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魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語(完成版)  作者: 飯塚ヒロアキ
魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語Ⅰ
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同族を殺せ

 剣闘士は、とても辛い役目を背負う。それは、誰も味合うことがない体験だろう。闘技の演目は、残虐の限りを尽くされる。殺して、さらに殺し、挙句の果てに殺されるまで闘い続ける。


 黒髪の少女もすでに多くの人間を殺してきた。相手が必ずしも闘い慣れした戦士に限らなかった。奴隷、娼婦、商人、罪人、同じ歳頃の女、子供。今でも彼女は声が聴こえる。悲鳴と慈悲を乞う声、それが耳元から離れない。最初の頃はそれが耐えられなかった。同じ仲間が耐え切れず自ら首を吊ったこともあった。壁に頭を何度もぶつけ、精神崩壊した者もいた。


 そして、今日も同じ歳が近い奴隷と闘技することになった。相変わらずの歓声だ。鉄門が開けられ、光沢を帯びる黒髪少女がそこをくぐる。冷酷な目で既に闘技場に入っていた身体を震わせている少女を睨みつけながら、ゆっくりと近づく。目の前にいる短髪の少女は一目見て直ぐに、剣も持った事もないやつだとわかった。それを今から殺す。それに躊躇いはなかった。躊躇うと自分が殺されるかもしれないから。


「……剣を抜け」

「いやだ……抜かない。お願い。こないで……」

「もう、諦めろ……。ここに来てしまったら逃げられない。闘って死ぬか、生きるか、だ」


 黒髪少女は剣を抜く。それに過剰に反応する。


「い、いやだ……闘いたくない……死にたくない……」


 短髪少女の態度に思わず、呆れてしまった。事情がどうあれ、ここに来てしまってはどうしようもないのだ。黒髪の少女は闘技の雰囲気と殺し合いに慣れていた。


 だから、逃げることはできないが、痛みのない死を与えてあげることはできる、とそう思った。急所を一突きすれば、それで終わる。黒髪の少女が剣を構える。短髪の少女は自衛のために剣を構えた。


 相手が構えたことを確認した黒髪の少女は一気に近寄る。はっと思ったときには、彼女の顔が真下にあった。心臓を狙い、刺突しようとしたが、以外にも短髪の少女が身体を後ろへ仰け反るようにして、その一撃を避けた。決めるつもりだった黒髪の少女はすこし驚く。


(――――――あの距離で外した……?)


 闘技を観に来た観客らはそんなことは知らず、自分たちを楽しませるためにわざと黒髪の少女が外したのだと思い、歓声をあげる。


「いいぞ!!! 今日もいたぶってやれ!」

「簡単に死なすなよ!」


 黒髪の少女は一旦、冷静になって、相手をもう一度見定めることにした。睨みつけるように見つめる。相手の体格、身長、目の色、髪色、肌の色、それらを全て確認する。


「体格は普通……身長は低め、目の色、茶色、髪色、黒、肌の色は少し褐色……そしてこの臭い……」

「え……なに……?なに言ってるの……?」

「あぁ。同族か……」


 黒髪の少女は闘っている相手が同じ血が流れるジパルグ人だとわかった。ついにこの日が来たのか、とそう思った。彼女は今まで、同族と相手したことも殺したことがない。揺るぎない殺意が揺らいだ。


 三呼吸ほどの間が空いたとき、短髪の少女が泣き叫びながら剣を向けてきた。


「つぅ?!」


 相手の攻撃が読めない。がむしゃらに攻撃している。それが逆に黒髪の少女にとって次の行動が先読みできなかった。隙が出来たとき、攻撃したが、今度は短髪の少女の首元を掠めそうになっただけだ。


(――――――有り得ない……剣が当たらない)


 自分の攻撃が見切られているのでは、と考えたが、相手はどう考えてもド素人だ。それなのになぜ?、戸惑った。こんなことは初めてだ。


「うわあああああああああ!!!!」


 今度は大降りで剣を振り下ろしてきた。いつもなら、腹当たりに剣を刺し入れるか、斬り裂いているのだが、動作が遅れる。ギリギリで、短髪少女の手首を掴んで防いだ。


「死にたくない! 私は死にたくない!!!! お母さんとお父さんに会うんだ!!! 絶対に!!!」


 相手の言葉が黒髪少女の調子を狂わす。なぜか、殺したくない、とそう思ってしまった。


「私も死ぬわけにはいかない……」


 掴んだまま、相手を引き寄せ、殺そうと考えたが、短髪少女が予想外な行動を取る。なんと、黒髪少女の手首に噛み付いたのだ。驚愕した黒髪少女は髪毛を掴みあげ、腹に蹴りを入れてから、短髪少女を体術で投げ飛ばした。


 短髪少女はすぐに立ち上がってきた。ジパルグ人の本能が短髪少女を覚醒させている。ジパルグ人は戦闘民族。聴覚、視覚、感覚、嗅覚、全てが優れている。


 だから、本能で相手の攻撃を避け、本能で相手に攻撃するのだ。そういう定めなのだ。


 いつまでも怯んでいるわけにもいかない黒髪少女は気持ちを落ち着かせる。息を大きく吐いた。鍛錬で見よう見まねで覚えた使えそうな技を披露することにした。


 まず、剣を鞘に納め、姿勢を正し、精神統一で目を瞑る。彼女の行動に観客からざわめきが起きた。一体、なにをしているのかと不思議に思った。

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