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復讐の為に…… その5

―――――――数分後。森の奥で、一つの馬車が横転し、車輪が地面から離れ、空を向かって、クルクルと空回りしている。その周りには激しい戦闘の後か、親衛隊員の屍と送り込まれた刺客の死体が点々としていた。


 そして、その中に、呆然と立ち尽くすフェザール。それと守ろうと二人の女性が強張った面立ちで神経を尖らせながら周囲を警戒していた。左に立つこの女は短髪で、金色の髪。前髪を二つに束ねて、片手にはクレイモアが握られていた。その隣には流れるような長髪と貴婦人のような雰囲気を漂わせる女性が無言で立っている。二人とも、フェザールには見覚えがある者だった。キュナンとダリアだ。路頭で迷っていた所を、フェザールが引き込んだ侍女である。


 だが、今はそれどころではなかった。フェザールの目の前で横たわる血塗れの実の母を見下ろした。ルネーヌの目は虚ろで、息は弱弱しく、息が荒れている。


「母様……?」


 小さく声を掛けた。震えながら唇が動いた。


「あぁ……フェザル……母さんに…お顔を見せて……」


 フェザールは変わり果てた母親の側で足が震え、崩れ落ちる。そのまま這うように、ルネーヌの元へ近づき、投げ出された手を必死に掴んだ。


「うぅ……」

「……我が愛しの子――――」


 掴まれた手に力を入れた事がフェザールに感じられた。ルネーヌが話すのも辛そうだったがそれでも言葉を継ぐ。


「――――貴方を愛しています…私はもう………ですがこの者達が貴方を守ってくれるでしよう。だから母さんが居なくとも、大丈夫ね。お行きなさい」


 それにフェザールが一気に込上げてきた涙を拭いながら、左右に首を振った。


「い、嫌です!」


 その大きな声に、目の前に立っていたキュナンとダリアの視線が後方へ向けられた。フェザールが続ける。


「僕は、僕は母様と別れたくありません!い、今からお医者さんの所まで連れて行きますから、そんな弱気な事は言わないで下さい」


 フェザールは涙をポロポロと流す。それに対して、ルネーヌは、穏やかに微笑んだ。


「ウフフ、優しい子ね。貴方は。例え、世界が貴方を拒絶しても世界が貴方を認めなくても、生き抜いて……そして――――――」


 最後の部分は、あまりにも小さな声で、彼には聞き取れなかった。口パクに近いものを自分の目で見て、それが何を言ったのかを判断するしかない。


 そして、虚ろになった目がゆっくりと閉じて行く。フェザールの掴んだ両手に力が入る。想いを込めるかのように頭を垂れた。


「お願いです……僕を……一人にしないで……」


 掴んだルネーヌの手から力が抜けて、体温が無くなっていく。さらに段々と冷たくなっていくのがわかった。


「嘘だ。イヤだ。そんなの嫌だ。うわあああああああああッ!!」


 フェザールは泣きじゃくり、鼻水を垂らしながら嗚咽した。目の前に立っている者に八つ当たりしたくなったフェザールは声を荒げた。


「お前ら、なんでもするんだろ?!!だったら、母様を助けろよ!なんで今さらになって、来るんだよ。遅いんだよ!!何もかも、死んじゃったじゃないか!なんで僕は生きて、母様が死ぬんだよ?!教えてよ。どうしてなんだよ?!黙ってないで、答えろ!!」

「お、落ち着いて下さい。我々も足止めを―――」

「うるさい!!言い訳するなぁああああああ―――――ッ!!」


 一方的に怒鳴られても二人は嫌な顔をしなかった。フェザールに対して、文句は何も言わず、逆に肩をすくめ、自分に負い目を感じていた。


 そして、申し訳なさそうな表情をし、肩をすくめる。キュナンとダリアが敵の気配が無い事を確認と、ようやく落ち着いた思った為、フェザールに振り返り、片膝をついた。言いにくそうに、恐る恐る話掛ける。


「我が主様、恐れながらここに留まる事はとても危険です。移動しましよう」

「あたいらが、しっかりと守ったるから、はようプルクテスに逃げようや」


 それにフェザールは下を向いたまま、唇を噛み締めた。心中で、想い詰めていた。


(――――――僕は、逃げるのか?母が僕を庇う為に目の前で刺し殺され、それをむざむざと自分は逃げる?……有り得ない。僕は、母と静かに暮らしたかったんだ。なのに、あいつらが……)


 そんな時、先ほど、言った母親の言葉を思い出す。“生き抜いて……そして―――”


(――――――母様はあの時、なんて言ったんだろう?)


 口の動きと言葉を頭の中で組み合わせる。パズルのように。“生き抜いて……そして―――復讐するのよ”フェザールはそう解釈した。復讐せよと。そうだ。


(――――――母様はそう言った。僕に復讐を望んで託したんだ!――――許さない。みんな、許さない。殺してやる。殺してやる)


 噛み締めた唇から血が滲み出る。


(――――――母様の為に……)


 フェザールが心に決意を抱くと掴んでいた母の手をそっと置いた。


 そして、冷たくなった頬に、別れの接吻をし、そして、すっと立ち上がる。キュナンとダリアは、頭を下げたまま主の命令を待つ。


「これから僕は、帝国をぶっ壊す」

「「はっ?!」」


 それに、二人は困惑し互いに顔を見合った。


 しかし、互い見合いながらニヤリと笑う。この二人は帝国に対しての謀反という大事に恐怖心を感じなかった。何度も死線を越えているからである。キュナンとダリアは同時に言った。


「「仰せのままにッ!!」」

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