少年の決断 その3
「―――――我輩が言いたかったのは、彼らのことで悩んでいたのはお主だけではない、ということだ」
ドンタールはアルバニス家に使える士官。当然、ヨハンネのような大胆な行動はできなかった。ドンタールはヨハンネが一人でも助けようと行動を起こしていたことを知って、感服した。自分には出来ない行動力がある。それは評価すべきである。自分以外にも奴隷をなんとかしようと考えていた者がいたことに豪傑の男の目頭が熱くなる。熱い視線を隣にいる少年に送る。それにヨハンネはすこし困った顔をした。
「それで、今後どうするかって話だろ?」
ブライアンがそれた話を戻す。
「ヨハンネ殿は彼女をどうしたいのでありますか?」
その問いに、ヨハンネは下をうつむき考え込む。唇を噛み締め何か重大な決断をしようしているように見えたので、彼から答えが出るまではバルハウス、ドンタール、ブライアンは黙って待つことにした。ここで、口出ししてはいけないと誰もがわかっていたからだ。
数分経ってから、ヨハンネは顔を上げて、目の前にある陶器に入ってある水を見つめながら口を開いた。
「――――彼女を自由にしてあげたい」
ヨハンネが導き出した答えは彼女を自由にすることだった。剣を棄て、なにも気にすることなく、戦いを忘れてもらう。普通の街娘のように平和に暮らしてもらいたいと思った。ドンタール、ブライアン、バルハウスは互いに見つめ合いどういう意味なのか理解できなかった。
バルハウスが顎に手を添え予想しながら話す。
「それは彼女を解き放つ、ということでありますか?それとも他のなにか束縛するものを解くということでしようか?」
「はい。彼女を、戦いから解放したのです」
「なんと? 戦いから彼女を遠ざけさせようと考えておるのか?」
それにヨハンネは小さく頷く。ブライアンが首を横に振って彼の考えを否定した。
「無理だ。彼女はもう戻れない。あいつは戦士として育った。その意味がわかるか?」
鋭い目がヨハンネへ向けられる。直視できないほどで、ヨハンネは視線をそらす。ブライアンも戦士。戦いを専門にし人を殺してきた者からしたらヨハンネが、どれだけ戯言を言っているのかわかる。だからすこし呆れと怒りが混ざった声音で話を続ける。
「戦士はな、生きている限り戦い続けるんだ。戦いをやめるのは死んだときだけ。身体が動く限り、あいつは戦い続ける。だが自分のためじゃない」
「え?」
「――――お前を守るためだよ、ヨハンネ。お前を守るためなら、あいつは死を恐れない。あいつにはその決意がある。俺にはわかる」
戦士という言葉の意味をヨハンネは書物で読んだ事がある。ロドモス卿が書いたその書物では戦士は二種類にわかれるらしい。戦いで人を殺すことを生きがいにする者と戦いで自分の存在価値を見出そうとする者。ミネルヴァは自分の存在価値を戦いの中で見出している。そして、誰かを守るという使命感が生まれたのだろう。彼女を命を繋いでいるのは使命感なのかもしれない。
「そうだとしても僕は彼女にもう人殺しをしてほしくはない。彼女が戦う必要なんてないんだ。だって、彼女が奴隷にならなかったら、彼女だって普通の暮らしをしていたかもしれないんですから……」
ブライアンは葡萄酒を一口飲んでからヨハンネに自分の考えを述べた。
「彼女に戦いをやめさせるのではなく、まずは、ここを平和にしてからでも遅くないと思うぞ。考えてみろ。帝国の力が失った今、ここの主導権は誰が握っている?」
「いません……」
ヨハンネは苦い顔でそう言った。彼は政治家でも軍人でもないが今の状況をよく理解している。帝国軍の監視が無くなった今、これまで押さえられてきた北の海を拠点としている海賊が息を吹き返した。さらには南でも山賊が集結し空き城や廃墟となった街を根城に近くの村々を略奪しては焼き払っている。どれもどこかの軍人崩れか元傭兵崩れで、もし指揮官が有能であれば手強い相手にもなる。そのため、無視するわけにもいかないので帝国の代わりに討伐軍を編成せねばならない。つまりミネルヴァはまだ戦力として必要なのだ。
「シェールもカシミアそれにエヴァルもどれも力を貸せる状態ではありません」
ドンタールがバルハウスへ視線を向ける。
「先日、届いた報告書によると、我々と同じく周辺諸国が国境線に軍隊を盛んに動かしているとか」
「なんと?」
身を乗り出してドンタールが驚いた顔をした。
「まだ、はっきりとしたことはわかりませんが威力偵察程度でしよう。しかし気は抜けません。既にルベア様が手を考えているところです」
ここはまるで、軍議が行なわれているかのように、誰もが真剣に話し合っていた。気がつくと、食堂で飯を食べていた兵士らも視線を向けて、幹部らの話に耳を傾けていた。
「とりあえず、オルニードの地盤を固める必要がありそうだな。海賊と山賊の全てを討伐する」
※オルニードとはこの大陸の大陸名である。
「無論、我輩らは尽力したす。どこも兵力不足だ。連携も決して強固なものとはいえぬ。なにせ、統一する王も皇帝もいないのだからの」
ツゥルチが今の皇帝の代役ではあるものの王族でも皇族でもない彼には反対勢力を黙らせる威厳も権限もない。となると、大陸を一つの枠組みで統一するのは難しい。
バルハウスが自分達の周りに野次馬たちが集まっていることに気がついた。酒が入ったせいで重要な情報を言ってしまった。ルベアに怒られるかもしれないと不安になり、わざとらしく咳払いをし、野次馬が集まっていることを目で訴えかける。ドンタール、ブライアンは慌てて、空になった木皿と陶器を手に取り立ち上がるとそのまま厨房へ返しに行く。ヨハンネもそれに遅れてバルハウスと共に食器を返しにいったのであった。




