ワインを輸送せよ!
プルクテス北部にある有力貴族の館にて、重大な商談が行なわれていた。この商人と付き人を囲むように私兵が守りを固めている。商談が行なわれている部屋は豪華な装飾品であふれていた。腰掛の付いた大きな椅子にもたれ掛かった中年の男が顎を撫でる。
「――――――余はこのワインをとても気に入っている。しかしだ。値段が高い。余が言っている意味はわかるであろう」
中年の男の目の前に腰を据える茶髪の強面の男が頷いた。
「おっしゃる通りです。しかし、ニカラ様のご存知と思いますが―――――――」
強面の男は座り直すと、深刻な顔をして視線を落とし不満を述べる。
「――――――最近、プルクテス近辺で治安が悪くなっております。私の商隊も被害が出ているのです。その対策として、傭兵の雇用料がワイン代の上乗せとしてかかるので……」
「グレイゴス。お前の言い分はわかる」
グレイゴスは渋い顔で一生懸命に自分の立場を説明していた。それにニカラも理解してくれているようだ。グレイゴスにとってこのビックチャンスはどうしても逃したくない。そんな思いが顔から滲み出る。と言うのも相手はプルクテスの重鎮。信頼を得れば安泰。交渉決裂となればライバルの商会に奪われるだろう。それだけは自分のプライドが許さない。必死の説得にも関わらず、ニカラもすぐには首を縦には振らなかった。駆け引きは続く。
「――――――んむむ。では金貨三百枚でどうでしょうか?」
「ならん。金貨百枚だ」
「そ、それではワイン代しか回収できません」
「なら、残念だがこの話はなかったことにする。余はワインを買う。何故、傭兵までの金貨を払わなければいけない?」
「そうですが……」
グレイゴスは口篭ってしまった。商売として利益を求めるのは必定。だが、ニカラにとってワインを買うだけだ。護衛の雇い金を払わないのは理にかなっている。グレイゴスは深々と長椅子に腰をかけると彼の後ろで商談の話を黙って見守っていた若い付き人が口を開く。
「――――要望通り、金貨百枚でいいです」
その言葉にグレイゴスは驚き、振り返った。
「な、に、を?」
「ほぉ。グレイゴスより話がわかるではないか」
ニカラが満面の笑みを浮かべ感心する視線を向ける。
「自分にお任せ下さい。必ず、全てのワインを無事に届けるとお約束致します」
胸に手を当て自信満々に目を輝かせてそう約束した。グレイゴスは焦りを見せるとニカラに少しお待ちを、と言って、その付き人に近づき耳元で囁く。
「正気か。どうやっても赤字になるぞ。それとも新米の傭兵団でもあるのか?」
若い付き人にグレイゴスは小声で怪訝して質問した。
「いいえ。今は傭兵など雇う必要ありません」
「では……ん? というより今はだと? お前はどこからそんな――――あっ」
グレイゴスは突然思い出したかのようにすると、思わず渋い顔から笑みがこぼれる。ニカラに振り返り述べた。
「ニカラ様。では金貨百枚で交渉成立といたしましょうっ!!!」
グレイゴスはそのまま礼儀正しくお辞儀する。ニカラの方ははいきなり自分が出した無茶振りな値段を肯定されてしまい戸惑ってしまった。自分でもさすがに横暴すぎると、感じていたところだった。
「な、何だと? ま、まさか、護衛を雇わないと言うのではないだとうなグレイゴスよ」
「ニカラ様。我がキンブレイト商会には傭兵、いえ、国軍一個師団に匹敵する者が居ますのでご安心を」
ニカラは驚愕の発言のあまりに身を乗り出してしまい、卓上にあったワインが入った杯を倒しそうになった。
「待て?! 一個師団に匹敵するだとッ?!! おぬしは独自の軍隊でも持っているとでも言いたいのか?」
その問いにグレイゴスは笑みを見せながら大きく頷いた。
「えぇ単純に言えば、そう言うことになります」
どこからか有り得ん、とと言う言葉が漏れた。グレイゴスは一呼吸置いてから言う。
「では一週間後には商品をお持ちします。では今後とも我がキンブレイト商会を、どうぞよろしくお願いします」
もう一度、深々と礼をするとその場を辞した。付き人とはグレイゴスの息子のヨハンネである。彼が言った“一個師団に匹敵する者”とはミネルヴァのことだ。すこし話が大袈裟になってしまったが、彼女は最強の戦士というのは間違いない。ヨハンネが言葉巧みに貴族と交渉し成立させたことにグレイゴスは感服した。
(―――――――こやつは、持てる力を最大限に利用しているようだ)
そして、大きな賭けをした。
(―――――――わしでもビクつくニカラに戸惑いなく話しかけれるとは……わしの後継者はやはりこやつよのう。大きくなった。わしの息子よ)
グレイゴスは馬上で夕日色に染まるヨハンネの横顔を見ていたのであった。それにヨハンネが気が付いた。
「父上? どうかされましたか」
「いや。なんでもないぞ。さぁ帰ろう。遅くなるとロベッタがうるさいからのう」
両肩を上げて、ため息を一つ吐くと馬を走らせた。上機嫌なグレイゴスを見送ったヨハンネは首を傾げる。
「なんか、ゴミでもついていたのかな?てっ、父上!? 待って下さいよ――――」
疑問に思いながらもヨハンネは置いていかれまいと馬の腹を蹴って、グレイゴスの後を追った。




