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業という名の  作者: ラズベリー
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本家に呼び出されました。



 ──目の前にそびえ立つ、一軒の日本家屋。一軒家というにはでかすぎる。どこかの御屋敷かと、来る度に思う。

 ……気づいた方もいるだろうか。

 私は今、『本家』にいる。


「(この期に及んで往生際が悪いとは思うけどっ…本気で入りたくない!!)」


 正確に言えば、血縁関係にある人達と会いたくない。

 長らく本家に寄りついていなかった、という負い目も無きにしも非ずだけど、それよりも憂鬱なことがある。

 これさえ無ければ良いのだけれど…──


「伽乃」


 ここに来るまでに何度吐いたか分からない重い溜め息をつく。

 あぁ、どうして来ちゃったんだろ。兄の要請だからって、来る義理はないはずなのに…。

 あぁ、胃に穴があく。家で翡翠とくつろいでいたかった。そういえば、翡翠はペットホテルに預けてきたんだった。ストレスで弱ってないかな?


「……おい、伽乃」


「──…はい?」


 怠い体を無理矢理動かし、声をかけられた方を見る。

 誰? 私は今それどころじゃないんですが。これから地獄の始まりなので気が重いんで…


「って、兄さん!?」


 ──嘘、どうしてここにいるの? お前何で抜け出してきてるの。親族の相手してるのかと思ったのに!


「(こ、心の準備が…っ)」


「…久し振りだな」


「ふぇ? あ、えー…うん、お久しぶりです」


 情報処理にフル回転中なため、脳まで言葉が届くのに時間がかかる。正直、自分が何を言っているのかさえ定かではない。


「心ここに在らずって感じだな…。緊張してるのか?」


「いえ、大丈夫ですよ? (イレギュラーな事態が起こって混乱しているだけで)」


「そうか。…まぁ入れ。親戚は大体集まっているが、どうせ宴会がある夜までは自由行動だ」


「…………は!?」


 一気に覚醒した。


「わ、私、夜までそこら辺散歩してきます!」


 必要最低限関わりたくないんです!


「散歩ってな…ここは、お前の住んでいるところと違って田舎だぞ? 見渡す限り田んぼだし、これから数時間散歩って、確実に飽きるだろ」


「飽きません! し、新鮮な空気を満喫してきますから、どうぞお構いなく…」


「いずれにしろ、先ずは親戚の奴らに挨拶しろよ。それからなら、夜までは何も文句は言わねぇから」


「(それが一番嫌なんですけどね) ……分かりました」


 嫌々ながらも、兄に促されるまま玄関に入って靴を脱ぐ。目の前に揃えられたスリッパへと履き替え、大広間(居間?)へと移動する。

 意を決して襖を開くと、一斉に皆がこちらを見てきた。

 居心地の悪さを味わいつつ、彼らと視線を会わせないように一礼し、簡単な挨拶を述べる。


「お久しぶりでございます。筝吹伽乃です。遅ればせながら、皆様へご挨拶を、と思いまして…」


「──…出来損ないだわ」


 親戚中の誰かのその言葉を皮切りに、人の挨拶の途中だというのに、勝手に各々喋り始めてしまった。

 聞こえる言葉は、悪意混じりか侮蔑を含んだものだけ。好奇と嘲りと見下しの視線が刺さる。

 本当は顔を上げているのも辛いが、ここで下げては彼らの思う壺だ。また、言葉を途切れさせることもそれと同じ様な──


「……つき、ましては…」


「誰も聞いていないわよ、あんたの汚い声なんか!」


「よくここに顔が出せたわね! 兄に甘んじているお嬢様な癖に」


「……(間接的なやつから、直接的な攻撃に変わってんじゃん。もうコレ野次だよね…。そーいや、野次って下品なんだっけ? あれ、違う?)」


 いちいち雑音に耳を傾けていたら、それこそ精神崩壊しかねない。何かあると現実逃避する考え方は、私独自の処世術の一つだった。

 私は元々、精神面が強い方じゃない。ぶっちゃ今も泣きそうだけど、涙を流してないのは意地だ。


「…かえ「俺の妹に、何か気に入らないことでも?」


 もう帰ります、と言おうとしたのを、兄の声が遮った。声があからさまに不機嫌だ。顔は見えないけども、兄を見て怯えている親戚たちの反応からして、相当怒っているらしい。


「……」


 兄の登場により、一気に静まり返る場。おそらく、この場を支配しているのは畏怖や恐れ。全て、それは私ではなく兄に注がれた視線だ。

 義務教育が終わった二年前から、この家には寄り付いていないから詳しくは知らないが、兄は変わらず『頂点』にいるらしい。


「──伽乃、外出るぞ」


 ややあって、兄の声が響いた。

 私は何も考えられずに、ただこくりと頷いた。




「…で、何処行く? 行きたいところあるか?」


「行きたいとこ、ですか? えぇっと…」


 兄は、あの場から私を外に連れ出してくれた。ありがとうございました、と感謝の意を述べたら、気にするなと返ってきた。


 ずっと黙りこくる私にしびれを切らしたのか、兄がこう尋ねてきた。

 行きたいところ、行きたいところ…。


「……服を買いに行きたいです」


「分かった。車出すから待ってろ」


「(ん?) いや、私1人で行きますから! 兄さんは長なんですから、家にいないと駄目でしょうに」


「どうせ居ても暇だし、媚び売られても困るし。…お前、まだ車持ってねぇだろ? ここから一番近い店でも、車で三十分はかかるぞ」


 ──つまり、私を口実にあの場から退散したいということですね。分かります。


「ええ、持ってません。車の免許を取得できる年じゃないもので」


 私と、そんな言葉の受け答えをしながら車に乗り込む兄。私も乗るべきか否か迷っていると、「早く乗れよ」との催促がきた。

 慌てて右側に乗り込み、ドアを閉める。それとほぼ同時に出発する外国車。


「……」

「……」

「……やたらと早くないですか? スピード」

「これでもいつもより遅いんだけど」


 速度メーターを見ると『150㎞/h』。いくらここが田舎で、人通りや車通りが少ないからって…これは危ないと思う。ジェットコースターとは別の恐怖感に襲われる。簡潔に言うと生命の危機だ。まぁ、兄が事故るわけないし、そんなヘマするところなんて考えられないけれど。


「(今なら軽く死ねる)」


 ジェットコースターでさえ苦手なのに、安全装置すらない今の状況を楽しめるはずがない。

 ちらりと運転席の兄を見ると、どこか愉しげな表情でハンドルを切っていた。兄は所謂スピード狂というやつらしい。


「(…どうしてこんな危険な状況に、自ら陥りたいんだ?)」

 

 百歩譲って、他人に危害を加えないという条件の元で、自分が楽しむだけなら良い。だが、他人をこの車に乗せるのは間違っていると思う。


「(ていうか、どうして車ってこんなにスピード出るの…? 法律的にも実用的にも、せめて180㎞/hだせれば良いと思うのに)」


 その、必要限度な最高速度を今経験している訳だが。


「(…早くこの悪夢終われー)」


 ぐったりと背もたれに体重を預けつつ、そう願わずにはいられない伽乃だった。




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