黒騎士 その3
――――――――その頃、ヨハンネたちはフェザールがいる遺跡の前に辿り着いていた。彼らの前にそびえ立つ二つの石像、崩れ落ちた柱が訪問者を威圧する。ここまで、敵の攻撃がなかった。白蛇部隊も抵抗する様子がない。それが怪しかった。入り口は危険なかおりと風と共に濁った空気が流れ出ていた。空気がピリピリと鳴っている。静電気のような音はミネルヴァしか聞えないので、誰も反応しなかった。が、平静さを失っている様子に何かを感じ取ったヨハンネが気にかけた。
「どうしたの?」
「…なにか、とてつもない敵が、います」
そういうとミネルヴァはヨハンネを庇うように、距離を詰めて、彼の前に壁をつくる。ヨハンネは不安げに息を呑んでからミネルヴァの背中に尋ねた。
「…もしかして…魔物とか?」
それに彼女は頭を左右に振る。
「いえ、わかりません。しかし、とてつもない覇気を感じます。これまで感じたことがありません」
それに一緒にいたブライアンらが後退りした。
「またかよ…今度はなんだ?古の竜とかか?冗談じゃないぞ」
ブライアンは嫌気を出しながら両手を広げる。隣にいたクロスを横目で見ると、提げている剣の柄頭に手を添えて、顔が強張っていた。二度あることは、三度ある、という言葉が思い浮かんだ瞬間、ブライアンは肩をすくめた。そもそも、崩壊している遺跡の中にこれから入るのに、そんな事を言われると嫌にならないほうがおかしい。入り口は、大人一人がようやく入れるぐらいの隙間しかなく、中の状態がわからない。そんな状況で、進むということは、伏兵がある可能性がある。というより、あると思っていないと、不意をつかれてしまうだろう。兵士らが足を震わせ、顔色が悪い。死にに行くようなものだ。わざわざ、敵の罠に引っかかる気前のよい馬鹿はいない。
だが、彼らに選択する余地はなかった。
なぜなら、ルベアの情報で、帝国軍の増援が迫っていると聞いていたからだ。せっかく、ここまで着たのだ。誰も今さら、中に入れないなどとは言えないし皇帝を殺すという最大のチャンスを失うわけには、いかない。
それがわかっていても、兵士らは動けなかった。ブライアンは兵士を後ろ目に余計なことを言いやがって、と言った。少なくとも、ここの中で一番強いのはミネルヴァだ。そんな勘の良いミネルヴァがつぶやいたせいで、兵士らの士気が落ちてしまった。ブライアンに伝説の英雄王や戦記に出てくる戦乙女のように臆した兵士らを奮い立たせるだけの演説は出来ない。彼には苦手だった。ここには優秀な武人がいたとしても、それを指揮する指揮官はいない。導くリーダーがいなかった。顔を渋りながらどうするかを悩むと、なぜかルベアの名前が浮かびあがってくる。
(――――――あぁ…あいつなら、出来るかもしれない。あいつが来てくれれば…)
淡い希望を抱いてしまったブライアンは自分に呆れてしまう。そんなとき、彼らの後方から複数の馬蹄の音がした。ブライアンはまさかと思い、振り返る。すると、彼女が向かって来た。茶髪の艶だった髪をなびかせながら。凛とした目つきで蒼鎧を身に付け、腰に槍を挟むその女が怪訝そうに尋ねる。
「ここで、なにをしている?」
ブライアンはその女騎士の問いにそっくりそのまま返す。
「それはこっちの台詞だ。ルベア、お前がなぜ、ここにいる?てか戦いは?」
ルベアは四マイル先で帝国軍親衛隊と戦闘していた。しかし、彼女は今、ここにいる。誰が驚きの顔を彼女に向け、発せられる言葉に期待を持つ。彼女の身なり、雰囲気から、戦いの結果は見えているが、誰もが彼女の口から出る事をうきうきしながら待った。ルベアは口角を上げて、自慢げに胸を張って、右手に抱える槍を突き上げた。
「勝ったッ!!!圧勝だ!!私が敵将を討ち取ったらやつらの部隊は一気に崩壊した。そこを追撃し、撃退した。実に呆気なかった」
兵士らが興奮する。ルベアがニヤつきながら話を続けた。
「―――――陛下の為に、陛下の為にと言いながら、私が少し蹴ってみると、これだ。信念とやらは実に弱い。まったく相手にならなかった!あんなもの戦ではない。子供の遊びだ」
それに、兵士らが驚きと喜びの声を出した。ルベアの近くに寄って、握手を求める者も出る。彼女の登場で場の空気が一気に変わった。これが英雄的な指揮官だとブライアンはそう感嘆する。
「兵団はどうした?」
「足の速い騎馬隊のみ連れて来た。あとは、帝国軍の援軍が来たときの対応と撤退の為の退路を確保させている」
ここで、一つ疑問に思ったので、指を差して言った。
「だが、その馬は?」
今回は騎馬部隊はそんなに連れて来てはいないはず。
しかし、かなりの数の軍馬を引き連れている。ルベアはそれにあぁこれか、とつぶやく。少し間を空けてから、さらっと言った。
「敵から拝借した。死人にはもう必要ないだろ?」
手際が良いとはこのことだろう。彼女は目先の事だけではなく、戦場の流れを先読みしている。
(――――――そうか――――――こいつは常識破りの巧妙な戦略を駆使し、足りない兵員はミネルヴァで補って、これまで、勝ち抜いていたんだ)
こいつには人を上手く使う能力に優れている、とそうブライアンは感じた。




