スタンフェル要塞突破戦! その4
「何のご用でしょうか?オネゲル公爵様」
わざとらしく、敬語を使うルベアにダレスは眉間を寄せ険しい顔になる。オネゲルの方はどこか余裕そうな薄笑いを浮かべ、ダレスに顎で差した。ダレスは手にしていた羊皮紙をルベアの手元へ渡そうとする。それを彼女は受け取ろうとはしない。ダレスが羊皮紙を突き出す。
ルベアは反応を示さない。自分の爪を見て、手入れをしなくてはな、とつぶやいた。
(――――――誰が、こんな奴から受け取るか。私の手が穢れる)
ダレスは地図が広げられていた飾りもない質素なテーブルの上に置いた。それを横目で見ていたドンタールが手に取り広げた。
「エヴァル国軍第一軍団に友好国であるプルクテスを支援せよ。スタンフェル要塞攻略を命じる……?」
ルベアがようやく反応を示しその視線をドンタールに向ける。
「支援?誰からの命令だ?」
「エヴァル国軍総司令官マルトア・ロイヤブ……」
周りの兵士は目を見開いた。まさかこんなタイミングで?!と思った。
マルトア・ロイヤブ。エヴァル国の軍の実権を握る大物だ。年齢は確か五十前後だったか。禿頭で太鼓腹。プライドが高く、自分の一族に誇りを持っているらしい。そんな男がこんな命令を出すとは予想外だった。
ルベアは疑問する。
(――――――確かエヴァル国の法律では王の為の軍隊であり統制と指揮権は王にある、となっているはずだが。あーそういえば、エヴァル国の王の負担を軽減する為に任命として、マルトア・ロイヤブ公爵が選ばれたって話だったな)
エヴァル国軍第一軍団は統制のとれた精鋭軍団。面倒な事になる。部隊構成は、第一白狼騎士団五千、重装歩兵五千、騎兵三千、軽装歩兵三千となっている。かなりの大部隊だ。中でも白狼騎士団はいわくつき騎士団である。聖戦と謳って、無関係な農民に油を頭からかけて火を放った、というのは有名な話だ。騎士なんてものではない。彼らは殺戮者集団に近いものだ、とルベアはそう評価した。
外見では援軍と見えるが明らかにプルクテスのグンデェーヌ地方にある鉱山地帯を奪おうと思っているに違いない。鉄鉱石は生活するのに欠かせない。マルトアには貴族としてのプライドがなくなっているように思えた。戦場で数え切れないほどの武勲と白き餓狼と異名を持つ豪傑の男が卑怯な手段をとるとはルベアも信じ難かった。
「テイストラに長く居すぎたな」
テイストラとはエヴァル国の都市である。
「なに?いま、なんと言った?」
ダレウの問いにルベアは鼻で笑って無視する。一人の若い兵士が我慢していた疑念を吐く。
「我々から鉱山を奪うつもりだな?!卑怯者めっ!」
それに兵士たちの視線がオネゲルに集中する。
「ハハッ。何を根拠に?そんな事は一言もいっていないぞ?言いがかりはやめろ。若造が」
それに返す言葉もなく、若い兵士は黙り込む。確かにはっきりといっていない。
だが、占領されれば、事実上の鉱山地帯の実権を握る事になり、もうプルクテスの手には戻らないだろう。援軍を出した為に出た出兵費の保障と褒賞の要求。政権がないプルクテスには国を再建してもそれらを用意できる余力も目処も立っていない。
(―――――――まぁまたあいつら二人から巻き上げればなんとかなるのだろうが)
エヴァル国軍の援軍を拒否するには権威のある者が公文書と発言が必要である。
しかし、今のプルクテスに威厳のある貴族も爵位を持つ者は居ない。ほとんど、奴隷の反乱で殺されたか、他の国に亡命しているはず。今更、呼び戻しても使える奴はもともと居ない。なにも反対できないという欠点を突かれた形には悔しさが残る。嫌がらせができたのが満足したのか、オネゲルとダレスが笑みを浮かべながらルベアの幕舎を挨拶もなしに離れていった。
少し間が空く。突然、前触れもなくドンタールがテーブルに拳を勢いよく振り下ろした。質素であるが頑丈な樫のテーブルがバキっという鈍い音がする。
「おのれぃいい―――――――ッ!!エヴァルめっ!我らが築き上げた鉱山を奪うつもりであるな!許せん!」
久々のドンタールの発狂に兵士は味方にも関わらず恐怖を感じた。まわりもそれが発端となり口々にエヴァルに文句を言い始める。
「鉱山を奪おうと何度もプルクテスに攻め込んで来たくせに、今更、援軍だと?ふざけている!」
「そうだ!三国同盟があるからとそれを後ろ盾に我々の領地を蹂躙するつもりか?!」
帝国打倒と結束された三国同盟にはルベア達は参加出来ない。
なぜなら、ルベアには国がないのだから。シェール国にはドラゴマとの戦争で貸しがあるが調整が間に合わないだろう。ルベアも怒りを覚えたが指揮官たる者が冷静で居なくてはならないと自分の心の中で言い聞かせた。彼女は自分を落ち着かせる為に別の視点から考えた。エヴァルを何かに利用出来ないかと。
そしてルベアは思いつく。
(―――――――そうか、あいつらも帝国兵と共についでに消えてもらおう)
ルベアが薄気味悪い笑みを見せた。彼女の怪しい笑みは幹部らが悪い事を考えていると悟った。熱い議論は徐々になくなり、視線はルベアに向けられる。




