わないように彼女は背中を凝視する。
(――――――――――絶対に死なせない。死なせるわけにはいかない。私はこの命を棄てても、ご主人様だけは守り抜くッ!!!)
ミネルヴァの全身に妙な力が入った。ヨハンネが寄り道すると言った。寄る場所は隣にあるダマスの邸宅だ。硬く閉められた鉄門をヨハンネは激しく叩く。
「ダマス! ダマス!? 居ないのか?!!」
ヨハンネの背後からダマスの声がした。
「バカ! 俺はここだ」
「あっダマス! 早く逃げよう」
ダマスが強張った顔で首を横に大きく振る。それにヨハンネが詰め寄る。
「何で!?」
「今日に限ってあのバカ親父が、宮殿に居るんだよ。あれでも、俺の親だ。助けに行かないと」
「そんなの間に合わない!」
ヨハンネはダマスの肩に手を置き、強く揺さぶる。それにダマスはヨハンネを落ち着かせる様にした。
「俺も後から行く。いいか。夜には港は出港できない。朝まで待つんだ。もしも、白い煙が上がった時、それは俺が合流できない合図だ。船長にもそれで、出港できる様に言ってある」
「でも―――――」
ヨハンネの頬から汗が滴り、目に雫を溜める。
(―――――――――バカが、泣くなよ)
「くどいぞ! 約束しただろう? さっさと行け! バカ」
ダマスがミネルヴァに目を向けた。
ダマスが伝えようとした事を悟った彼女はご主人様、と叫び自分の主の手を強引に掴む。ヨハンネはいきなりのことと動揺で混乱していて逆らえなかった。
(―――――――ダマス様。どうか、ご無事で……ご主人様は私が必ず守ります)
ミネルヴァはそう走りながら、心でダマスの無事に逃げ出せることを祈った。




