ヨハンネとミネルヴァの絆 その4
「……何をやっているんですか?」
黒髪の少女は歯軋りが混じり怒気が籠った声音で二人を見下ろす。目が血走っていた。それにヨハンネはどう弁解しょうか悩んだ。というより、頭の中が真っ白になっていた。どう言い訳しても目の前で今にも憤怒しそうな彼女に何をいっても無意味だと思った。
数秒の沈黙の後、ミネルヴァが二人に襲いかかる。ヨハンネをレイラから強引に引き剥がし、レイラに思いっきりの拳をお見舞いする。レイラは近くにあった木箱へ吹っ飛びそれをぶつかった拍子に破壊する。レイラも怒りの表情へと変わり、ミネルヴァを睨み上げた。
幕舎の中で乱闘騒ぎが起きていた。すぐさまルベアがいる指揮官専用の幕舎に兵士が駆け込み報告する。
「大変です!喧嘩が始まりました!!」
「喧嘩?一体誰がやっている?」
「それが、ミネルヴァ殿とレイラ殿です」
「やっぱり、あいつらか……」
「どうかお止め下さい。このままではヨハンネ殿が死んでしまいます」
その報告にレイラは呆れ、ドンタールとバルハウスは頭を抱えまたかとつぶやいた。レイラは理解できないと頭を横に振りながら、ヨハンネがいる幕舎へとそう焦ることなく向かった。ヨハンネがいる幕舎の中で暴れまわっているのが遠くからでもすぐにわかった。見物に来た兵士の壁を退けて中に入る。
幕舎の中はめちゃくちゃだった。置いてあったものは全て潰れているか壊れている。腰に手を置いてルベアはため息をついて、隅っこで両膝を抱えて小鹿のように怯える茶髪の少年へと視線を落とす。彼の服はなぜかボロボロでまるで山賊にでも襲われたかの格好だった。怪我をしていないだけましだろうが。ドンタールが子犬を拾う心優しいおじさんのように彼に声をかける。
「おぉ可哀想に。大丈夫。もう怖くない。怖くない」
ヨハンネはドンタールに涙ぐみながらしがみつく。ルベアは両肩を上げて苦笑いした。
「それで、今回はなにが理由?またお前が原因?」
「……その…いろいろ、ありまして…」
手の平を頭に添えて、ため息を一つ吐いたルベアは前向きに考えてつぶやく。
「はぁ…まぁ私はいいんだけどさ。死なない程度にやってくれよ」
ミネルヴァ聞いているのか聞いていないのかよくわからないがルベアに視線を送り頷く。それからレイラに足技を使って転倒させてから馬乗りになって拳を何度も振り下ろし殴りかかる。鈍い音がして痛々しい。見ている側の顔が歪んだ。両腕でレイラは防御し反撃の機会を窺う。この光景は何度目なんだろうかと思っていた間に今度はレイラからの反撃があり、ミネルヴァは背中から倒れた。それから立ち位置が逆転する。次はレイラがミネルヴァに馬乗りになり殴りかかる。
面白いしすこしだけ見てみようと数分間、腕組みをして見物した。そろそろ止めることにしたルベアはドンタールとバルハウスを顎で指示する。
「え?我輩があれを止めるんですか」
「自分、死んでしまいます。命がいくつあっても足りませんであります」
「うるさい。さっさと止めろ」
ドンタールとバルハウスは見合ったが、もう自分たちが止めないとだめだと覚悟を決め、馬乗りになったレイラをまずはドンタールが羽交い絞めにして、引き剥がし、横になっていたミネルヴァをバルハウスが制止させた。
それでも治まりきらない両者は互いに罵り合って暴れ回る。それが数分も続いたのであった。落ち着いたときには、ミネルヴァとレイラの顔面や身体にはあざが残っていた。あれだけ激しく殴り合っていたのに彼女らは平気そうだった。第二戦に入るかというところでタイミングよくシェールの使者が書状を持ってルベアの元に着いた。シェールの使者を指揮官専用の幕舎に入らせ、持ってきた書状と報告を訊く。報告が終わったシェールの使者を幕舎を辞したあと、シェール軍の書状をもう一度、熟読する。
「―――――本軍はこのまま、帝都に進撃する。貴軍らは帝都の左側面に展開し攻撃に協力することを要請する」
文章の最後にラーバス将軍よりと書かれていた。ラーバス将軍自ら軍を動かしていたことにはルベアは驚いたがシェールで、自軍保護してくれた恩を返すため、彼女は迷うことなく、プルクテス軍に軍旗を掲げさせて、出立の準備に取り掛からせた。
「こちらに直接来てくれる訳ではないのですな」
期待していたものと違う形になったことにドンタールは不満を呈したが、ルベアはそうでもなかった。手をひらひらさせて、部下を納得させる。
「まぁ仕方ないさ。早いうちに帝都を陥落させる必要性がある。私もラーバス将軍と同じことをするだろう」
「ではどのような行軍隊形で行きますか?」
「当然、私が本隊で先頭を進む。そのあとにドンタール、バルハウスだ。ブライアンの傭兵団は後方に」
指揮官専用の幕舎の中で隅っこにたっていた大柄の男が大袈裟なくらいに反応を示した。またかよ。と嫌そうにつぶやく。ルベアはその態度が気に入らなかったのか不機嫌そうに睨みつける。
「ブライアンなんか文句ある?それともここで契約を解除してもいいんだけど。私は別に構わないよ。たった五百なんていてもいなくても変わらないしな」
前の戦いであんまり活躍していないことを皮肉っていったレイラにブライアンは反論できず、唸るだけだった。そして、悔しそうにわかったと言った。




