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不運の兵士 その4

「大丈夫ですか、ご主人様?」

「あ、ありがとう……」


 その言葉にミネルヴァは小さく頷く。ヨハンネは目の前で掴み取られた矢から少しでも離れようと体を後ろへ反らす。


「もう少しで、当たりそうだったね……。寿命が縮まった気がするよ」


 ミネルヴァはその言葉が自分の行動を軽く叱責されたと思い込んだのか、頭を深々と下げると謝意を表する。


「申し訳ございませんご主人様。剣を抜くより、速いかと思いましたが、誤算でした。今度からはしっかりと致します」

「あっ。謝らなくてもいいよ。怒ってないからね。なるほど、剣を抜くよりはそのほうが速いかもね」


 確かにミネルヴァの行動は正しかったかもしれない。下手に剣を抜くと、いくら腕が立つといっても、主人の顔に傷をつける可能性もあった。となると、妥当となる。


(――――――助けてくれたという事は確かなんだけど……)


 ヨハンネは左胸を右手で押さえ、詰まっていた息を大きく吐いた。


(――――――心臓が止まるかと思った……)


 心臓はバクバクと激しく動いていた。その行動に左隣にいたレイラが両手を叩いて笑う。


「アッハハハ。なに?あんなんで、びびってたのか?ちょー受けるぜ」


 それにヨハンネは肩をすくめて、落ち込む。それにミネルヴァが険しい表情をした。


「ご主人様は、貴方の様な狂人者ではありません!」

「誰が、狂人者だ。ゴラァ?やんのか?あん?やんのかてめぇ?」


 そんな二人のやり取りをお構い無しに、複数の帝国兵が現れた。剣を片手に、どこともなく駆けて迫って来た。レイラの眉間にしわが寄る。おぞましい魔王の怒りを買ったような表情だ。一気に空気がぴりぴりとなった。ミネルヴァは眉間がピクリと動いたが普段通りの無表情で、その敵を見据える。


「野郎!ぶっ殺してやるぅぁああ―――――――ッ!!」

「はっ?殺す?俺をか―――」


 レイラの頬が緩み、悪者がよくする笑みをした。ヨハンネはレイラのスイッチが入った事に恐怖を感じ、馬に後方へ下がるように合図をだす。


(――――――出来ればこの場に居たくない)


 レイラが馬から降りると腰に提げていた鉄斧と長剣を手に取り構えた。彼女に接触する前に、帝国兵の二人が体の向きを変えて、ミネルヴァへの方へ得物を向けた。


「女が護衛とは情けない!」

「ハンス?こいつまだガキだぜ!ぐへへへ」


 そういうと、舌舐めつりしている。それにヨハンネは青ざめる。あまり、こういうのは場慣れしていないからだろう。それとは正反対にレイラとミネルヴァは整然として、敵が来るのを待っている。レイラにいたっては、楽しそうな表情をしていた。まるで、これから演技の一つでも披露するかのような、遊ぶ感覚のような気持ちなんだろう。一人の帝国兵がレイラに向かって、剣を縦に振りかざした。


「死ねぇ――――」


 それを彼女は右手の鉄斧で防ぐ。なんと、利き腕ではあるが片手一本でそれを受け止めたのだ。


「なにそれ?本気なの?俺をなめてんのか?」


 と余裕の表情。力押しの帝国兵の顔が引きつった。


「ば、馬鹿な。こんなガキが、俺の剣を受け止めやがった……」

「レンデルト!何遊んでるんだ?さっさとやれ!」


 格好が小隊長風の顎長男がそういった。


「お、おうよっ」


 そういうと、全体重を目の前にいるレイラの鉄斧にかけた。


 しかし、びくともしない。


「あ~つまんない。口だけの男とか、マジいらつく。あっそれと手前の息はくせぇからさっさと死ね」


 表情をキリッとさせると、力自慢の帝国兵の顔に唾を吐きつける。それに熱されたティーポットのように顔を真っ赤にした帝国兵は、もう一度、剣を振りかざそうと、振り上げる。レイラはそれを相手が剣を振り落とす前に、帝国兵のむき出しになった腹部分を蹴り飛ばす。筋肉の塊のような男が勢いよく、ぶっ飛んで行き、近くにあった荷馬車にぶつかる。残りの二人が唖然した。


「なっ?」

「レンデルトが、やられた?!」


 レイラは、ヨハンネに振り返り、不満があるのか、口を尖らせる。


「つまらね~」

「そんな事、僕に言われたって……」

「ご主人様、残り二人は私にお任せ下さい」

「あ、うん。任せたよ」


 ミネルヴァが馬から降りると、ゆっくりと提げている長剣を抜いた。ヨハンネはミネルヴァの引き締まった背中に付け加えるように言った。


「怪我はしないでね」

「―――お任せ下さいませ」


 静かな声でそういうと、剣を構えた。残りの二人は戸惑ってはいたが逃げようとしない。じりじりと足に位置を変えていた。攻め込む間を狙っているのだろう。でも、ミネルヴァにとって、隙など有り得ない。研ぎ澄まされた感覚は並大抵のものより、遥か上である。


「やってやるっ!」

「あのガキだけでも殺して―――」


 ハンスは言葉を失った。目の前に立っていたミネルヴァが居なくなっていたからである。


「―――どこをみているんですか?」


 ハンスの背後から声がする。それにハンスは、体がピクッと反応する。頭で考える前に、後ろへ振り返る。すると、ミネルヴァが立っていた。


「この野郎!!怪しげな技使いやがって、生意気なんだよ!」


 横に剣を振る。風を切る音が鳴った。それをミネルヴァは後ろに小さく飛び跳ねて避けのだった。彼女にとっては朝飯前といったところか。二人の傭兵からの何度も振りかざされる剣を舞台の打ち合わせ通りのようにスラスラと避けていく。手の動きが鈍ったハンスをミネルヴァが右手で首元を掴んだ。


「ぐふぁあ!?」


 右手に力を入れて、ミシミシという音と同時にハンスの両足が地面を離れた。ミネルヴァが片手で持ち上げているのである。


「一つ、質問ですが?」


「ぐぅうう」


 声をひねり出すかの声を出す。


「先ほど、ご主人様に矢を放ったのは貴方ですか?」


 それにハンスは目を真っ赤にさせると、声を出した。


「じ、じがう!」


 ミネルヴァがもう一人に目を向けた。


「違う!俺でもない。本当だ!」


 両手を前に出して、手の平を横に必死に振った。ミネルヴァは目を細める。否定した男の背後に矢筒が見えるやいやな、彼女の目が光った―――――

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