ワインを輸送せよ! その3
一本の矢が彼女の眉間にめがけて飛んでいく。放った男は当たったのを確認する前に自分の腕前を仲間に自慢した。
「どうだ! 俺様の腕前は?」
しかし、誰も褒めなかった。それよりも逆に驚きとどまっている。瞳孔が開く者までいた。
「あぁん。どうした? てめえら」
仲間が凝視する方向へ顔を向けると倒したと思っていた少女がまだ立っていた。しかも無傷で…。
(――――――確かに矢はまっすぐと飛んだはず。それなのになぜ?)
「ば、ばかな!?」
驚くのは無理もない。盗賊たちから見たら矢はミネルヴァに刺さっているように見えるが実は彼女は当たる寸前、矢を左手で掴み取っていた。それはとんでもない瞬発力といえる。神技と言うべきであるが、彼女にとってはいつも通りのことだった。矢を掴むなど朝飯前というべきかもしれない。それよりも普通、避ける方が賢いやり方である。だが彼女はあえてそれを選ばなかった。わざわざ、やって見せたのである。相手の恐怖心を煽って戦意を砕くのが狙いだった。
ミネルヴァはその矢を手放し盗賊に向かってゆっくりと歩き始めた。
「この野郎! 踏み潰してやる」
数人が長剣を振り上げて突撃する。衝突の瞬間、彼女は飛び上がった。後ろに、乗る射手は何かが刺さった感覚になる。恐る恐る、自分の腹部を見ると血が滲み出ていた。その後、白眼を向き、馬から受け身もせずに頭から落ちた。
「くそったれ!」
別の盗賊が馬から降りて立ち向かう。彼女は再び無防備な構えを見せ、相手を挑発する。まるで、あの頃の剣闘士のように。男はミネルヴァに剣で横から斬り掛かるが籠手で弾き返された。
「何!?」
ミネルヴァの動きが止まったところで、機会を狙っていた別の盗賊が彼女へ剣を振り込む。
「もらった!」
絶好のチャンスだと思って斬りかかった刃はスルリと空気を通り抜ける。ミネルヴァは体をねじらせて避けたのである。まず、動きを封じた盗賊の腹を斬り裂き、後から斬りかかって来た男の腹部を膝で蹴りりつけ背中に肘を落とした。肋骨が折れる音がする。
「えっ」
「このぉ!」
剣を突き立てるが剣で受け流し相手の勢いを利用し右肩に剣をめり込ませる。その後、近づいてきた短剣を持つ相手に足蹴りを顔面に入れる。顔面を蹴られた短剣を持った男が鼻血を出して、地面を転げまわる。
「や、野郎ども、挟み撃ちだ!」
隊長格の号令の下、黒髪の少女の前後ろから同時に斬りかかる。
「どりゃあ!」
「しねぇ――――!」
同時に剣を振り下ろした形になった。しかし……
「え?」
拍子抜けした声が漏れた。よく見ると、横腹に仲間の剣が刺さっていて、仲間にも自分の剣が刺さってた。目線を下ろすと黒髪の少女はかがんで睨み上げていた。込み上げてくる熱。目の前が真っ赤になり、立ちくらみがした。そして、膝から崩れて、真っ暗にあった。隙を見た二刀流の刀剣男が彼女に斬りかかる。
「てぃやぁあああああ――――――ッ!」
ミネルヴァは向かってくる冷たい刃を踊る様に避けていく。
「さっさと、死ねいッ!」
「……死ぬのは貴方です」
初めて言葉を発した彼女はそう一言述べた。その言葉に怒りも恐怖も混ざってなかった。焦りが無ければ余裕な笑みも無い。淡々と人を殺していくその姿は、まさに殺人をするためにだけに産まれた者のようだった。“悪魔”盗賊らの中にそう思った者も少なくないだろう。自分たちが到底、相手にならない。遊び相手なっていない。そう実感したとき、身体は自然と黒髪の悪魔から反対方向へ向かおうとしていた。
「ご主人様に危害を加えようとする者は私が消します」
「黙れぇ……あれ?」
二刀流の男が違和感を感じた。何故なら自分の両手が無いからである。よく見ると、少女が切り上げている体勢を取っていたからだ。斬られた痛みが時差の様にやってくる。
「う、うわあああああ! いでぇ! いてぇ」
のたうち回る。それを目障りに思ったのか無言でとどめを刺す。それから、残った盗賊らを慈悲も無く、急所を斬り裂いていった。柄で顔面を打撃したり、飛んできた弩の矢を掴んでは相手の首を貫く。そんな、一方的な殺戮の中、ミネルヴァは顔色一つ変えなかった。例え、返り血を浴びようとも。
「あ、あいつは、悪魔だ。悪魔の子だぁああああッ!」
「死にたくねぇ。俺はごめんだ」
盗賊の首領を置いて、部下たちは一目散に逃げていった。それを見ていたミネルヴァは先ほどの刀剣を両手に取り、ナイフ投げの様に逃げる二人の背中に目掛けて投げた。一人は後頭部にもう一人は心臓部分を突き刺さる。そして、彼女はまた歩み出す。盗賊の首領は恐怖のあまりに思わず持っていたメルスを遠くへ放り投げる。躓いて尻餅をついた。
「はわわわわ、ま、待て、待てって!!!」
両手を前に突き出し必死にミネルヴァを静止させようとする。彼女は首領の目の前に立ち止まると剣先を首筋に押し当て質問する。見下ろす眼光は鷹のようにギラリと光った。
「――――貴方にお尋ねします。貴方の盗賊はこれで全部ですか?」
「これ以上は、い、いねぇよ。皆お前がやりやがった……」
首領の視線の先、ミネルヴァの後ろには盗賊らの死体が累々と横たわり白目を剥いて、血を池を作っていた。




