南部連合 その4
――――――――オルニード大陸南部に位置する国々に衝撃が走った――――――――――――――南部だけではない。北部、東部、西部、全てが驚愕し混乱している。
南部を統一するプルクテスの王ジャバは緊急に諸侯らを呼んだ議会を開いた。諸侯らを呼び寄せて議会を開いたのはジャバ王が南部を掌握したとき、以来の事である。
それだけ今回の事態が重大であったということになる。
円卓の机を囲うように有力な貴族らが緊張した面立ちで腰を下ろしている。それを見下ろすように一段上げられた床に豪華な装飾された長椅子があった。そこにジャバ王がいた。
重たい空気の中、ジャバが口を開く。
「―――――諸君らも知っての通り、帝国にて“反乱が起きた”」
それに貴族らはどよめく。初めて知った者は動揺が隠せず、既に知っていた者は唸った。
言いにくそうに貴族の一人が手を挙げる。ジャバから許可を得てから発言した。
「その……う噂ですが……皇帝が殺されたと聞きましたが……?」
隣に座っていた豪奢な服で身を包む男が反応する。
「私のところにもそのような報告が」
「まさか、本当なのか?」
老貴族が身を乗り出す。信じられないと目を見開きながら。今回、反乱を起こしたのは国民ではない。怨んでいるであろう奴隷でも剣闘士でもなかった。
反乱者は第三皇子フェザールなのである。
皇子直々の反乱など聞いた事が無ければ、この大陸で起きた事も無い。どう対応すれば良いのかわからないでいた。一人の貴族が立ち上がり、威勢よく言った。
「あの“暗殺事件”のことが明るみになれば、我々はヤバイっ!!! 叩かれる前に帝国に進撃しようではないか?!!」
周りを見渡し、同意を求める。それに中年の貴族が机を叩いて立ち上がり、勢いで椅子を倒した。
「気は確かかっ?! 帝国の第一軍団、第二軍団を誰が相手するのか!!! 私はご免だ! “帝国の幽鬼”と謳われる軍団など、命がいくらあっても足りぬわっ」
「何十倍の兵をぶつけても勝てるかわからん。我々は侵略国家に太刀打ちする術はないのだよ」
血の気が多い若い貴族も立ち上がり、円卓を拳で強く叩く。
「戦ってみなくてはわからんではないか! それとも怖気ついたか! 椅子に座ってなにを偉そうに――――――――この老害めっ!」
「なにをっ! 若造が」
ジャバが顔を顰めて、黙れ、と一声あげる。言い争いしていた貴族らが口を閉じ、ゆっくりと席に座った。
「……案ずるでない。今まで通り、金貨を渡せは問題などない」
ジャバは緊迫した会議室で余裕の表情を見せる。彼には自信があった。
プルクテスは奴隷の都市と知られているが、別名“黄金都市”とも言われてもいた。山脈のほとんどが金鉱山である。その為、加工技術が独自に発展し、装飾品は大陸一と言われる。プルクテス産の装飾品の輝きは、富豪や王族の心を奪ばった。帝国も同じくそれに魅了されていた。そんな豪華な金銀財宝がタダで送られて来るのであれば、文句を言う者は誰も居ないだろう。いいかえれば、賄賂だ。帝国をまとめる大臣らも多数はジャバ王の操り人形となり、奴隷制度を容認し続けた。ジャバ王の手は帝国軍の将軍にまで及んでいる。
(――――――――これだけ、根っこを生やしているのだ。何を恐れる事があるか)
しかし、その行為が全て無駄になるとはジャバ王には予想もつかなかった。
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――――――――帝都マクシリアンにある皇城の玉座に若い成年が座った。顔は凛々しく、整った美男子である。歳は二十余り。どう見ても玉座に座るには早過ぎると思ってしまうほどだ。彼の後ろには専属奴隷と思われる若い美女達が控える。
「……皇帝陛下」
大臣列に並ぶ肥満体の中年男が皇帝の前に出た。何か不服があるのか、それとも恐れているのか、わからないが挙動不審になりながら自分の汗を布で何度も拭き取る。
その姿に金髪の成年は不快感を感じたのか顔を顰めた。
(――――――汚らしい……豚め……)
「……何だ?」
頬杖をつき、だるそうにしながら目を細めた。
「何故? 何故、実のお父上を。ましてや兄弟までも――」
彼は暗殺という言葉を避けた。それに成年は鼻で笑う。
「―――簡単な事だ。右手は武力によって制し、左手は欲を満たす。それを実現させるには、邪魔だった」
皇城の広間は普段から静寂ではあるが今日は違う雰囲気が流れていた。
「何を申されているのか、理解致し兼ねますな陛下……?」
今度は肩に飾りをつけた軍人が大臣と武官列から一歩、前に出てきた。この軍人は中央に総本部が置かれている帝都防衛隊の将軍である。少し前にも話したが。プルクテス国の操り人形の一人だ。いつでも鞘から剣を抜けるようにしたのか柄に手を置いた。その行為だけでも主に対しての侮辱に当たる。
将軍が言った言葉にフェザールは少し驚きを見せたが、口を押さえ何かを堪える。
「アハハハハハ――――――ッ!!!」
フェザールの笑い声が広間で響く。更に異様な雰囲気に包まれた。大臣らや武官らが顔を見合わせ、困惑する。
笑を堪えながらフェザールが言った。
「良いよ、良いよ。その反旗を企てるような言い方、態度、目つき、実に素晴らしい!」
両手を広げる。感動したのだろうか手を数回叩いた。
「貴様は皇帝に相応しい人間ではない!!!」
大臣列からまた一人が前に出てくる。
(――――――ほぉ。プルクテスの膿が三人も居たか)
「いやまだ居るかも知れんな、煽ってみるか」
主がそう囁いた。親衛隊の騎士が腰を折り、耳元で何かを一言、二言と告げた。この騎士は左目に眼帯つけているフェザール親衛隊長のバルカスだった。バルカスはフェザールの幼少期から親衛隊として仕えており忠誠心と剣の腕は親衛隊の中でも群を抜く。
「陛下、回りくどいことはせずに、証拠を抑えてやる方が早いかと思いますが……?」
「バルカス。たまには、“心理戦”というものを私はしてみたいのだ」
その言葉にバルカスは納得し白い歯をこぼした。
「……陛下は腹黒いですな?」
「そうか、普通だと思うが」
微笑むとバルカスを見上げる。
「先ほどから何を話しているッ!!」
将軍が腹を煮え繰り返し、感情を爆発させた。
「もぉ――我慢ならん! 諸君、この者の母親は農民だっ!!!」
玉座に座る相手を指を差しながら暴言を吐く。フェザールの母親はとある事件で何者かにより暗殺されている。皇帝に指を差すとは無礼でありさらには侮辱した。それを気にすることなく将軍は言葉を続ける。
「――――――つまり、純血の皇族ではない。何故、そのような下衆に従わなければならないのだ」
「そ、そうだ! 我らの皇帝陛下を手にかけた大罪人である。衛兵! この大罪人を捕らえろ!」
しかし、帝の間を守る衛兵は直立不動のまま。誰も反応をみせなかった。動揺も見せず、まるで石像の置物のように一点だけを見つめていた。
「どうしてだ! 貴様らはあのような者を皇帝として認める気か?!」
将軍が唾を吐き散らした。皇城の広間を守る衛兵達が持っていた槍の石突きで大理石の床を同時に叩き、一斉に言った。
「「「我らは皇帝陛下のモノ! 我らはフェザール様の駒!」」」
広間の端まで兵士らの声が響き渡った。




