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シュッペルハイト号 その4

 ヨハンネら三人が邸宅に帰ったとき、珍しく門の前に貴族専用の馬車が止まっていた。馬車には手の込んだ装飾品で覆われているのを見るに階級が高いことがわかる。少なくとも、伯爵以上だろう。馬車の周りには厳つい護衛らしき兵士らが辺りを見渡し目を光らせている。鎧からして、正規兵ではない。貴族兵でもない。となると傭兵だろうとヨハンネは判断した。


 ヨハンネは怪訝する。


(――――――――今日は誰か来る予定があったかな…)


 邸宅の門まで来ると、帰りを待っていたロベッタが近寄ってきて、一礼したあと、お帰りなさいませ、と丁寧な言葉で主を迎えた。そのあと、外で待っていた用件を伝える。


「……ダマス様が来られてます」

「え?あぁあれはダママスだったんだ。それにしても護衛をつけるなんて珍しいね……」


 本当に珍しい事だった。すぐ隣がダマスの邸宅なのにわざわざ、馬車で移動してきて来るとは。と言っても公爵の邸宅となれば、敷地はとても広く、馬車を使うのは普通である。それでも気になったヨハンネはロベッタに尋ねた。


「実は、現在、貴族に対して護衛をつける義務化が王宮から出されているようです」

「いつの間にそんなことに……」


 ロベッタが懐から、封蝋ふうろうされている一つの手紙を取り出し、ヨハンネに渡してきた。込み入った話になると悟ったミネルヴァは先に荷物を降ろして来きます、と告げ先に邸宅に戻ることにした。彼女の背中にヨハンネは礼を述べる。


「ありがとう。ミネルヴァ」


 ヨハンネの言葉にミネルヴァは振り返り会釈する。彼女が螺旋になった邸宅の正面玄関の階段を上っていったあたりで、ロベッタに渡された手紙の差出人を見る。


「あぁ……商会の話か……」


(―――――――そうだ。今は僕が、このキンブレイト商会の代表だったんだ…ちゃんとしないと)


 そう心につぶやくとヨハンネは肩がドッと重くなった。なにせ、使用人だけでも百人居るのに、彼らの給料やら商品の納入期限やら葡萄園の手入れの具合など、いろいろ確認しないといけないことがたくさんあった。大抵はロベッタがしてくれるのだが、こればかりは確認と書類に認印を押さなければならない。ヨハンネは肩を丸くし猫背になって、自分の部屋に向かう。








 その頃、ローズ第二騎士団はゴロドム・ヘルム城の守備に就いていた。城の外側に木柵を三重に建て、その次に堀を作り、城壁には普段よりも倍の数の監視兵を巡回させていた。まさに厳重警戒だ。城から離れた山頂には木材の監視塔が築かれている。ここから、トルナシー砦が薄っすら影だけ確認できる距離に位置している。約六キロメートル程である。


「……監視塔はしっかりやっとんか?全く」


 年寄りの騎士が歯切れの悪いパンを食べながらつぶやく。それに、篝火に当たる中年の騎士が話出す。この者は胸に馬とかぶとの紋章が入っていた。この紋章は斥候兵を意味する。乗馬に長け、風の如く戦場を走り、機動力と王に忠誠があることを表す。


「輸送隊はこれで三部隊、騎馬隊は六部隊が行方不明。偵察隊も昨日から帰って来ない。頭がおかしくなりそうだ。明日の偵察は俺か、それともこいつか……」


 隣に居る同僚を横目で見た。


「あぁ神よ。私は役立たずの者。どうか、明日の偵察任務は私でないように」


 手を合わせて祈り出した。冗談に見えるが彼は本気で祈っている様である。


「帝国は大部隊なのに攻めて来ない。小規模な奇襲のみ。畜生。早く家に帰りてぇよ」

「わしも、孫娘に会いたいのう……」


 細い目で空を仰ぐ。どうやら、家族の事を思い浮かべているようだ。プルクテス守備部隊は士気が低かった。有能な指揮官が在住している為、軍としての規律は通常通りだ。しかし、いつやってくるかわからない緊張感と帝国という強大な力への恐怖感は、徐々に込み上げてきていた。


 ヘルム城の広間では城主ソトレは頭を抱えていた。


「余は、余はどうすればよいのだ……」


 長椅子に一応は座ってはいるが貧乏揺すりが激しく、親指の爪を噛んで、落ち着きがない。


「殿下。お気を確かに」

「しかし、余の村が一つ帝国に焼き払われたのだぞ。これ以上の損害は避けたい」

「殿!しかし、帝国に渡されたのは、この文の……」


 そのロール上の紙にはこう書かれていた。“全てを無に帰する”それだけであった。政治間の文章でなければ、正式な物とも言い難い。降伏条件、停戦協定も無い。軍事上の規定すらない。つまり、捕虜の返還や非武装者への攻撃など、取り決められていないと言う事だ。これは、言葉にしなくてもわかる。プルクテス人の皆殺し。文章を書いた者を表す押し印は黒竜だった。


「それにしても、敵は何故、攻めないのでしょうか?」


 ローズの騎士が言った。


「決まっておる! 後ろを固める時間稼ぎ。殿! 今こそ打って出るべし」


「愚か者! ジャバ王様にここを守れと言われておるのだぞ。防備を固める。臆するでない。この山城は過去三百年、落ちた事はない」


 ジャバ王の部下が胸を張って言った。


「おぉその通りだ。ここで篭城戦をし、冬まで持ち堪えればよいのだ」


 この若い城主はジャバ王の言いなりであり、自分の意思を持っていない。そんな深刻な話をしていた時、監視塔から、火が灯された。


「おい! 監視塔から合図だ」

「なんの?」

「わからん! とりあえず、城壁に上がるぞ」


 座り込んでいた兵士達が慌しくする。


「城壁だ! 城壁に急げ! さっさと起きろガキ」


 篝火の近で寝ていた少年兵のかぶとを小突く。少年兵はそれに飛び起き、自分の剣を手にして、持ち場へ駆け寄る。


「門を開けよ! 開門」


 門兵が門を内側に開けると同時に、馬が一頭、場内に駆け込んで来た。その光景にその場に居た兵士が沈黙した。


「こいつ……ローズ第一騎士団長の乗るアテルシアじゃないか?」


 その問いに馬が鳴いて答える。アテルシアとはこの白馬の名前で、ジャバ王から、イサル騎士団長の贈られた名馬だった。気性は穏やかで、プルクテスの中でも一番速い馬として知られている。名前の由来はジャバ王の姫君、アテルシアから来ていると噂されていた。しかし、イサルとその騎士達は一人も居ない。この馬だけ帰ってきたのだ。これは何を意味するのか。


「……全滅? まさか、嘘だろ?」

「ありえねぇ……」


 兵士達が小さくつぶやき始める。プルクテスに混沌の影が迫り来る。その日、薄暗い曇に覆われ、冷たい風がプルクテスの軍旗を波かせた。

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